聖戦が終わりを告げて1年
今では冥界とも海界とも友好関係を気付いた聖域。
ある一人の女性がアテナの元へと訪ねてやってきた。
若草色の長い髪を暑いギリシャの風に優雅になびかせ
凛とした空気を纏った女性だった。
眼前に広がる壮大な聖域の前で、女はフードを深く被り歩みを進めた。
「貴女がさん?」
「はい、貴女がアテナ?」
「そうです。」
アテナ神殿の謁見の間で、アテナの前にすっと立ちながら
と呼ばれた女性は、被っていたフードをするりと取った。
アテナの隣にいたシオンは己の目を疑い、そして固まった。
「ま、まさか・・・」
「どうしたのです?シオン」
「い、いえ・・・似た人物を昔知っているので・・・」
「?」
「と言ったか。私の名は・・・」
「シオン・・・アリエスのシオンですね?」
「!!何故、それを・・・」
「ああ、本当に。貴方に会えるなんて夢のようね。」
「あ、あの、さん?貴女は一体・・・」
呆気に取られているアテナとシオンに、はニッコリと頬笑みながら答える。
「私は前聖戦、先代水瓶座の黄金聖闘士、デジェルの姉・・・海魔女のです。」
所変わって教皇宮。
今、シオンに呼ばれたサガ、カノン、カミュの3人がその場に居合わせている。
正確に言うと、カノンは元々サガに海界の資料を届けに来ていたのだったが・・・
「で、貴女は243年前にいた先代の姉上だというのか?」
「そうです、カミュ。」
「・・・・・・・しかし、俄に信じられん。」
「そうか?サガよ、弟が水瓶座という事は使えるのではないのか?そうだろ?シオン。」
「デジェルはカミュと同じ凍気を扱う聖闘士。恐らく眠らせていたのではないのか?」
「そうです。」
少し伏せ目がちに、は目の前に出された紅茶を見た。
「あの子は・・・デジェルはブルーグラードで闘いがあった時に、私を氷の棺に眠らせたのです。」
「何故?」
「あの時、ブルーグラードであった海王ポセイドンの暴走・・・その場に私が居合わせていたからです。」
「何だって!?」
「詳しくはシオンから聞けばよいと思うのですが・・・」
当時の海龍がブルーグラードの領主の息子ユニティだったという事。
そしてユニティと弟デジェルが友であった事。
自分は領主の姉セラフィナに仕えていたが、そのセラフィナの死により弟が暴走した事。
その時、拒否する事も出来ないまま海魔女になってしまった事。
聖戦に必要な海皇の小宇宙を内包したオリハルコンを取りに来たデジェルだったが
侵入してきた当時のパンドラと冥闘士のせいでポセイドンが暴走した事。
それを止める為に死んでしまったデジェルの事。
その場でデジェルへ力を貸していた自分を助ける為に、眠らされていた事。
今回の聖戦の時に感じたアテナの小宇宙によって何故か氷が溶けて甦った事。
「そんな事があったのか・・・」
「まさか現代に海龍がいたとは思わなかったのですが・・・」
「・・・・・・・・」
その言葉にカノンは目を伏せる。
自分の犯した罪を思い出したのだろう。
サガは何も言わずに黙ったままだった。
シオンはデジェルと同じ姿のに懐かしさを覚える。
「・・・・取り合えず、今日はゆっくり休んだ方がいい。カミュ、先代の話も聞きたいだろうが・・・」
「私は構いません。」
「では、後ほど夕食を持たせよう。」
「ありがとう、シオン。・・・あ、カノンと言いましたか?」
「ああ。」
「少しお話をしたいのですが・・・シオン、よろしいですか?」
「俺は構わないが・・・」
ちらりとシオンを見るカノン。
シオンは好きにしろと言いながら席を立った。
サガやカミュもまだ執務が残っているから失礼すると言ってその場を去っていった。
3人が部屋から出て行ったあとに、カノンはすっと席を立つと窓辺にたった。
その外を見る目にはふっと笑った。
「貴方は双子座の弟なのね?でも・・・なんて綺麗な海の目をしているのかしら?」
「俺の目が・・・綺麗?」
「ええ、まるで海をそのまま移したかのように・・・その目はきっと嵐の荒れる海にも穏やかな海にも変わるのね。」
そう言ってふふっと笑って見せる。
その笑顔がとても美しくて、カノンの鼓動は少し高まった。
今まで女などいくらも見てきたというのに、はどこか自分を全て理解してくれているかのように
カノンを見ている気がしてならなかったからだった。
「お前の目も綺麗だな。・・・さすが海魔女と言ったところか?」
「光栄ね。・・・ならばついでに聴いていくかしら?」
「何をだ?」
「海魔女の唄声を」
そう言うと、すっとフルートを持ち出した。
思わず、眉間にしわをよせるカノンに、は柔らかく頬笑みなが答えた。
「大丈夫、ただ吹くだけだから。」
その口をフルートへ近づき、音を奏で始める。
その音はどこまでも澄み渡り、聖域中に風に乗せて音楽を届けた。
優しい音色に、目を閉じながら聴き惚れていたカノンだったが
ふとを見ると、その目はしっかりとカノンを見ていた。
「カノン、貴方は私をどう思いますか?」
「どう・・・とは?」
「過去の産物だと・・・そう思いますか?生きているべき者ではないと」
「先代の水瓶座があんたを眠らせたのは、生きていて欲しかったからだろう?」
「そうね、優しい子だったから」
「ならそれでいいんじゃないのか?」
「・・・貴方も優しいのね」
そう言ってカノンの手をとった。
ひんやりと冷たい手に、カノンは自分の熱が少し下がっていくのを感じた。
カノンはの手をしっかりと握ると、すっと自分の口元へと誘う。
軽くその手に口付けをすると、照れているのかから顔を背けた。
「・・・俺はあんたを見た時から目が離せなかった」
「現代の海龍は積極的なのね」
「・・・茶化すな・・・」
「・・・・・・・・・」
「なぁ、俺と一緒に生きないか?」
「カノン、貴方、今、とても寂しい冬の海の瞳よ」
「そう・・・かもな」
「貴方も・・・辛い過去を持っているのね」
「・・・ああ」
かつて神をもたぶらかした男。
ポセイドンを騙し、アテナを殺し、地上も海界も我が手にしようとした。
だが、改心し、アテナの慈悲で冥界との聖戦では双子座として戦った。
今では海界と聖域を繋ぐ重要な役割を得ている。
アテナの聖闘士としても、海界の海龍としても・・・
「私と貴方、何か似ているのかしら?」
分かっていたのに抵抗出来なかった。
友とは言え、ユニティの事を止められなかった。
地上全てを洗い流す手伝いをしてしまった。
でも弟の手によって生きる機会を与えられた。
「俺もあんたも・・・それにサガやシオンだって罪を持ってる。人間ってそんなもんだ。」
「そうね・・・カノン、貴方とはもっと深く知り合いたい・・・そう思うのはいいのかしら?」
そう言うに、カノンは子供のような笑みを浮かべて答えた。
「もちろんだ。。」
「あら、冬と思ったら、もう初夏の海ね、カノン。」