くるくる・・・くるくる・・・
舞い踊るは黒い羽の天使・・・
その指先から紡がれる音色は・・・
どこまでも澄んで深い自愛の音・・・
「また来たのですか?」
「・・・・・・悪いか?」
「ここは貴方のような方の来る場所ではないと言ったでしょう。」
「それはお前の判断であって、俺の判断ではない。」
「・・・・・仮にも貴方は双子座の聖闘士・・・そのような方が来る場所ではありません。」
「そうだな、確かに俺は『仮』だからな。別に来ても構わないだろう」
そう言ってニヒルな笑みを浮かべながら近くの岩に座る藍色の長髪の男。
服装はラフな格好で、所々破れている。
無造作に髪を掻き揚げるしぐさはどこか色気すら感じられた。
「・・・貴方はどうしてここに来るのですか?カノン。」
閉じられた眼をゆっくりと開きながらカノンを見つめる女。
年はカノンと同じくらいだろうか・・・。
漆黒の髪と黒曜石のような瞳、そして色白の肌、
赤い唇とその容姿の全てがカノンの目を奪う。
「理由か・・・そうだな・・・ここは気持ちが安らぐ。」
「・・・・そんなに聖域とやらは貴方にとって酷な場所なのですか?」
「そうだな・・・兄や他の聖闘士を見ていると罪悪感に支配される。」
「・・・・・」
ゆっくりと俯くカノンに女・・・はすっと立ち上がる。
「・・・・・貴方の罪、海界での事ですか・・・」
「・・・・・・・」
「今更何を思うのです?」
は目の前の格子越しにカノンを見つめる。
「・・・・・・・・何も・・・いや、恐れているのかもしれない。」
「?」
「全てを包み込み、受け入れてくれたアテナ・・・聖域にまた拒絶される事を・・・」
「だからと言って私には何も出来ませんよ?私はただここで静かに祈るだけです。」
「・・・・・巫女としてか?」
「いいえ、私は死者を導くだけ・・・代々続く『導き手』として。
死者を向かえ、その魂が安らかに冥界へと逝ける様ただ音色を紡ぐだけ・・・」
そう言ってすっと手を差し出す。
の手に小宇宙が集中されたと思うと、そこには小さな竪琴が現れる。
ゆっくりと弦を揺らすと、幻想的な曲が流れる。
「私は死の導き手。清らかな魂も穢れた魂も関係なく、
ただ死者に一時の安らぎを与え、冥界へと誘い祈り続けるだけ。」
ゆっくりと紡がれる音色にカノンは瞳を閉じる。
どこか懐かしさを思わせるようなその音色はカノンとのいる洞窟に響き渡る。
「、お前はここから出たいと思わないのか?」
「そうですね・・・いつか出て、世界をこの目で見てみたいと思います。
生まれた時から定められた『導き手』としての運命。
私はそれを難なく受け入れる事が出来ました。
それは私が生まれる前の記憶を持っていたから・・・
いいえ、違いますね。私は物心ついた時から、この場所にいました。
ですから私にとってこの場所、この空間こそが世界なのかもしれません。」
「・・・・・・・こんな窮屈な場所、それがお前の世界の全てなのか?」
カノンの言葉に珍しく微笑する。
そしてそのまま格子を開くとカノンの傍に歩み寄った。
「そうです。ここが私の世界。私だけの世界なのです。
なのに、貴方はその世界に入り込んでしまった。」
「・・・・・・・・」
「私と死者だけの世界だったのに・・・貴方と言う光が入り込んでしまった。
だから私は今までにない欲が出ました。」
「欲?」
「そうです。貴方を拒絶する言葉を言いながらも、貴方を受け入れたいという欲が。
貴方をもっと知り、私が知らない世界をもっと知りたいと・・・」
目の前にまで近寄ったをカノンはその腕で抱きしめた。
カランと音を立てて、の竪琴が地に落ちる。
「お前を連れ出してやりたい、」
「・・・・・それは・・・・・・」
「無理なのは分かっている。お前の音色のおかげで、
地上の死者達が何事もなく冥界にいけるのだからな。
だが、それでも俺はお前に世界を見せてやりたい。俺が過ごしている世界をな。」
「カノン・・・・貴方は優しいのですね。」
「俺が優しい?」
「そうです。・・・ああ、そう言う事なのですね。」
一人納得した様子のに怪訝そうな表情を浮かべるカノン。
は両手でカノンの頬に触れるとくすくすと笑い出した。
「貴方はその優しさ故に、恐れているのですね。聖域から拒絶されるのを・・・
アテナから見放されるのを・・・
そして・・・その岩陰に隠れていらっしゃるお兄様に忌み嫌われるのを・・・」
その言葉にカノンは振り返る。
気付かなかった・・・
完全に気配も小宇宙も絶ったサガがそこにいた。
サガは苦笑しつつも二人の下へと歩み寄る。
「サガ・・・」
「お前が最近よく聖域からいなくなるからアテナが心配していらっしゃった。
私も同感だったしな・・・・だから悪いと思ったが後をつけさせて貰った。」
サガの言葉にカノンは眉間に皺を寄せる。
はすっとカノンから離れるとサガの元に歩み寄る。
「貴方がサガ?」
「そうだ、初めてお目にかかるな・・・・」
「貴方もカノンと同じですね。優しさ故に恐れている。」
「・・・・・・・・・・・・・」
「でも貴方でもカノンに敵わない物があります。」
「・・・・・・・・・・・」
「カノンはいつも心の底で貴方をうらやましがっているけれど・・・
それは貴方も同じなのですね。」
はサガの手を取ると、カノンの元へと歩む。
そして二人の手を握らせた。
その行動にサガもカノンも驚き、手を離そうとするが、
二人が握っている手の上にあるの手は思いのほか力強く、
仮にも黄金聖闘士の二人でさえ離す事は出来なかった。
「貴方達は二人で一人。そして一人で二人なのですね。
お互いがお互いを支えあっていかなければならないのです。
それが双子座の運命・・・何故双子座だけが双子なのか・・・・
それは星座の由来だけではないのです。」
「「・・・・・・・・・・」」
「お互いが欠けているものを補う為・・・二人で聖域を守るため・・・・
そして二人で世界を導くため・・・・」
は優しく微笑むと、二人の手の甲にそっと口付けた。
「私は貴方達が地上と愛する人達を護る限り、
貴方達の為だけに、貴方達が護る世界の為に歌を紡ぎましょう。」
そう優しく告げるとすっと身を翻した。
行く先には格子・・・・そしてその奥に扉が現れた。
「「!?」」
「あれは【紡ぎの扉】・・・導き手がその存在する時間を次世代へ紡ぐ時に現れる門・・・
無限に広がる次元の中から選ばれた者が姿を現す・・・」
「次世代・・・」
サガの言葉には黙って頷く。
そして自分が座っていた座席を見る。
そこにはまだ6つほどの少女がと同じ竪琴を持ちちょこんと座っていた。
「時が来ました、お母様・・・」
「・・・そのようですね。」
「「母親?」」
サガとカノンの声が重なる。
その姿にはふっと笑い、二人を見て口を開く。
「新たな導き手にとって、先代の導き手は母も同然なのです。
私の前の者は17歳でしたが・・・」
「・・・・・導き手の交代とは・・・・」
「力を失った時・・・その使命を己が拒んだ時・・・それから・・・誰かの為だけに生きたいと願った時・・・」
「誰かの・・・為・・・・」
サガの言葉に軽く頷く。
はまだ幼い導き手に向かって何かを告げる。
その子は優しく微笑むとそっと目を閉じ、その手に握った竪琴を鳴らす。
「・・・・さようなら、お母様。その方達と安らかで平穏な生活が出来ますよう・・・お祈り致します」
「ありがとう・・・これから先の事は頼みます。時満ちるまで・・・貴女が何の憂いもなく祈りが続けられるよう・・・」
そう言うとはくるりと踵を返してサガとカノンの方へと向かって歩き出した。
「これからは死者の為ではなく、貴方方二人の為だけに歌いましょう・・・
サガ・・・貴方が二度と悪夢に悩まされないように・・・
カノン・・・貴方が二度と光を見失わないように・・・
二人が共に歩んでいけるように・・・」
その言葉にサガとカノンはそっとの頬に口付けをした。
「では私は、貴女とアテナと世界を護っていこう・・・」
「俺はが悲しまないよう、サガと共に世界を護ろう・・・」
「お二人に永遠の安らぎがあらん事を・・・・」
そう言うとゆっくりと二人の手を握って歩き出した。
今まで見たことがない、地上の光の下へ・・・・