目の前に広がる光景に愕然のするのは、
自分だけではない。

『血の海』

その言葉が相応しかった。
その場で茫然と立ちすくむのは一人の少女。
その少女は、漆黒の鎧に身を纏っていた。


「・・・・・・・・・血・・・」


自分の身体についた赤い液体を手に取る。
それは少女の身体から流れたものではなく、
少女の周りにあるものの返り血。

「・・・・・・おやすみなさい。アテナの聖闘士達・・・」

冷笑を浮かべ、踵を返す。

「・・・・・・誰?」

少女が見据えるのは、黄金に輝く聖衣を纏う者。
彼は真っ直ぐに少女を見た。

「誰だと聞いているんだけど・・・」

少女はすっと手を地面に触れさせた。
すると、そこは次第に緑が溢れていく。
その緑の中、少女はニコリと微笑んだ。

「私は。」

そう言って目の前の男を見つめる。

「・・・・・・・・・私はシオンだ・・・」

シオン・・・その姿は優雅そのもの。
その身に纏う牡羊座の聖衣は、
彼の存在を更に優雅なものにしていた。





「そなたが・・・殺したのか?」

「・・・そうよ・・・」

はそういうと微笑む。

どうしてそんな笑みが出せるのか、シオンには信じられなかった。
自分の仲間の聖闘士が殺されたからではない。
の笑みは、どこか深い慈愛に満ちたものだった。

そう、シオンが護るアテナと同様の・・・


「どうして笑えるのだ・・・」

「?」

「何故、人を殺しておいて笑えるのだ!!!」

シオンは目にも留まらぬ速さでの首を掴む。

「・・・・・・人は遅かれ早かれ死んでしまうものなのに?」

「何を!それでも人は生きる権利がある!」

「・・・・・・いいわね・・・人は・・・」

「何を・・・そなたも人であろう!!」

は、自分の首を掴むシオンの手をそっと掴む。

「!?」

「かつては・・・・・・人だった・・・」

「な・・・にを・・・」

「私はかつて人だった。それを・・・私を人で無くしたのも・・・人だ・・・」




はかつて平凡な人間の女性であった。
しかし、長い間行われた戦争で、ついに彼女は命を落とした。
だが、その時。
冥王ハーデスによって命を吹き込まれた。
人としてではなく・・・108の魔星を司る者してでもなく・・・
ただ、ハーデスの思いのまま動く闘士として・・・


「だからね・・・私は人ではないし、人の権利なんか関係ないの・・・」

「くっ・・・」

シオンの左手に激痛が走る。
が触れた手から血が流れた。

「私の役目はハーデス様の嫌いなアテナの聖闘士を冥界へ送ること・・・」

「・・・・・・」

「そして・・・アテナの聖闘士である貴方を殺すこと・・・」

その瞬間、シオンは後ろに飛躍した。
の手から強大な小宇宙が放たれる。
それを避けると、シオンはに向かって叫ぶ。

「例えどんなことがあろうと、私は人を!アテナを護り抜く!!!」

そして小宇宙を高める。


「スターダストレボリューション!!!!!」




その瞬間、はふっと笑った気がした。

『あ・り・が・と・う・ア・テ・ナ・の・セ・イ・ン・ト』

確かにの唇はそうシオンに告げた。








そして、今、自分はハーデスの軍門に成り下がっていた。

・・・私はあの時の・・・言葉の意味がようやく分かった』

ふと思う。
あの時、は助けて欲しかったのだと。
逃れられない運命ならばと、
素直に受け入れた。
しかし、本当は人として生きていたかった。
人として、普通に生活していたかったのだと・・・


「アテナの首を取る・・・」


シオンはそう呟き、聖域の12宮へと向かった。


逃れられない運命でも・・・
それが、世界を・・・
未来を救う為なら・・・

そして・・・

この慟哭を救ってくれる・・・
かけがえのない・・・
私の後輩達のもとへ・・・