あたしは、このままでも十分幸せだと思ってた。
貴方が、聖闘士の道を選んで離れ離れでも。

サンクチュアリの町外れには一人住んでいた。

「カミュ…」

は、自室で呟いた。
シベリアからこの地に移って7年の月日が流れていた。

『帰ってくるさ』

カミュの言葉を信じて待ち続けていた。
しかし、一向にカミュは帰ってこない。
待ち焦がれたは、少しでもカミュの傍にいたいとここに移り住んだのだった。

「あたしの事なんかどうでもいいのかな?」

はそう考え出していた。

トントン

「ご機嫌はいかがです?」

「ムウ…」

ムウは時折の様子を見にやってくる。

「カミュはやっぱり会ってはくれそうにないのね」

「・・・・・・ええ。」

分ってはいた。
彼はアテナに仕えているから。

「…はあ。ムウはここに来てくれるのにね。こんなんじゃ、人魚姫になりそう」

少し寂しげに微笑むを見て、ムウは心を痛めていた。

(カミュ…貴方も罪な人ですね。ここまで想ってくれる人がいるのに)

「その話好きですね。…では人魚姫の様に泡にならないうちに行ってみますか?」

「いいの?」

「もう大分会っていないのでしょ?」

ムウの言葉には頷く。

「でも…アテナは許してくれるのかな?」

そんなにムウはクスリと笑い手を差し伸べた。

「我らのアテナは些細なことで怒りもしませんよ」












宝瓶宮の前に立つとムウ。

「カミュいますか?」

その声に宮の主は静かに答えた。

「ムウか…!!…なぜここに」

「カミュ…あたしずっ…」

「帰れ!!!!!!!」

の言葉はカミュの声にかき消される。

「カミュ!!!貴方何もいきなりそんな事を言わなくても」

ムウはの前にすっと立ちカミュに言う。

「……私の役目にとっては…邪魔だ。」

「じゃ…ま…」

カミュの口から、にとって信じられない言葉が吐き出される。

「カミュ!!!」

ムウは静かな口調ではあるが、強く名を呼んだ。

「…………何度も言わせる気か?」

はカミュを見つめるが、信じられない程の冷たい視線しか返って来ない。

「・・・・・・・・・」

涙が零れそうになった瞬間、は走り出していた。

!!!…カミュ、貴方!!!!」

ムウはカミュに詰め寄った。

「…あいつのためには…仕方ないだろう!」

「言い方というものがあるでしょう?」

「……」

「……」

沈黙が続き、いつしか辺りは闇に覆われていた。













「馬鹿みたい。」

は海辺に座っていた。
潮風になびく漆黒の髪は、月光に照らされ美しく輝いていた。

「…なんだかなぁ」

カミュの口から出た言葉。
カミュのあの視線。
どれも信じられないけれど事実。

『邪魔だ』

あの言葉がを支配していく。

「あたしなんかいなくてもいいのね。…っ」

の瞳からは次々に涙が零れていく。

「…苦しいよ…カミュ…」

目の前に広がる海は静かにを見ている。

(人魚姫って…泡になって消えるんだよね。苦しい恋をして。)

「今のあたしと同じだね…」

そう言うと、はすっと立ち上がり、少しづつ海の中に入っていった。




















「カミュ!!ムウはいるか!!!!!!」

宝瓶宮にカノンの声が響く。

「カノン?私はいますが…」

「どうしたのだ…」

ムウとカミュはあれからずっと一緒にいた。

が!!!」

!?」

カノンの腕にはずぶ濡れになったがいた。

「どうしたのだ!?」

カミュは先ほどとは別人のように真剣にを見つめる。

「それが…」

カノンの話によると、ポセイドン神殿からの帰りに水底に横たわるを見つけたというのだ。
すぐに呼吸をさせるようにはしたものの、酷く弱くしかしていない。

「何故…」

カミュはかすかに上下するの胸を見る。

「…人魚姫」

ムウが呟いた。

は人魚姫の話が好きでしたから。」

「その話は?」

「御伽話です。人間に恋をした人魚姫が、その想いを実らせる事が出来ずに海の泡になるという。」

カミュはをもう一度見る。

「カミュ!にとってはお前しかいないんだよ!!なんで分ってやらないんだ!?」

カノンがをベッドに横たわらせ、カミュの胸倉を掴んで言う。

「いくら平和だとしても…私は黄金聖闘士だ。アテナの為に…いつ死ぬかも分らない。だから…」

「だから冷たく突き放した…ですか?」

ムウはにヒーリングを施しながら言った。

「…そうだ。」

「聖闘士でも…いつ死ぬか分らなくても…にはお前が傍にいてくれればそれでいいんしゃないのか?」

カノンは未だ蒼白い顔のを見ながら呟く。

「…急にその温もりが消えれば…は悲しむ」

「だけど…想い出がある。その想い出で人は強く生きていけるはずだ。」

「……」

カノンの言葉にカミュは無言のままを見つめた。

「…後は、次第です。これ以上は私にもどうしようもありませんから。」

ムウのヒーリングで多少顔色がよくなったものの、弱々しい呼吸は変わらなかった。

「私達は帰ります。カミュ後は頼みましたよ。」

ムウとカノンはそう言うと宮を離れた。

…私は…」

今にも消えてしまいそうなをカミュは見つめ続けた。