小さい操ちゃんを置いて、
蒼紫達は葵屋を出て行った。
あれから・・・色々とあった。
般若達は戦死、蒼紫と緋村の決闘・・・。
そして・・・彼は帰ってきた。
ボロボロにはなっていたけれど・・・
私たちの元に・・・
私の元に・・・
『すまない・・・、あとは頼んだ。』
と言って・・・
今まで見せたことのないような笑顔で言った
あの時の瞳で・・・
京都から帰ってきた蒼紫は寺に座禅をしに行くのが日課になっていた。
翁は心の静養には丁度いいと言い、
他のみんなもそれを柔らかく微笑みながら見ている。
ただ、操だけはそんな蒼紫を見て騒いでいたが。
それから2年の月日が流れた。
世の中は平和になり、皆が安心して暮らしている。
「あ、姐!」
「どうしたの?操ちゃん?」
バタバタと操がの元に走ってくる。
そんな操を見て、はくすりと笑う。
もう18にもなると言うのに、操は昔と変わらない明るさを持っていた。
「蒼紫様、知らない?」
「恐らくいつものところでしょう?」
「もー!またぁ??せっかく帰ってきたと思ったらお寺にばっかり・・・」
「くすくすくすくす、いいじゃない、操ちゃん。」
「え?」
「だって、蒼紫は今までずーっと走ってきたんですもの。
少しくらいお休みしないと、疲れて倒れてしまうわ」
「そうだけどさ〜。」
「寂しいものね、構ってもらえないから」
「もー!!姐!!!!」
そんな会話をしながらチクリと胸が痛む。
操ももう大人。
嫁に行ってもおかしくない。
操にとっては嫁に行く相手は蒼紫であり、
蒼紫もその操の気持ちを知っている。
蒼紫はと言うと先代の残した大切な孫娘だからとしか言わないが・・・
「姐?」
「え、ああ、ごめんなさい。ちょっと考え事。」
「・・・・・・あのね!!!」
急に真顔になってに顔を近付ける操に
少し驚いた表情の。
「あたし、知ってるんだ。姐が蒼紫様の事・・・その・・・」
「操ちゃんったら・・・」
「あたし、姐には幸せになって欲しいんだ!
だって、あの時も・・・・」
そう言ってちらりとの右首を見る。
そこには大きな傷跡があった。
あの時・・・・
京都で志々雄一派が葵屋を襲撃したとき
操を庇って傷付いた跡。
右首から背中にかけての切り傷。
高荷 恵の治療の甲斐もあって一命は取り留めたが
決して消えることはない傷痕。
「だから!」
「もう、操ちゃんったら。自分の幸せをまず考えなさい?
私にとって、操ちゃんの幸せがそれなのだから。」
「姐・・・・・」
「ささ、そんな暗い顔していたら、葵屋は潰れてしまうわ?
いつもの元気な操ちゃんに戻って頂戴。」
「・・・・・うん!」
そう言って操は店へと駆けて行った。
その後姿を見て小さくため息をつくと、すっと手で傷痕をなぞる。
普通の人ならおぞましいと思えるほどの傷痕。
恵も申し訳なさそうにしていた。
女性にとって体に傷が残ることがどんなに辛いことなのかと・・・。
だがはそんな風に項垂れる恵に微笑みながら言ったのだ。
『命を救ってくれた貴女には言葉では
足りないくらい感謝しているの。
これは私にとって勲章なのだから。
恵さんが気にすることはないのよ?
ちゃんと約束を守った証なのだから。』
ふっと笑うと、は部屋に戻り、出かける準備をした。
部屋には翁が茶を飲みながら、の戻りを待っていた。
「やっと戻ってきたか、。」
「あら、翁。」
「たまには儂と【でぇと】でも・・・」
「翁と出かけたら世間からみればただの老人介護です。」
「なななっ!」
「もしくは徘徊している老人を連れ戻す家の者・・・」
「それはあんまりじゃ〜」
「あら、ごめんあそばせ?」
「はっはっはっ、相変わらず敵わんのぉ」
「ありがとうございます。で、何の用です?」
「いや、何。蒼紫に伝えてきて欲しいんじゃ。」
「蒼紫に?」
「左様、頼まれていたものが届いたと言えば分かる。」
「分かりました。」
「すまぬな、あまり表を歩きたくないだろうが・・・」
「構いませんよ、髪で隠しますから」
「それと2,3日はかかるじゃろうから、5日くらいゆっくり良いぞと伝えてくれ」
「??」
「なぁに、そう言えば蒼紫には分かるからのぉ」
「では・・・」
そう言うと、は翁に軽く一礼し、部屋を後にする。
翁の最後の言葉の意味は分からないが、結っていた髪の位置をかえ、
傷痕と隠すと店の外へと向かった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「蒼紫・・・」
「・・・・・・・・・か」
座禅を組んでいた蒼紫はの声に反応し、振り返った。
「・・・わざわざ気配まで消してくる必要があるのか?」
「なんとなく。」
「・・・・一刻ほど前から視線は感じていたが・・・」
「それでも声をかけてくれない蒼紫は意地悪なのね」
「俺はお前から声をかけられるのを待っていた。」
そう言うとすっと立ち上がり、の方へと歩み寄る。
「翁から伝言です。【頼まれていたものが届いた】と」
「そうか・・・」
「それから【2,3日はかかるじゃろうから、5日くらいゆっくり良いぞ】とも。
私には分かりませんが、蒼紫には分かると。」
「フッ、翁にしては配慮がなっているな・・・」
そう言って笑う蒼紫に、は不思議な顔をする。
「翁がそう言ったということは、お前にも時間が出来たということだ。」
「は?」
「つまり俺とお前に5日は留守にしていいということだ。」
「な、何の事だか・・・」
「そろそろきちんとせねばと思ってな」
「えっ!?」
そう言う蒼紫を見た瞬間、の体は微動だに出来なくなった。
正確には、蒼紫の腕の中に包まれて動けなくなっていた。
「あ、蒼紫!?」
「・・・すまないと思っている」
「え?」
そう言って、の髪をどける。
すっと風が素肌に触れる。
「・・・お前にこんな傷を付けさせた・・・」
「な、何を・・・」
「操を頼むとは言ったが・・・お前まで傷つく事になるとは思っていなかった」
「蒼紫・・・あっ!」
暖かな感触が傷跡に触れる。
それが蒼紫の唇だと気付くのにそう時間は要らなかった。
「あ、蒼紫!?何をす・・・」
「・・・・・・見せてくれ」
「え・・・」
「お前の・・・傷を・・・全て」
誰もいない薄暗い寺とは言え、羞恥心で一杯になる。
はそんな事を言う蒼紫が信じられないと言った表情をしていたが
蒼紫はと言うと、真摯な眼差しでを見ていた。
一向に動きを見せないに蒼紫はすっと器用に
の帯を解いていった。
「蒼紫!!」
「少し・・・黙ってろ・・・」
「んっ!?」
急に唇を奪われる。
逃れようとするだが、蒼紫の力には敵わなかった。
頭を後ろで抑えられ、何度も角度を変えて口付けられる。
その間にも蒼紫はの着物を剥いでいった。
パサリと音を立てての着物が床に落ちる。
全身が空気に触れ、少し肌寒く感じる。
「・・・・・・・・・蒼・・・紫・・・・」
「・・・・・・・・・・・こんなに・・・・」
は蒼紫が体を離した瞬間、体をよじらせ後ろを向く。
蒼紫の目には、右首から左腰にかけて残っている大きな傷跡が映った。
「・・・・・こっちを向け・・・」
「・・・・・・・・・・」
小さくため息をつくと、はすっと振り返った。
もちろん一糸纏わぬ姿で恥ずかしさもあったが。
の体には背中だけではなく、前にも傷痕が残っていた。
「・・・・醜いでしょう?」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「こんな身体・・・・」
「・・・・そんな事はない・・・」
「・・・・・・・・・蒼紫」
「俺には・・・美しいと見える」
「・・・・蒼紫」
「愛しく・・・思える」
「蒼紫!!」
そう叫ぶと、は蒼紫の胸に飛び込んだ。
蒼紫は愛おしそうにの頭を撫でる。
わずかに震えるの肩。
一度も涙を見せたことがないだったが
蒼紫の言葉に自然と涙が溢れ出して止まらなかった。
そんなを蒼紫は優しく・・・それでいて強く抱きしめた。
「これからは・・・俺がお前を守ってやる」
「蒼紫・・・」
「お前のためなら、俺はまた戦場に出ることも構わない。
それが俺に出来ることだ。」
そう言って蒼紫はの顔を上げさせる。
の涙を唇で拭うと、もう一度口付けを交わす。
「俺は・・・どうすればお前が喜ぶのか・・・よく分からん・・・
が、お前の笑顔が見られるのなら何でもするつもりだ」
「・・・蒼紫・・・私は貴方の笑顔が見られたらそれで幸せなの」
「俺の・・・笑顔?」
「そうよ、私は貴方の笑顔を見て、操ちゃんの幸せが見られたなら・・・」
「・・・・・・・・」
しばらくの沈黙。
「どう・・・笑えばいいのか分からん」
「貴方らしいわ」
「だが・・・といられるのなら笑えるのかもしれんな」
「/////////////////////////蒼紫・・・それ反則よ」
そう言った蒼紫の表情は優しい笑みだった。
「・・・・そうか・・・可愛い反応だな・・・・
やはりお前は一生俺のそばにいろ・・・」
「そうしたらこの笑顔は私の物ですか・・・悪くないかもしれませんね。」
「そう言う事だな・・・」
そう言って先ほどの笑みを浮かべる蒼紫に
は確信犯だと呟いた。
「そう言えば・・・翁が言っていたのは何?」
「お前の体に合わせて作らせた婚礼衣裳だ。
西洋の『うえでぃんぐどれす』とか言ったな・・・」
「え!?」
「俺の為に着るのは嫌か?」
「い、いえ・・・でもいつの間に・・・・」
「ひと月ほど前、操に言われたのだ」
「は!?」
「姐をお願いしますって。・・・だから情報網を駆使して・・・」
「そんな事で御庭番衆の情報網を使うなんて・・・」
「そんな事ではない。俺にとっては最重要事項だ。」
「第一、私が断りでもしたらどうしたのです?」
「それはないと確信していたから作らせた。だから翁にも準備をするように言った。
実際は操があれこれしているようだがな・・・」
「やはり貴方は確信犯です」
「褒め言葉だ」
そう言うと蒼紫はに口付をした。