追いかけてる。
また遠くに行ってしまう。

「待って!!」


そう言って叫んでも、愛しい貴方はただ微笑みを浮かべるだけ。


「ねぇ!待って!!」


黄金に輝く聖衣を纏って、手を差し出す貴方。
早くおいでと言わんばかりに自分へと手を伸ばす。
その手を掴もうと、必死になって走っているのに
貴方はどんどん遠ざかって行く。

もうこんな辛い想いなどしたくないのに・・・
貴方は帰ってきたのに・・・
また遠くに行ってしまうの!?


「行かないで!!――――!!!」










名前を叫んだ所でハッと目が覚める。
時計を見ると針は午前3時を指していた。
まだ夜明けまで時間がある。

サイドテーブルに置いてあるミネラルウォーターに手を伸ばすと
それを一気に喉に流し込んだ。


「ゆ・・・め・・・」


自分の隣には眠っている恋人の姿。
安心しきっているのだろう。
その寝顔はとても安らかだった。


「・・・・夢でよかった」


そう呟くと、恋人が起きないように、そっとベッドを出た。

外の空気が吸いたい。

まだ暑さが残るギリシャでも夜は少し冷える。
夜着の上からガウンを羽織ると、そっと寝室を出た。


満天のギリシャの星空。
12宮でも高い位置にあるこの場所から見える星々はとても美しい。
夜明け前という事で、星は惜しみなく輝いていた。

宝瓶宮の柱にもたれかかると、ズルズルと座り込む。
この宮の主・・・カミュと想いが通じたのは
ハーデスとの聖戦の後だった。

ようやく通じた想い。
カミュも自分と同じ気持ちでいてくれた事がとても嬉しかった。

どれだけカミュが死んでしまって悲しかったか・・・
カミュと初めて出会ったのは10年も昔。
まだまだ少女と少年
小さな恋愛感情は互いに知られる事なく
時間だけが過ぎ去っていった。


「もう・・・いなくなって欲しくないよ、カミュ・・・」










隣にあった温もりがない事に気がついてカミュは目が覚める。
いつも感じているその温かな安心感をくれる温もり。


「まるで子供だな・・・」


幼子が母親の温もりがないと眠れないのと同じ。


「ふっ、これでは氷河にあれこれ言えんな」


そう苦笑するも、この愛しい温もりを手にした今、それを手放す気もなかった。


「・・・・しかし、こんな時間にどこに?」


まだほんのり温かいその場所に手をやりながらカミュは考える。
何故か急に不安になったカミュは、手近にあったガウンを羽織ると、寝室を出た。

宝瓶宮から出ると、空を見上げて思う。


自分は甦ってきた。
愛しい恋人の元へ帰ってきた。

もう二度と・・・手放してなるものか!
私の・・・私だけの大切な愛しい人。


宝瓶宮の柱にもたれかかる様に座っている恋人を見つけると
あまり足音を立てないように近付いて行った。



・・・」

「あ・・・カミュ。」


深紅の髪を夜風になびかせるこの宮の主・・・カミュへと
視線を一瞬だけ向けるが、すぐに顔を膝の間に埋めた。

カミュは、の隣に立つと、己も柱へもたれかかる。


「こんな真夜中に心配した・・・どうか・・・したのか?」

「夢を・・・」

「ん?」

「夢を見たの・・・」

「・・・恐ろしい夢か?」

「そう・・・ね・・・カミュ、貴方がまたいなくなる夢」

「・・・・そうか」


アテナが降臨した時の12宮での闘いの時・・・
そして・・・ハーデスとの聖戦の時・・・

カミュは、視線をに向ける。
わずかに震えているの肩。

いつもは強がりで、時に我儘で・・・
誰よりも自分の事を見て話して愛してくれる人・・・
その人が今、夢とは言え、自分との別離に震えている。

カミュはの前に膝を着くと、そっとを抱きしめた。


、悲しい想いばかりさせてすまない・・・」

「カミュ」

「例え夢とは言え、私はまた貴女を悲しませてしまったのだな」

「ううん、いいの。だって今は側に居てくれているんだもん」


顔を上げたは悲しそうに微笑みを向ける。
そんなに、カミュは胸が締め付けられるような感覚になる。


「もう悲しまないでくれ。。」

「カミュ?」

「貴女が悲しむと、私も悲しい・・・胸が苦しくなる。」

「・・・カミュ、泣きそうだよ」

「そうかもしれん・・・」


そう言ったカミュの頬に、はそっとキスをした。
少し驚いた表情のカミュに、今度は優しく微笑む。


「驚いた顔してる・・・」

「ああ、まさかからキスをなどと・・・」

「思ってなかった?・・・私だって・・・キスくらい・・・」

「そうか」


カミュはフッと微笑むと、の手を取って立ち上がった。


「まだ夜明けまで時間がある。もう少し眠ろう」

「ええ、カミュ」

「もう・・・」

「ん?」

「もうが悪夢など見ないように・・・抱きしめておく」

「うん、カミュ。抱きしめていて。今日だけじゃない・・・」


明日も明後日もずっとずっと・・・
いつか本当に別れが来る日までとは小さく呟く。


「ああ、やっとこうして想いが通じたのだ・・・私はこれからもを抱いて眠ろう」

「カミュ、大好き」

「私もだ、


カミュはの額に唇を落とすと、ゆっくりと歩きだした。
寝室へ戻ると、カミュは先ほどの言葉通りを抱きしめた。
カミュの温もりを感じて、は程なくして眠りについた。

その表情は安らかで、安心しているものだった。
カミュもそんなの顔を見ると、訪れてくる睡魔に身を委ねるように瞳を閉じた。