ここから見える風景が好きだと言っていた貴女
その姿が街並みに溶けて行きそうな程美しかったのを覚えている。
もうそれすら見る事は出来ないのか・・・
「サガ、今日の書類はだな・・・」
「ああ、これと・・・これか・・・ん?あの修繕費の件は?」
「あれは今、がしてくれている。後で、お前の印がいるから」
「分かった。、それが終わったら私の所へ持ってきてくれ。」
「・・・・・・・・・・・」
「、聞いているのか?」
ふいに肩に触れたサガの手に、無心で書類を書いていたはハッとして顔を上げる。
自分の目の前にある濃紺の服。
だが顔を上げサガの顔を見る事なく答える。
「ぇ・・・ぁ・・・すみません、サガ様。もう一度、お願いします。」
「・・・・その書類が終わったら私の所へ持ってきて欲しい」
「はい、分かりました。」
「は真面目だからなぁ、すぐに終わるだろう?」
「アイオロス様ったら・・・ええ、すぐに終わらせます。」
アイオロスの方へと視線を向け、笑いながら言うとはまた書類に目を通す。
サガは冷静を装いながらも、から離れて自分の席へと向かった。
は書類を書き終えると、それをトントンとまとめてサガの席へと向かう。
サガは黙々と書類を片付けていた。
「サガ様、お願いします。」
「ああ、もう終わったのか?」
「はい。」
「ありがとう」
そう言って書類を受け取る。
何事もなかったかのように装えるのはサガの得意技なのか・・・
はサガが書類に手を付けた瞬間に己の手を書類から離した。
「みなさん、一息つきませんか?」
「確か、アフロディーテが新しい紅茶を持ってきていたと思うのだが・・・」
「ではそれを淹れましょうか。」
「私も手伝おう。」
「カミュ様、ありがとうございます」
そう言ってカミュとは給湯室へと向かった。
その様子をじっと見るサガ。
ここ数か月おかしいと思っていたアイオロスだったが、
敢えて何も言わずにいた。
給湯室ではカミュがに話しかけていた。
サガとの事は知っていし、カミュは気丈に振る舞うを見ているのが心苦しかった。
「カミュ様・・・私・・・・」
「あの人らしいと言えばそうだが・・・。」
「カミュ様・・・」
「いつものように呼んでくれて構わない。」
「で、でも・・・」
「気にしなくていい、誰もいない」
「カミュ。」
「それでいい。で?どうするのだ?」
「うん・・・これ、カミュからアイオロス様に渡してくれない?」
そう言って白い封筒が差し出された。
「大抵の予想はついていたが?いいのか?」
「うん・・・ここにいたら辛いのが正直なところ・・・だし」
「・・・・分かった。ここの執務が苦痛ならば私の宮にでも来るといい。」
「ふふ、ありがとう、カミュ・・・っ・・・!!」
ぐいっとカミュが頭を自分の胸に押しつける。
深紅の髪がの頬を霞める。
「貴女の泣いた顔は見たくない。私は・・・貴女が大切だと言っていただろう?」
「うん・・・ありがっ・・・とっ!!」
「・・・・貴女の事など全てお見通しだ、。」
「・・・ぅん・・・でも・・・私ズルイ・・・・ね」
「・・・・・何がだ?」
「カミュの気持ち・・・知っているのに・・・まだ忘れられないのに・・・」
「私は構わない・・・不謹慎だが嬉しいくらいだ。それに時間はいくらでもある・・・ゆっくりでもいい」
「カミュ・・・・うん、カミュなら・・・いい・・・かも」
「、それは・・・私の想いを受け止めると・・・そう取っても構わないという事か?」
「・・・・・うん」
「・・・・分かった。」
にこりと微笑むとカミュはぐっとの体を抱きしめた。
「ゆっくりでいい・・・私を見てくれれば・・・それでいい。」
そう言うカミュにはその温もりの中でそっと目を閉じた。
給湯室から二人でお茶を持ってきて、サガとアイオロスに渡す。
「何か目が赤くないか?」
「目にゴミが入っちゃって、擦ってたら赤くなっちゃいました」
「腫れていたので凍気で少し冷やしたのだが・・・まだ赤いな」
「でも先ほどより引きました。ありがとうございます、カミュ様」
「もう・・・大丈夫なのか?」
「はい、サガ様」
「そうか・・・」
そんな事を話しながらお茶で一息をついた後、残りの書類を片付けた。
「それでは今日はこれで終わりだな。」
「ああ、残りはミロに残しておくか。あいつ、いい加減こちらの仕事もきちんとしてもらわねばな。」
「私は、もう少し終わらせてから帰るとしよう」
「あんまり根を詰めるなよ、サガ」
「ああ、アイオロス。分かっている。」
「はどうするのだ?」
「私ももう少しだけ、これだけ終わらせてから帰ります。」
「そうか。では私はアイオロスと先に宮に戻る。」
「はい、お二方ともお疲れ様でした。」
「じゃぁまたなっ!!」
「、貴女も早く帰るといい。」
「はい」
そう言ってアイオロスとカミュは執務室を出て行った。
コチ・・・コチ・・・コチ・・・コチ・・・
時計の音とペンで書類を書く音だけが執務室に響く。
は最後の書類を書き終えると、ふっと時計を見た。
時間は午後6時を回った所だった。
「ふぅ・・・」
「疲れたか?」
「いえ、サガ【様】。」
は書類をサガに手渡した。
「終わったのか?」
「はい。」
「そうか・・・」
「では失礼致します。」
そう言って書類から手を離したに、サガはガタンと音を立てて立ちあがると、
の細い手をぐっと掴んだ。
「・・・」
「・・・・・・・・・・・」
「話をしたい。」
「・・・・・・・・・・・」
「だから・・・・話を聞いてくれないか?」
「・・・・・・・ぃ」
「何と?」
「・・・・・今更・・・遅いです、サガ【様】」
「・・・・」
「私は・・・貴方の話をもう聞きたくありません。」
「・・・・」
「貴方から距離を置こうと仰られた。・・・私は・・・もう貴方の恋人でもありません。」
それだけ告げてはサガに手を離してもらい、執務室を出て行った。
力なく下に垂れた手をぐっと握りしめるサガ。
何よりも大切だった・・・・
だが、過去の罪が・・・
それを許してくれなかった・・・・
自責と後悔の念
どんなにを愛していても・・・
その念がの愛よりも大きかった・・・
結局愛する人すら悲しませてしまった
その現実に、サガはただ呆然と立ち尽くすしかできなかった。
ふっと何かを思いついて、サガは教皇宮を出る。
足が自然と向かう先。
いつも二人で見ていた景色がある場所。
まだ・・・伝えられるはずだ・・・そう思った。
「・・・・・っ!!!!」
その場に着いた瞬間、サガは動けなくなった。
確かにそこには愛しい女性が一本だけ立っている樹の根元に座って景色を見ていた。
しかし・・・・
その隣には深紅の髪が揺れていた。
樹に寄りかかって立ち、の横に寄り添うように。
時折、視線を合わせては微笑む二人。
少し霞んで見えてきた街並みに、サガは踵を返してその場を後にした。
執務室へ戻ると、左腕で目を覆う。
「・・・・・・今更遅い・・・か・・・・」
堪えていたはずの何かが、その腕に隠された瞳から一筋流れた・・・・