私がまだ幼い頃・・・・
お伽話のように聞かされていた事がある。
人間を護る女神の話
その女神を護る戦士の話
私には何故、人間を護る女神がいるのか分からなかった
人間は私達の食事
その血液は甘く、私達が唯一取れる食事・・・
人間を護る女神などいては私達は死んでしまう・・・
そう思っていた
実際、私以外もう誰も存在しない純血・・・・
それ故に私は吸血鬼の長・・・
だからずっと私は女神とその戦士を憎んでいた・・・
そう・・・あの日までは・・・・・
「不可解な事件?」
深夜、磨羯宮でシュラとカミュが話をしている。
その内容は最近、聖域周辺で起こっている不可解な事件についてだった。
「ああ、何でも首に傷跡があってそいつらは夢遊病のようになるらしいんだが・・・」
「夢遊病?」
「何に対しても気力がないと言うか・・・」
「・・・・・・アテナには?」
「お知らせした。」
「そうか・・・で?」
「古い種族の仕業だろうと・・・まぁ、その種族も今は殆どが混血らしいが・・・」
「古い種族?」
「今、その純血の長がここに来ている。」
そう言うとシュラはカミュの空になったグラスに琥珀色のブランデーを注いだ。
「・・・・・・アテナに危険はないのか?」
カミュはグラスを手に取りゆっくりと飲むとシュラに尋ねた。
「ああ、正式な話し合いとして客人扱いでここに来ているらしい。
正規の手続きをしているんだ、こんなとこで変な真似はすまい。」
シュラはグラスの中を一気に飲み干すとくくくっと笑った。
「それにお前がアテナ護衛の番だ。」
「?護衛はお前ではないのか?」
自分の予定では日付が変わってからだがと頭で考えて言うカミュに
シュラはまたニヒルに笑いながら答えた。
「相手と会談の時間が夕刻からだ。・・・日が沈んでからな・・・」
「では、完全に日も沈みましたし・・・・始めましょうか?」
「・・・・・・・・・・・・・・ああ」
アテナ神殿の最奥にある客間。
一番奥にはアテナが腰掛けていた。
そしてその対面に座る女性が黙って頷く。
肩より少し長めの黒髪。
陶器の様な肌に真紅の唇。
そして宵を思わせるような紫色の瞳。
漆黒のドレスを纏った彼女が、カミュを見た。
「さて・・・今回の事件の件ですが・・・」
「・・・・貴女方は私の仕業だと思っておられるのだろう?」
その真紅の唇からは冷たく低い声がこぼれる。
その声にカミュは背筋に冷たいものが走った。
「・・・・・」
「隠さなくてもいい、私は別に争いに来たわけでもない。
ただ貴女が求めているのは真実ではないかとな・・・
だから何も遠慮する事などいらない・・・・・・・。
私は永い永い間生きてきた。
その辺りにいる短き命の者の言う事に
一々反応していれば身が持たぬ・・・・・・・。」
そう言ってくくっと喉を鳴らした。
「では遠慮なく言いましょう・・・・・・・・・そうです。
私が記憶している中でこのような事が出来るのは
貴女方しかいないと思っています。」
「・・・・今、その被害に遭った者は?」
「・・・・・・・私が所有する病院にいます」
「ならばこれを飲ませるがいい」
そう言うと彼女は自身の手首に口を近付ける。
ポタ・・・・ポタポタ・・・・
紅い液が彼女の目の前の空のグラスに溜まっていく・・・
それは彼女の血液だった。
「!?」
「その者は我らが一族に連なる者の犠牲になったのだろう・・・
ならば、この私の血を飲ませればいい。
我々にとって同族の血は最強の毒。
しかし、今、純血と言われるのは私を含め長老達のみ。
だから彼らの中の人間の血だけを残すにはこれしかない・・・
まあ・・・数時間は痙攣など起こすと思うが・・・毒が抜ければ
ただの人間に戻るだろう。」
まるでワインのようにゆらゆらと揺れる血液を見ながら
彼女はアテナに話す。
「・・・・・・・分かりました。貴女の言葉を信じましょう。」
「話の分かる女神でよかった。・・・・では私はこれで失礼する」
そう言うと彼女は自分の手首をすっと撫でた。
それだけで彼女の手から傷は消え去っていた。
立ち上がり、アテナに軽く一礼するとその場を去ろうとした・・・が。
「お待ちください・・・・カミュ」
「は・・・」
「彼女に聖域を案内して差し上げてください。」
「・・・・は・・・・」
「ですが朝日が昇るまでです。」
そう告げると女神はグラスを大事そうに持ち、
彼女に深く一礼すると奥の間へ下がった。
残された彼女とカミュは暫く黙っていた。
「お前は?」
「・・・水瓶座の黄金聖闘士、カミュ」
「そうか・・・」
先に口にした彼女の質問に淡々と答える。
「客人殿、貴女のお名前をお聞きしていない」
「ああ、そうだったな・・・私の名は『Βασλίσσα 』
みな黄昏の女王と呼ぶ。」
「黄昏の女王・・・・」
「私に近しい者達は、と呼んでいた・・・」
「それが貴女の名前か?」
「・・・・・・・そうだ」
夜の漆黒を身に纏うような静かな雰囲気に
カミュはただじっとを見た。
そして「失礼します」と言いながらの手を
取るとアテナ神殿を後にした。
しばらくの間、聖域を散策した後、
二人は聖域の奥にあるアテナの花園へとやってきた。
「カミュ、私はお前達がうらやましい」
「?」
ふいにが口にする。
「人はその命を全うしようと懸命に走る。我々にはない考え方だ。」
「・・・・・・・・・・・・」
「我々には永遠の時間がある。
人間はそれを羨むが・・・私にはまるで拷問のように感じる」
短い命だからこそ、人はその命にも代えて護るものがあるのだろうと
は寂しげに微笑んだ。
その姿を見て、思わずカミュは足を止めて空を見上げる。
「・・・短い命か・・・確かに我々に取って限りあるものだな・・・」
「私は何百年という時を過ごしてきた。初めての百年はただ人の生き血を求め、
次の百年はただ人を観察し、そしてその次の百年から今までは・・・」
「今までは?」
そこまで言うとはふわりと深い海色のショールを風になびかせながら
目の前にあった樹木の枝へと舞い上がった。
カミュはその行動に一瞬驚くも、フッと口元を緩ませて自らも飛び上がった。
「・・・・・・無限の力を探している」
「無限の力?」
「数百年間、人間を見ていて思った。他人の為に死ぬ事を恐れない。
何故、そんな事が出来るのかと・・・・どこにそれを成せる力があるのか・・・」
うっすらと空が明るくなってきた。
その光景を見ながらは木から舞い降りる。
「人を想う力とは無限の力そのものなのだろうな・・・」
「・・・・・・・・・」
「カミュ・・・またお前と話をしたいものだ」
「私と?」
「ああ、日が昇れば私は眠りに着く。アテナには話をしておこう・・・
お前にその気があるのならばの話だが・・・」
「私でよければ・・・」
そう言って微笑むカミュにもフッと笑った。
「貴女が求める無限の力・・・どうも私は身につけたかもしれない・・・」
「?」
「恐らく、貴女の言う力はアテナが最も重んじる想いの事だろうかなら・・・」
そう言うとカミュはの手を引き、その場を後にした。
そっと耳元で一言を呟きながら・・・
「それはきっと・・・相手を愛する事だろう・・・・」