『いいかい、。覚えておいで・・・』
『なぁに?グランマ?』
『私達一族は、古えの時代から人間達に忌み嫌われてきた。』
『人間の血を飲むから?』
『そうだよ・・・私達は吸血鬼一族・・・お前のママも・・・・
私達はずっと闇に生き続ける一族・・・・ずっと苦しみの中で生きてきた。
でも私もお前の両親もお前には幸せになってもらいたい。』
『うん・・・・』
『お前のパパは元は人間だったのは知っているね?お前のママと一緒になる為に
人間を捨てて私達の一族になった。』
『そうだったの?』
『そうだよ・・・そしてお前が産まれた。だからね、お前には人間としての心を持った
吸血鬼として生きていて欲しいのだよ。』
『グランマ?』
『お前は日の光を受けても死にはしない不思議な子。
多分、パパの力だね・・・・お前のパパもそうだった。
だから、お前はここから出なさい。』
『いやだよ!グランマ!!』
『いいえ、。お前はここにいては不幸になる。
もう一人間で食事も出来るだろう?』
『・・・・・・・・・うん』
『私はお前が本当に可愛い。だから本当はいつまでもここにいて欲しい。
だけど出来ないのだよ・・・許しておくれ・・・・』
『グランマ・・・・・・』
『人間の世界に行きなさい。お前の大切なあの人間のところへ・・・』
【Βαμπίρ〜甘き香りは・・・〜】
「・・・・・・風・・・・か・・・」
教皇の間で仕事をしていたシオンが席を立つ。
窓の外の光景を見ると、三日月に雲がかかり、少し湿った強めの風が吹いている。
「まるであの時のようだ。」
そう言って、シオンは目を閉じる。
思い出すのは200年程昔の事。
聖戦後、地上の復興に、聖域の統率にと動いていたシオンは、
ある人間物に出逢った。
『何者だ?』
『私は。・・・見ての通り、【普通】ではないわ』
そう言って妖艶に微笑む。
白銀の髪を夜風に靡かせ、真っ赤な瞳でシオンを見つめる。
『・・・っ!!!』
『貴方、すごくいい香りがする。』
『何!?』
シオンは一歩下がった。
自分は別に香水などつけてはいないし、
たった今、アテナに仇成すものを殺してきたばかりだった。
早く身を清めたいと思っているのに、この娘はいい香りがすると言っている。
『人間、殺してきたんだ?』
その言葉にシオンの身体は無意識に動いた。
光速とも思えるスピードで、の首を掴む・・・はずだった。
『なっ!!』
『危ないな〜いきなり。』
シオンはまさかと思った。
自分のスピードについて来れるのは童虎以外もういないはず。
なのに、今、シオンの腕は空を切り、掴むモノを失っていた。
『お前、本当に何者だ?』
驚きと悔しさ、それから興味という思いがその言葉をシオンに言わせる。
はくすくすと笑って微笑んでいた。
そして次の瞬間にはシオンの後ろにすっと現れる。
『っ!!!』
『私、吸血鬼の。』
己の首筋にちくりと痛みが走る。
同時にその部分がひどく熱い。
シオンはぐっと首に齧り付くの腕を握った。
『きゃっ!!!』
あまりの痛さにが首から離れる。
シオンはの腕を握ったままどんと地面に押し付けた。
『ごちそうさま♪・・・・・でも・・腕、痛い』
『吸血鬼か、なるほど。月夜でなくばその顔色はわからんな・・・
いい香りとは血の香りか。』
『そう。・・・・私、貴方を見てたから貴方に逢いに来たの。』
『何?』
『知らなかったでしょ?貴方が生まれた日も貴方がここに来た日も、
仲間が死んで悲しむ貴方もずっと見てたのよ?だって・・・私貴方に惹かれてるもの。』
『何を言っている・・・・』
『私達は闇に生きることを運命付けられた種族。
でも興味があることは何でもしたいじゃない?
だから私は昔、外に出て世界を見て廻っていたのよ。
そうして、偶然、貴方が生まれる場所を見てしまった。
その時よ、人間はこうして生まれるのかって思って。
私達よりはるかに短い命しか持たない人間が、
こうして力強く声を上げ産まれる。
私達にはない何かを持っているんじゃないかって。
それからずっと貴方を見てきた。』
そう言っては微笑む。
自然とシオンの力は緩んでいた。
『貴方、本当は泣きたいんでしょ?』
『何を言っているのだ。私は・・・』
『貴方、今、教皇とかいう職についているんでしょ?
みんなをまとめたり護ったり・・・忙しいね。
仲間を弔う時間もない。・・・溜め込むのよくないってグランマが言ってた。
特に人間の時間は短いからってね。私達一族は人間に優しいのよ?
血だって少ししか採らないし、元々人間だった者もいる一族だから。』
は起き上がってシオンを見る。
シオンはすっと近くの木の根元に腰を下ろした。
『ねぇ、シオン。』
シオンの背に凭れるように腰掛ける。
『貴方だけが我慢することってないと思うよ。
仲間の為に涙を流すのは悪いことじゃないし・・・
辛かったら泣いた方がいい。』
『・・・・・・・・・・・・不思議だな』
『えっ?』
『お前とこうして話をするのは初めてなのに・・・・
母と一緒にいるようだ。』
『くすくすくすくす・・・小さい頃から知っているからね』
『いや・・・の言う言葉一つ一つが胸に染みる。』
『あら、嬉しい。』
『・・・・・・私は泣いてもいいのか?』
そう言うシオンの瞳からは一筋の涙が流れていた。
『いいんだよ。』
その瞬間、シオンの肩が震える。
はくるっとシオンの正面に行き、そっとシオンを抱きしめた。
その胸に顔を埋め、背に腕を回しシオンは泣いた。
はその震える肩を優しく抱きしめ続けた。
『すまなかった・・・』
『すっきりしたでしょ?表情いいね。』
しばらくして、シオンが少し気まずそうに顔を上げた。
はにこっと微笑み、またシオンの背に自分の背を預ける。
『・・・・・・シオン、貴方が好きよ。』
『・・・・・・』
『貴方にとっては初対面だったとは思うけど・・・ね。』
白ける空をじっとシオンは無言のまま見つめる。
不意に背が軽くなり、はっとしてシオンは振り返った。
『?』
振り返った先にはもう誰もいなかった。
【もう時間。また逢いましょう?もし貴方が私を忘れていなかったら。】
シオンはゆっくりと瞳を開けると窓を閉め、自分の席に戻ろうとした。
「誰だ!?」
振り返ったシオンの視線の先、
自分のデスクの横に背を向けて立つ者の姿。
「・・・・・・・・・シオン?」
くるりと振り返るその姿にシオンは動きを止めた。
白銀の長髪に燃えるような紅い瞳。
肌は青白く、唇はまるで血の色をしている。
「・・・・・・まさか・・・・・・」
「ここは凄くいい香りがするから来たの。」
「・・・・・・?」
「覚えててくれたの?嬉しい!」
そう言って二コリを微笑み、シオンに近付く。
シオンはそのまま腕を伸ばし、を抱きとめた。
「200年振りか・・・・」
「そうだね、すっかりおじいちゃんと思っていたのに・・・私より若くなってる。」
「色々あったからな・・・・」
「そうね・・・・」
そのままシオンはの唇にキスをした。
「あら・・・・」
「あれからずっと・・・忘れられなかったのだ。
あの一瞬の事が・・・の言葉、の背の温もり・・・」
「シオン?」
「私は・・・あの時の言葉に救われた。泣いてもいいと・・・時には肩の力を抜いてもいいと・・・」
「そうよ?人間はね・・・・」
命短い生き物だから。
そう言って苦笑した。
「でもまさか貴方がこんなに長生きとは思わなかった。」
「一度死んだからな」
「あらあら、実はシオンって私達と同じだったり?」
「いや・・・違う。・・・・だがこれから先、が傍にいてくれるならそれも悪くはなかろう?」
そう言って微笑むシオンに、も微笑む。
そしてその首に腕を回し、今度はから顔を近付けた。
「シオンがずっと好きよ?」
「私は・・・を愛している」
くすくすと互いの額を当てて笑う。
「でも私は血がないと生きていけないよ?」
するとシオンはすっとの身体を抱きかかえる。
「私のを飲めばいい。これから先は・・・」
「シオンって結構美味しい血持ってるから大好き♪」
「・・・血が目当てか?」
シオンの言葉には妖艶に微笑み、そして耳元で囁く。
その言葉にシオンは微笑むと、ゆっくりと寝室の扉を開けた。
【血もだけど・・・私はシオンという人間が好き。
シオンという人間の生き様を私だけが見て生きたいの。】