まだほんのガキの頃から見てきた。

あの馬鹿弟子と一緒に育てた。

まさかこんなに変わるたぁ、さすがの俺も思ってもみなかった。







「師匠!師匠ってば!!」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・万寿いらないんですね」

「んあ?」


いかにも不機嫌そうに窯から視線を移す新津覚之進こと比古清十郎。


「今から山を下りて食材を買いに行くんですよ。」

「はぁ、面倒だな。お前行って来い。」

「・・・・・だから万寿はいらないのかって聞いてるんです!」

「いるに決まってるだろう!!、おめぇいつからそんな口利くようになったんだ?
ったく、誰に似たんだか・・・」

「そりゃぁ貴方ですよ!」

「俺はそんなに意地が悪くねぇ」

「いいえ、十分です!んじゃ行ってきますから。あ、天気悪そうなんで洗濯物入れといてくださね。」

「何で俺が・・・っておい!!!」


比古の言葉を無視して、は町へと続く道に向かっていく。

比古は、はぁっと盛大な溜息を着くと、窯を後にし、小屋へと向かう。

残り少なくなった万寿を飲みながらと出会った時の事を思い出す。












『・・・・っく!・・・・ひっっく・・・・母・・・様ぁぁ・・・』

『・・・・・大丈夫か?』


比古は山中で商人達が襲われている所に出くわし、盗賊共を斬った。

そこに残されていたのが十くらいの子供だった。

母親らしき女が荷物の着物の中に隠していた。

せめてこの子だけは助けようとしたのだろう。

殺された母親にすがって泣いていた少女に手を差し伸べる。


『・・・・おめぇの母親か・・・』

『ひっく・・・・う・・・うわぁぁぁん!!!!』


こくりと頷くと、少女は比古の差し出した手にすがって泣きだした。

比古はその小さな体を抱きしめてやり、頭を優しく撫でてやった。


『名は?』

・・・』

か・・・おめぇ、行くとこあんのか?』


フルフルと首を振る

比古は頭の中に小屋にいる剣心の事が浮かぶ。


『・・・ついてくるか?』

『ひっく・・・・ひっく・・・・』

『ま、うちには馬鹿弟子が一人いるからおめぇの面倒は見てくれる。』

『うん・・・ひっく・・・・』

『もう泣くな、おめぇは強い子だろう?』

『ひっく・・・うん・・・おじちゃん、お名前は?』


泣きやんだは比古に尋ねる。


『お、おじちゃんじゃねぇ!・・・比古だ・・・比古清十郎。』

『ひこせーじゅーろー?』

『おう!さて、行くか。』


そう言って差し出された大きな手に小さな手を重ねた。








あれから十三年・・・・・

馬鹿弟子とはケンカ別れし、自分は陶芸家 新津覚之進として生活していた。

そんな中で、は美しく成長した。

長い艶のある黒髪、真珠のような肌、緋色の唇。

考えれば、もうもとっくに二十を過ぎている。

本来ならば嫁に行っていなくてはおかしい年頃なのだが、本人は全く気にしていない。

それどころか自分がいなくなったら酒しか飲まなくなるだろうと言っている。

何を馬鹿なと言いながらも、本人の意思を尊重していたのだった。

比古は万寿がなくなったしまったので舌打ちをする。

と、雨音が聞こえ出した。


「ちっ、あいつまだ帰って来ねぇのか。」


そう言いながら洗濯物を取り込む。

一刻ほどしてからだろうか。

トタトタと小屋の入口で音が聞こえる。

どうやらが帰って来たようだった。


「遅せぇ・・・ぞ・・・・・」

「雨で足元取られるんですもの!あ、万寿買ってきましたよ。・・・師匠??」

「あ・・・ああ。ほれ、早く拭け。風邪ひくぞ。」


一瞬動きが止まった比古に、は首を傾げるが、跳んできた手拭を顔面で受け取る。


「わっ・・・もう!」

「顔面で取るたぁなかなかじゃねぇか」

「万寿落としてよかったんなら手で取りました。」


雨で濡れたの姿かあまりにも艶やかで、比古は鼓動が高鳴る。

それを気付かせまいと投げてよこした手拭だった。

が、濡れた髪を拭く仕草などを見ていると、鼓動は高鳴るばかりだった。

比古はちっと舌打ちすると、その手をへと伸ばした。

急に頬に触れられた大きな手にはビクっとする。


「なっ・・・何ですか?」

「・・・・・・・・おめぇ、いつの間に・・・」

「し・・・しょ・・・?」

「いつの間にそんな女らしくなった?」

「や・・・何か・・・怖いですよ・・・」

「おめぇももう大人って事か・・・」


ゆっくりと頬をなぞっていた手が、の唇へと向かう。

親指でなぞった後、比古はぐいっとの体を抱きよせた。


「しっ・・・師匠!!!」

「・・・・・・・・・だ」

「えっ・・・・」

「清十郎だ・・・。呼んでみろ」

「そんな今まで言った事なっ・・・・んんっ!!」


比古の唇によって急にふさがれたの唇。

ビクッと体を震わせながらも、は比古の腕にしがみつく。

ガクガクと膝から力が抜けていく。


「ふっ・・・んんっ・・・・」


ドンドンと比古の胸を叩き、呼吸ができない事を伝えるが、

比古はそれを無視して角度を変え、深く口づける。

ようやく唇を離した時には、はぐったりとしていた。


「師匠・・・」

「わりぃ・・・・」


背を向けた比古は素直に謝る。


「どうして・・・」

「つい・・・な・・・・」

「・・・・つい・・・ですか・・・・」

「・・・・・・・・すまんな・・・・出て行ってもいいぞ。」


そう言いながら比古は脳内で舌打ちをする。

本当はそんな事を言うつもりはなかった。

の事をいつから自分の中で育てた子供から一人の女に変わっていたのか・・・

それすら気付かない状態で取ってしまった行動に、少しの罪悪感を感じる。

これでに嫌われるかもしれない。

山を下りてどこかに行くかもしれない。

それでも構わないと思った。

そんな事を考えていた比古の背中に感じる暖かな感触。


「・・・・私が出て行ったら誰が貴方の世話をするんです?」

「だっ・・・誰が世話だ!・・・・・・っ!」


すっと自分の横に座り、比古の肩に己の頭を乗せる。

比古は驚き、少し目を開いてを見た。

ほんのり頬を染めたが、比古を見上げる。


「本当は、師匠の側にずっといたかったんですよ。私、師匠が大好きですから。」

、おめぇ・・・」

「でも、出て行けっていうのなら出ていきます。」

「・・・・・・ここにいろ」


少し照れたようにぶっきら棒に言う比古にはクスクスと笑う。


「何が可笑しいんだ!」

「だって師匠が照れてる。」

「誰が!」

「・・・・・・責任、取ってくださいますか?初めてなんですから。」

「・・・・フッ。後悔すんなよ?」

「それは私の台詞ですよ。清十郎。」


もう一度比古はに口付をする。

今度は優しく触れるだけの口付け。

顔を離すと、ニッと笑う比古に対して、は恥ずかしそうにしていた。


「おめぇ、俺から離れんなよ?」

「貴方が離れろと言っても離れませんから。」