「もういい加減に起きろよな・・・」

シュラは聖域の近くの湖に来ていた。
ハーデスとの聖戦から8年が過ぎ、
地上は平和そのものだった。
ハーデスとの講和により、
かつての黄金聖闘士たちは全員復活していた。
もちろん、アテナの許しのおかげで、
シュラ達から賊の烙印は全て消されていた。


そんな平和な聖域でも執務はある。
今日のシュラは執務に追われ、
息抜きと称してここにやってきたのだが、
先客がいたのだ。
その先客とは、同じアテナの聖闘士である
女とは言え、結構強い。
伊達に白銀聖闘士ではないということかと、
シュラは思っていた。
そのがこの湖のほとりにある樹の根元で昼寝をしていたのだった。
しばらく隣に座りぼうっと水面を光らせる湖を見つめる。

「・・・こいつ・・・俺がもし仲間じゃなかったらどうしたんだ??」

シュラが少しため息混じりに言う。
聖闘士は常に周囲に気を払う。
それはアテナを護るため、自分を護るためであったが、
常人より感覚はかなり優れているのだ。

「・・・・・・ん・・・・・・」

ふいに寝返りを打つ
仮面をしているのでその表情は分からない。
だが、シュラにはがうなされている様な気がしてならなかった。

「おい、。起きろ・・・」

「んぁ・・・???シュ・・・・・・ラ???」

気だるそうに背伸びをし、シュラを見てから首をかしげた。

「どうして貴方がここにいるのです?シュラ。」

「気晴らしにと思って来たら、お前がここにいた。」

「ああ、よくここで休むんですよ。・・・思い出の場所ですからね。」

そう言って、はもう一度背伸びをした。

「思い出の場所???」

の言葉にシュラはすっと立ち上がり、
樹に寄りかかりながらを見た。
は一度、シュラを見上げると湖に視線を移した。

「・・・・・・母さんの思い出の場所ですから。」

「そうか・・・俺もここには思い出があるな・・・」

「へぇ〜どんなですか?差し支えなければ是非お聞きしたいのですけど??」

そうは言い、ひょいっと樹の枝に跳び座った。
シュラは相変わらず身軽な奴だなと笑い、
あまり面白くはないがなと付け足して話を始めた。

「・・・・・・大分昔だな・・・まだ俺が16くらいの頃だ。
心底、惚れた女がいたんだ。」

「へぇ〜。」

「・・・年上で、綺麗な女だった。
髪はちょうどお前と同じブラウンで。
俺はそいつが愛しくて愛しくて仕方なかった。
何度、身体を重ねても飽きない。
いや、むしろ足りなかったな・・・。」

少し照れくさそうに、そして寂しそうにシュラは話を続けた。

「俺にとってそいつこそ女神だったのかもしれんがな・・・」

「んで?その女の人は?」

「・・・ある日忽然と姿を消した。俺は探したよ。
血眼になりながら・・・それでも見つけられなかった・・・。
正直、自暴自棄になった。」

「どうしていなくなったのでしょう・・・」

「さっぱりだ・・・俺の事が嫌いになったのかと思ったが・・・
いなくなる前日の晩まで・・・一緒にいたしな・・・」

そこまで話すとシュラは黙って湖を見た。

「ここは・・・俺たちが初めて出逢った場所だ・・・。」

「そうなんですか・・・何か辛い話をさせてしまいましたね・・・」

そう言って謝るに静かに首を振りふっと笑う。

「いや・・・あいつも何か理由があったんだろうしな・・・
今ではいい思い出だ・・・それに今は他の奴に惚れてるからな・・・」

シュラはしゅっと風を切っての隣の枝に立つ。

「・・・・・・・・・・・・」

・・・お前の素顔・・・俺に見せてくれないか・・・」

「ダメです・・・シュラ。この仮面を外す訳にはいきません・・・」

「・・・・・・力ずくでも・・・と言ったら?」

「無理です。力で対抗させて貰います。
白銀とはいえ、次期黄金聖闘士候補なんですよ?私は。」

そう言ってくすりと笑う。

「・・・・・・俺が嫌いか?」

「・・・・・・いいえ。」

「ならば何故・・・」

「私の歳、いくつだと思ってるんです?」

「歳の差でも気にしてるのか?」

「違いますよ・・・。」

そう言ってシュラよりもう少し高い枝に移る

「確かに私は貴方が嫌いではないし、むしろ好意を抱いています。」

「なおさらだ!どうして・・・」

「この想いは報われる事がないからです・・・シュラ。」

次の瞬間、は仮面を外した。
一瞬、逆光で顔が見えなかった。
しかし、シュラの身体は硬直した。

「そ・・・んな・・・何故・・・何故・・・」

「・・・・・・これが答えです。」

シュラが目にした顔は、紛れもなく想い人の顔だった。

「どういうことだ・・・・・・」

はすっと仮面を戻しながら話し出した。

「・・・母さんが死ぬ間際に話してくれました。

『昔、母さんには本当に大好きな人がいたの。
その人はとても母さんを愛してくれたわ。
母さん、とても幸せだったの。
でもね、ある日お腹にもう一つの命が宿った事に気付いたの。
それが・・・貴女よ。とても嬉しかった・・・。
だって、母さんが心から望んだ子だったんだもの。
母さんとその人の愛の結晶なのだから・・・。
でもね、その人はとても大切な使命があったの。
母さん、その人を愛しているから負担をかけたくなかった。
だから、黙ってそこを離れたの。そして、、貴女が産まれた。
がいたから母さんちっとも寂しくなかった。
とても幸せだった。
貴女の父さんはギリシアにいるわ・・・。
そして貴女はその父さんの血を継いでいる・・・。
・・・ギリシアに行きなさい。
そして、あの人と・・・父さんと同じ道を行きなさい。
それが母さんが唯一叶えられなかった夢だから・・・。』

と。そして、私はここに来ました。母の意志を継ぐ為に・・・」


ざぁぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・・


シュラはただ静かにの話を聴いていた。

「・・・・・・・・・。」

「だから、シュラ。貴方の想いに応える事は出来ないのです・・・」

「分かった・・・・・・、あいつの最後は苦しそうだったのか?」

「いえ、とても安らかに・・・・・・。」

シュラはに近付き、その腕の中にを閉じ込めた。

「!!!」

「すまない・・・今だけ・・・今だけは・・・」

はシュラの肩が僅かに震えているのに気付いた。
きっと、二人は本当に愛し合っていたのだろう。
事実を聞いた瞬間のシュラの悲痛な表情は、
きっと忘れられない思った。
しばらくして、シュラはから離れた。

・・・俺はお前を愛している。一人の女として・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

「だが、この想いは罪なのだな・・・」

きっと過去に犯した過ちの代償なのだとシュラは苦笑した。
はもう一度だけ仮面を外し、シュラを見つめた。

「シュラ、私は母の想いを貴方に伝える事が出来てよかった。
貴方が、本当に母を愛していたと知れてよかった。」

・・・」

「私は、これからも貴方の近くにいます。
アテナの聖闘士として・・・・・・・・父さん。」