警視庁内。
斜め前に座って机に向かって黙々と書類を書いているのは斎藤の部下であり恋人でもある・・・
斎藤はをじっと見ながら煙草を咥えていた。
「何です?人の顔をじろじろと見て・・・」
机から顔を上げることなくは斎藤へ文句とも言える口調で話しかける。
一ヶ月前くらいから急にの口調が変わった。
始めのうちは静かになったと内心思っていた斎藤だが、それがどうか・・・
だんだん自分との距離を置いて、終いには仕事の話でもほとんど口をきかなくなった。
「いつまでやってるんだ、阿呆」
「そうですね、あと2時間ほどで終わると思いますけど?」
斎藤はふと壁にかかっている時計を見る。
時刻はすでに十時を指していた。
「日が変わってから帰るつもりか?」
「文句があるなら張に言って下さい。それと貴方まで付き合わなくてもいいですよ。」
早く帰らないと時尾さんに怒られますよと付け加えて、はペンを走らせていた。
斎藤は眉間にこれでもかと言わんばかりに皺を寄せながら紫煙を吐き出す。
そしてぐしゃりと煙草を消すと、の机の目の前まで来た。
「何ですか?」
「あのな・・・いい加減に」
「いい加減なんですか?」
「・・・・・・・・・・・・」
斎藤はようやく顔を上げたかと思うと、ギロッと睨んだに黙り込む。
「・・・・・・・・・・・」
「別に私は何ともありませんから。」
「・・・・おい」
「斎藤さんに奥様とお子様がいらっしゃって、それを隠していた事なんて全っ然気になんかしていませんから。」
だんだん荒々しく文字を書きだすに、斎藤は片方の手で髪をかき上げながら
空いている手でバンと机を叩く。
「・・・・・書類書き直さなきゃいけないじゃないですか」
「話を・・・」
「もう。これで今日はお泊り決定じゃないですか・・・ま、いいですけどって・・・わっ!!」
「話を聞け!阿呆!」
斎藤が荒々しく声を上げるのを初めて聞いたはさすがに手を止めて斎藤を見る。
かなり怒っているのだろう・・・思いっきり青筋が立っていた。
「・・・・・・・・・・・」
「時尾の事を言う必要などないだろう。」
「・・・・・・・・・・・」
「あいつは出来た女だ」
「・・・・・・・・・・・」
「俺は酔狂でお前を抱いてるわけじゃない・・・そんなに暇でもないからな」
「・・・・・・・・・・・」
「何とか言ったらどうだ・・・」
「・・・・・・・・・・・」
「いつまでも黙り込んでいたら犯るぞ」
「・・・・・・・・・・・」
それでも黙り込んでいるに斎藤はチッと小さく舌打ちをすると、の顎を掴み自分の方へと近付けた。
唇が触れるか触れないかの瞬間、はようやく口を開いた。
「・・・私は別にどうでもいいんですよ。」
「・・・・何?」
「貴方が誰の夫だろうが父親だろうが・・・そんな事知ったことじゃない」
「ならば何故あんなに俺を避けている」
「避けてる?気のせいですよ」
「そうか・・・なら何故急に敬語を使って俺に話す。」
「貴方が私の上司だからです。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
そう言うと斎藤の手を払い、また顔を書類へと向けた・・・・
つもりだった。
両手を握り、椅子から立たせた斎藤。
抗議の声を上げようとは上を向いて斎藤を睨む。
「なっ・・・何をすっ・・・・・」
「・・・・・・・・・」
思わず言葉を飲んだ。
斎藤の琥珀色の目が細くなり、を貫く。
そしていつもよりもっと低音での名を呼ぶ。
背筋が凍る思いがした。
「・・・・俺がお前を弄んでいるとでも思っているのか」
「・・・・・斎藤さ・・・」
「・・・・俺はな、いつでも本気なんだよ、阿呆」
「・・・・・・・・っ・・・」
ギリっと斎藤の手に力がこもり、それに痛みを感じて小さく呻く。
「ま、お前が嫉妬するくらい俺に惚れてると言う事はよく分かったがな」
「なっ・・・何を・・・」
「いいさ、お前が望むなら時尾を別れてやる」
「ばっ・・・馬鹿ですか!!」
「ほぉ、この俺に馬鹿とはいい度胸だな、」
じりじりと斎藤はを壁側に追い込む。
はゴンと音を立ててソファに足がぶつかりドサッとソファに座り込む。
ギシリと音を立てて、斎藤の膝がソファに乗った。
「さ・・・斎藤・・・さん」
「いい加減、俺も限界だ。」
「・・・・・・・・」
「俺が嫌いなら抵抗すればいい」
ふぅっと小さくため息をつくとは体の力をすべて抜いた。
「・・・・・・・私は貴方を愛していますよ、斎藤さん。」
「フッ・・ならば覚悟しろ・・・いつまでも意地を張っていた罰だ。」
「あ・・・明日も仕事なんですけど・・・」
「安心しろ、明日は俺もお前も非番だ。」
「・・・・職権濫用だ・・・」
「何とでも言え・・・」
斎藤はニヤリと笑うってそう言うと手を伸ばし、灯りを消した。
月灯りに二つの影が見えていた。
その影はゆっくりと重なった・・・。