斎藤は一人で紫煙を窓の外へと吐き出した。
脳裏に浮かぶのは、あの日、忽然と己の前から姿を消した一人の女の事。
…
「くそっ!!」
ドカっと盛大な音を立てて自分の机を蹴る。
机の上には今日一日かけて仕上げた書類の山があったが
見事に崩れて床へと散らばる。
斎藤はそれにも苛立ちを持ってしまう。
くしゃりと前髪を手でかきあげると、椅子に腰かけ、何もなくなった机へ足を乗せた。
「俺も阿呆だな…ふんっ」
そう言って、煙草にまた口を近づけようとした…
カタン
それは普通ならば聞こえないような本当に小さな音。
深夜という時間と斎藤の耳だからこそ聞こえた音。
斎藤は、すぅっと獲物を狩る目付きで、音のした方を見た。
手は近くに立てかけていた日本刀に向かってゆっくりと伸びていく。
「………物騒ね」
「!!」
「…ちょっと様子を見に来たのに…」
「…」
「これだけで殺されたら、私死んでも死にきれないわ」
そう言って、徐々に姿がはっきりしてくる人物に、斎藤は刀に向けていた手を戻す。
足元…月明かりに照らされ、『彼女』はゆっくりと姿を現した。
肩まで伸びた黒髪、漆黒の瞳、淡い薔薇のような色をした唇。
斎藤は、自分でも驚くような行動をとっていた。
そう…
の腕を引き、自分の胸の中へと納めていた。
「…一」
「……どこにいた」
「………」
「ふん、言わないのか?」
「…言ったところで、貴方は理解などしてくれないでしょ?」
「そうだな…」
そう言うと、斎藤はの顎を持ち上げ、ゆっくりと確かめるように唇を重ねる。
時に激しく、優しく…
斎藤はの唇としばらく堪能していた。
ようやく解放されたは、ふぅっと深く息を吸い込む。
「一。貴方に言いたい事があってきたの。」
「何だ?」
「私、日本を出るわ」
「!!」
「前々から考えていた事なの…」
「……そうか」
「…ごめんなさい」
「謝る前にする事があるだろう」
そう言って斎藤はの服を脱がせながら、近くのソファに押し倒す。
何かを確かめ合うように、肌を合わせる。
の吐息を感じながらも、自分も余裕がないなと頭で苦笑する。
徐々に上がる熱に斎藤もも止まる事を知らない。
お互いが身体の奥にそれを刻み込むように。。。
何度も何度もその身体を抱きしめた。
「・・・・っ」
頭を抱えて起き上がる斎藤。
衣服は乱れていない。
机の上の書類は床に散らばったまま。
斎藤は、ソファから立ち上がると、煙草に火をつけた。
あれは夢だったのか
しかし、自分の腕には確かに愛しい女を抱いた感触がはっきりと残っていた。
唇をなぞりながら、斎藤はふっと机の上に見覚えのないものがある事に気がつく。
「………阿呆」
それはに送ったもの
自分の壬生の狼という通り名をあしらえた、小さな手鏡。
『一へ
貴方を愛している
だけど、私は貴方の傍にいる事は出来ないでしょう
それでも貴方を心から愛しています
また、いつかどこかで貴方に逢えたら…
今度は貴方の傍で生きていきたい…
さようならは言いません。
また逢いましょう・・・
』
その手紙をクリャリと握りつぶすと斎藤はつまらなさそうに煙草に火をつける。
「俺から離れて行こうがお前の勝手だが…逃げられると本気で思ってるのか…」
小さくそう言うと、斎藤はニヤリと笑った。
それは何かを確信した笑み。
獲物を狩る笑み。
「俺がどれだけお前を愛しているのか…分からせないとならんようだな…」
斎藤は、そう言って部屋を出た。
窓からは朝のすがすがしい風が吹き込み、
書類を花びらのように巻き上げていた…