そろそろ潮時かもしれない。
私の正体はすでに知られている。
聖域にいるのも時間の問題か・・・

春風が優しく頬を掠める午後。
は聖域の外れにある草原に来ていた。
隣には自分の存在に気付かずに眠っているカミュの姿。
黄金聖闘士ともあろうものが、気配に気付かずに眠っているのかと思うと、
余程疲れているか、それとも心から気を許している相手かのどちらか。
はカミュの横腰掛けると視線を草原にと移した。

「・・・・・・・・・・・」

「カミュ?」

ふとカミュの声が聞こえたので視線をカミュへと移すが、
相変わらずカミュは眠ったままだった。
寝言でも言っていたのだろう。
そんなカミュに優しく微笑むと、そっとカミュの頭を膝の上に置いた。

『まだそこに残る気ですか?』

頭に直接響く声。
忘れもしないその声には苦笑する。

「・・・・・・・・貴女が眠らせているのですか?」

空を見上げて苦笑する

『私はただ純粋に貴女が心配なのです・・・我が姉デメテル』

「・・・・・・私はよ。」

その言葉にすっと目の前に具現化する姿。

「いくら人間に転生しようとその魂は変えられないのです。例え貴女がその力を封印していても。」

「魂の色は変わらないのは分かっている。だけど私は人間になりたかった。
古の時代から人間に触れ、人間と暮らし、生きてきた私は、
人間の無限の可能性に惹かれたのだから。」

「・・・・・そこのアテナの聖闘士は貴女の正体を知っているのですか?」

「知らないと思う。気付いているとは思うけれど・・・」

「アテナも、我が夫、ゼウスも気付いています・・・」

「そうでしょうね、だから私に会いに来たのでしょう?」

ふふっと微笑みながら膝の上で寝息を立てているカミュの長い髪をなぞる。

「・・・・・最後の忠告です。今、その力を解放し、大地の女神として務めを果たすならば
私はこのまま何もせず、ゼウスにも誰にも手を出させはしない。」

「もし、それに従わなかったら?」

「・・・・・・・・それは貴女自身が分かっているのでしょう?」

――――分かっている。
そうなれば体と魂を封印され、女神としての力だけが存在する。

「・・・・・・・・・ヘラ」

「・・・・・・・しばらく時間をあげましょう。神として戻れば二度とその人間にも会えないのだからな」

そう告げるとヘラは天界に戻った。
その姿を見送ると、はそっとカミュの名を呼んだ。

「カミュ、こんなところで眠っていては風邪を引いてしまうわ。」

「・・・・・・ん・・・・?」

「おはよう、カミュ」

「私は眠っていたのか・・・・気付かなかった」

「余程疲れていたのでしょう?日差しも気持ちいいもの。
でもこんなところで眠っていては体に毒よ?いくら黄金聖闘士でもね」

の言葉に苦笑しながらカミュは起き上がると、そのままの唇にキスをする。

、私の傍から離れないでくれ」

「どうしたの?急に。」

自分の体を強く抱きしめながらそう言うカミュには不思議そうに尋ねる。

「夢を見ていたのだ。」

「どんな夢?」

が・・・どこか遠くに行ってしまう夢を・・・決してこの手の届かない遠くへ」

「私はどこにも行かないわ。ずっと貴方の傍にいる。」

「本当か?」

「あら、私は貴方に嘘はつかないわ。」

カミュはの言葉に頷くともう一度キスをした。
そのままの体を抱きかかえると宝瓶宮へと足を向けた。











深夜の聖域。

「カミュ、私はずっと貴方の傍にいます。貴方を愛したこと忘れません。」

そう言って自分の首にかかるペンダントに口付けをし、小宇宙をこめた。
そしてそれをカミュの枕元に置き、そっとカミュに口付ける。

「カミュ・・・『』は貴方を愛している。忘れないで・・・・・・・
どうか、貴方に永久の安泰と大地の加護を・・・・」

の小宇宙によってカミュがぐっすり眠ったのを確認すると聖域を一人出た。
そして自分が昔から使っている祠へと足を運ぶ。

「・・・・・・・・ディスポイナ。」

祠の最奥にある自分の玉座に座り、その名を呼ぶ。
すると目の前にひとつの人影が現れる。

「お呼びですか、お母様」

「愛しい我が子ディスポイナよ、急に呼び出してすまないと思います。」

そう言うは姿こそ変わらないが神としての小宇宙に溢れていた。

「私は人間に転生し、人間を愛しました。その事を弟ゼウスに知られ、ヘラからも忠告を受けています。
もし私がこのまま勤めを果たさなければ力をゼウスに利用され、私は未来永劫封印されるでしょう。」

「どうなさるのですか、お母様!?」

ディスポイナの傍に行くと、は少し悲しげな表情を浮かべて囁いた。

「私は・・・神としての務めを果たそうと思います。決して保身の為ではなく・・・
この地をゼウスの意のままにさせない為に・・・・」

「・・・・お母様・・・・」

「貴女は地母神として私の補佐を頼みます。
それからヘラにこの事を伝えるようアレイオンに言いなさい。」

「分かりました・・・お母様はこのままここにいるのですか?」

「ええ、そしてこの祠を人間界から完全に隔離します。」

「・・・・・・いいのですか?」

「・・・・・・これが私の宿命です。神として生を受けた私の務めなのです。」



そうこれでいい。

自分に言い聞かせると静かに目を閉じる。
決してカミュの傍を離れる訳ではない。
姿は見えなくとも、ずっと小宇宙は傍にいる。
愛している人が生きる大地を守ることが自分の愛情なのだと。

「カミュ・・・『』は貴方を愛している。忘れないで・・・」

もう一度その言葉を紡ぐと、祠を隔離するために小宇宙を高めた・・・

「愛しています、カミュ」

その言葉は言霊としてカミュへと注がれるようにした。
カミュの元を離れた日と同じ満月の夜に・・・