青く…暗く…
誰もいない世界に佇んでいた。

そして、私はゆっくりと歩き出す。
両手を前にと伸ばし…いつかたどり着けるであろう…貴方のもとへ



…」

呼びかけても反応しない女性。
その姿は名前のように美しい月の女神…
銀の髪はベッドから溢れるように長く、閉ざされた瞳。
時折、かすかに震える睫毛と上下する胸だけが、彼女が生きているという証だった。

「……。君はいつまで眠るつもりかい?」

アフロディーテはそう呟くと、彼女をそっと抱き上げる。
ガラス細工でも持つかのように、そっと抱き上げた彼女を見つめる。

「私はいつまで君のあの瞳を見れないのかな?」

寂しげに笑うアフロディーテ。
彼女…が月の女神アルテミスの生まれ変わりだと知ったのは3ヶ月前。
まだ、彼女がその瞳でアフロディーテを見つめていた頃だった。

『アフロディーテ…私は月の女神アルテミスの生まれ変わりなのだそうよ。』

の口から出た言葉にあまり驚かなかった。

『そうかい。私はそうだと思っていたよ。』

アフロディーテはベッドから上体を起こしながら言う。
はシーツをドレスのように纏い、月明かりの差し込む窓辺に立っていた。

『その確信はどこからきているの?』
クスクスと笑い両手を広げる

『今の君の姿からだよ、。銀の美しい髪を夜風になびかせ、月明かりの中に浮かぶ君を見たときからさ。』

アフロディーテは微笑みながらの方に歩み寄った。

『無論、私以外の誰にも見て欲しくない姿だけどね。』

そう言ってを抱きしめる。

『ねぇ、アフロディーテ。私がもし永い眠りについても側にいてくれる?』

抱きしめられるその腕にそっと手を添えながらはアフロディーテに尋ねる。

『愚問だね。私は君から離れる気はないし、離す気もないよ。』

の唇にそっと触れてみる。

『くすぐったいわ。』

『これならいいんじゃない?』

交わされるキスはどこまでも甘く優しいもの。

『君は本当にいい香りがする…』

『アフロディーテがくれる薔薇の香水をつけているからじゃないの?』

『違うね…君自身の香りだよ…私を夢中にさせるね…』




幸せな時は短かった。
アフロディーテが職務で聖地を離れている間にその事件は起こった。
が襲われたのだ。
いくら女神と言えど、完全に覚醒したわけではなかった。
彼女は街で雑兵に襲われている少女を助けようとして、逆に襲われてしまったのだ。
アフロディーテがアテナに呼ばれ急いで聖地に戻ったときにはすでには精神を閉ざし眠っていた。

『ど…うして…。』

『アフロディーテ…』

アテナは落胆しているアフロディーテに声をかける。

『アテナ…彼女は…』

『シャカやサガの話によると、彼女は深く精神を閉ざしているようです。いつ目覚めるかは分かりません。』

を…彼女を襲ったと言う連中は…』

『すでに処分をしてあります。』

『ありがとうございました…』

アテナはそっと彼女の額に手を添える。

『彼女が目覚めるまで…私も祈りましょう。アフロディーテ…』

『はっ…』

が目覚めるまで、貴方の宮で面倒を見てあげてください。』

『分かりました…ありがとうございます、アテナ…』





「君という女性は本当に私を夢中にさせて止まないね。」

毎日、この自慢の薔薇の園にを連れてくる。
そして、一輪の純白の薔薇をの髪に挿してやる。

…君が目覚めるまで、待ってるよ。ゆっくりでいいから、還っておいで。」

ゆっくりとキスをする。

「……ア………ロ………テ……」

…?」

の口がかすかに動く。

「ア…フロデ…ィーテ…」

そして僅かずつだが、その瞳が開かれていく。

!!!!」

の蒼い瞳がアフロディーテを映し出す。

「…ご…めん…な…さい…わ…たし…」

「全く…ようやくお目覚めかい?」

アフロディーテはを抱きしめる腕に力を込めた。

「ずいぶん待たせてくれたね…気が遠くなるかと思ったよ。」

「ごめ…んな…さい」

はアフロディーテの頬に手を添える。

「この私をこれだけ待たせたんだ。その代償は重いからね。」

そう言ってキスを交わして、の耳元で呟く。。
一瞬目を見張るだったが、すぐに微笑みを浮かべた。
彼が呟いた言葉…




それは






「この代償は君の一生だよ。」