徐々に白んでくる空。
京都
古くからある街並みに、変わっていく人々の生活。
数多の戦を潜り抜けて生き延びた彼…四乃森蒼紫は
葵屋の二階にある自室から数時間先には動き始めるであろう街を覗いていた。
「・・・・平和・・・・だな」
小さく呟くその顔は、誰かを探しているようにも思えた。
そっと蒼紫は目を閉じると、まだ起きるには早いかと寝床へと戻る。
まだまだ肌寒い早朝に、鍛え上げた体とは言っても多少は寒さを感じ、
蒼紫は布団をかぶり、ゆっくりと目を閉じる。
しかし、すっと目をあけると、苦笑をする。
いつも隣にいた存在が、彼を目覚めさせる。
「・・・・」
何もない己の腕を見つめると、ぎゅっと拳を握る。
忽然と姿を消してしまった。
最初の内は蒼紫も何も思ってはいなかった。
いや、何も聞けなかっただけ。
彼女も何か考えがあって姿を消したのだろう。
ただ、何も言わずにここを出て行ったことに、蒼紫は今更ながら腹が立っていた。
「・・・未練だな・・・」
蒼紫はそう言って苦笑すると、目を閉じた。
「・・・・・・はぁ」
京都の外れにある小さな祠の前で、ため息をつく一人の女。
「疲れたなぁ・・・」
ちょこんと祠の横に座ると、高くなった日を仰ぐ。
「蒼紫・・・っ!!」
ぐらりと目の前が回る。
女――――は額に手を当て、前に転ばないようにとする。
京都の激戦の前から続いていた眩暈は、日ごとに増し、ついに立っていられないほどになっていた。
昔からの後遺症か・・・
女の身で剣を振り続けた幕末からの身体の淀。
日に日に大きくなり、ついには普段の生活にまで支障が出るようになってきた。
普通の人になら気付かないような仕草も、彼の目に留まらないわけがない。
せめて、記憶の中では強い、頼れるのままでいて欲しいと思い、
蒼紫にも誰にも告げずに葵屋を出た。
結局、蒼紫がいるこの京都を離れることなど出来ず、は京都の外れの長屋に住まいを持った。
「・・・あれは・・・!?」
ちょうどそこを通りかかったのは蒼紫その人だった。
翁の用事を済ませることとなった蒼紫は、偶然にも京都外れの長屋を通りかかったのだった。
「・・・あ・・・蒼紫の気配!?」
気配を感じたは、さっとその場から立ち上がろうとする。
が、ぐらりと回った視界。
その場に崩れこもうとした。
地面に叩きつけられると思った。
「あ・・・れ・・・痛くない」
「・・・・・当然だ」
一番聞きたくなかった声。
一番聞きたかった声。
胸元に回る覚えのあるぬくもりに、は身体を強張らせた。
「・・・あ・・・蒼紫・・・ど・・・どうして」
「・・・・・帰るぞ」
「えっ・・・ぁ」
蒼紫は無言のまま、を抱き上げるとスタスタと葵屋の方へと歩き始める。
ジタバタと腕の中で暴れるに、一旦歩みを止める。
ストンと自分で立ち上がると、少し上目づかいに蒼紫を見る。
「あ・・・蒼紫・・・もしかして・・・怒ってる?」
「・・・・・・・・・・・」
「黙って出て行ったから?」
「・・・・・・・・お前が・・・」
「・・・・?」
「お前が黙って出て行った事に腹は立ててはいない。」
「ぇ?」
「・・・・と言うのは嘘だな。」
ジリジリととの距離を縮めながら、蒼紫はまっすぐにを見る。
「何故、黙って出て行った」
「それは・・・知られたく・・・なかった」
「・・・・・身体の事なら知っている」
「!!!」
「お前の身体の事など百も承知だ。」
「っく・・・・蒼紫」
「お前はいつも俺の傍にいた。闘いの中でも安らぎの中でも。」
「・・・だから役に立てなくなったら・・・もう傍には」
「誰が役に立たないと言った?」
「でも・・・もう普通の生活だって・・・!?」
次の瞬間、蒼紫はの身体を強く抱きしめた。
「・・・傍にいろ」
「蒼紫・・・」
「二度は言わない。・・・を愛している。」
「あ・・・お・・・し?」
「・・・・・嫌ではないなら俺の傍から二度と離れるな。」
「嫌じゃ・・・ない」
「・・・そうか」
「嬉しい・・・うん・・・・私も・・・」
「・・・・・・・」
「私も蒼紫を愛してる!!!」
「ああ。」
そう言うと蒼紫は今まで以上に力を込めてを抱きしめる。
もその腕を蒼紫の背に回して、その胸に顔を埋めた。
「ねぇ・・・蒼紫。」
「何だ」
手を繋いで葵屋への帰路の途中。
は蒼紫に向かって語りかける。
「もう一回言ってよ?」
「・・・・・二度は言わないと言ったはずだ」
「ねぇ、そこをもう一回!」
「・・・・・・・・・・・・」
「蒼紫ってば!!」
「・・・・・・・・・・い」
「えっ?何て言っ・・・・っっ!!!!!」
ぐいっと手を引っ張られ、蒼紫の方へと転びそうになる。
が、蒼紫はそのままの身体をひょいっと抱えあげると、間をおかずにその唇を塞いだ。
「・・・・・・っ」
「何か言ったか?」
顔を真っ赤にして口元を両手で押さえるに、蒼紫は今まで見せたことがないであろう極上の笑みを浮かべて言う。
フルフルと首を振りながら未だ顔を赤くしているを楽しそうに見つめながら、
蒼紫はフッともう一度笑うと歩みを速めた。