磨羯宮・・・
ここには今日も夜遅くまで明かりが灯っている。
それは、この宮の主が灯しているわけではなかった。
「・・・シュラ、まだかな・・・」
一人ソファでくつろぐ人影。
淡い栗色の髪、それに映える深い海色の瞳。
彼女の名は。
磨羯宮の主、シュラの恋人である。
「・・・ん・・・眠・・・」
そう言ってはソファに横になる。
毎晩、帰りの遅いシュラ。
職務で忙しい時期はいつもこうである。
そんなシュラをは決して攻めない。
仕方のない事だと理解しているから。
でも・・・本当は・・・
「もう少し、一緒にいたい・・・な・・・」
そう呟き、は何か思い出したかのように静かに寝室へ向かった。
そこはシュラの匂いがある場所。
は、そのままベッドに横になる。
「・・・シュラ・・・」
「おい、シュラ。・・・まだ帰らないのか?」
教皇の間で、サガがふと顔を上げシュラに話しかけた。
「ああ、まだこの書類の見直しが終らないのでな・・・」
そう言って、コーヒーを一口飲んだ。
「ここのところ、随分忙しかったからな。たまには早く帰るがいい。」
「だが、サガ。この量だ、お前一人にさせるわけにはいかないだろう。」
いつも手伝ってくれるミロやアフロディーテは、任務で聖域を離れている。
カミュもシベリアで修行している。
今までの報告書など、たくさんの書類が執務室に溢れている状態だった。
「私の事は心配ない。何かあればカノンを呼べばいい。」
「・・・・・・・・・」
「が待っているのだろう?」
「・・・ああ。」
「ならば少しでも早く帰ればいいものを。」
「も分かっている。だから俺には文句の一つも言わない。」
シュラは書類から目を離さずにサガに答える。
サガはふぅっと一つため息をつくと席を立った。
「・・・・・・あのな、昨日に相談されたのだ。」
その言葉にシュラは書類から目を離しサガを見た。
『サガ様、ちょっといいですか?』
『ああ、か。どうしたのだ?』
がサガを訪ねてくる事は珍しい。
少し驚きはしたが、近くの椅子に座らせた。
『何か飲むか?』
『あ・・・では紅茶を・・・』
『分かった・・・しばらく待っていてくれ。』
しばらくして、サガがティーカップを持っての前に来た。
『どうしたというのだ?がここに来るのは珍しい・・・』
『実は・・・相談したい事があって・・・』
サガは何故自分に相談など・・・と思った。
『私でいいのか?シュラではなく・・・』
『シュラの事で相談なんです。』
その言葉に納得し、サガはの話を聞く事にした。
普段は優しいシュラ。
そんなシュラをは心から愛していると。
だが、最近シュラの帰りが遅い。
それは職務だからと分かっている。
大切な仕事だからと理解もしている。
なのに、淋しくて仕方ない。
こんな事を言えば、シュラは困るだろう。
自分が物分りの良くない女とは思われたくないと。
『だから、この気持ちを抑えてるんですけど・・・』
『どうしても、耐えられない時がある・・・か?』
『・・・・・・はい。』
そう答えたをまじまじと見るサガ。
『ど・・・どうしました?』
『、最近寝ていないだろう。』
『えっ?』
『目の下・・・凄い事になってるぞ。』
そう言って、近くにある鏡をに手渡す。
そこには、目の下にクマを作った何とも情けない姿。
『あ・・・』
『よくシュラも気付かぬものだな・・・』
『・・・・・・化粧で誤魔化してました・・・』
『だろうな・・・』
そう言って苦笑するサガ。
は鏡をサガに返すと席を立った。
『・・・どうした?』
『何だか気持ちがすっきりしましたから。聞いて下さってありがとうございました。』
そう言って微笑む。
サガはその笑みに答えるように笑う。
『何かあればまた来るがいい。聞いてやる事しか出来ぬが・・・』
『はい、サガ様。あ・・・』
『どうした?』
『寝てないって・・・内緒ですからね。心配かけたくないから・・・』
『分かった・・・約束しよう。』
「・・・・・・・・・・・・」
「と、いう訳だ。」
サガは話終えるとまた自分の席に戻った。
その手には、シュラの机の上の書類がある。
「たまには早く帰ってやれ。」
「・・・・・・ああ、ありがとう。サガ・・・」
シュラはサガに礼を言うと、急いで自宮に戻った。
磨羯宮に灯る明かりを見て、シュラは少し心が痛む。
そう言えば、いつもこうして待っていてくれる。
「・・・・・・?」
宮の中は静かだった。
一瞬不審に思ったが、すぐに寝室から小宇宙を感じた。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
シュラは自分のベッドで寝息を立てるを見つけた。
その姿を見て、先ほどの胸の痛みは増す。
いつもはどんな事があっても笑顔で迎えてくれる。
そのが、やつれている。
気付かなかった。
本当に、殆ど寝ていなかったのだな・・・
「・・・・・・すまない。」
そう一言呟き、の頬にそっとキスをする。
「・・・・・・ん・・・シュ・・・ラ・・・?」
ゆっくりの瞳が開かれる。
シュラは苦笑しながら、の頬に手を添えた。
「ああ、ただいま。。」
「あっ!ごめんなさい!!私、寝ちゃって・・・・・・!!!」
「いい、俺が悪かった。」
急に力強く抱き締められ、謝罪の言葉が聞こえる。
「何で?・・・どうしたの?シュラ・・・」
「俺は、お前を悲しませていたのか・・・」
「・・・・・・!」
「・・・サガに聞いた。」
「・・・・・・そっか・・・」
「・・・」
「ん?」
「俺はお前に淋しい想いをさせていた・・・本当に・・・すまなかった。」
そんなシュラには優しく微笑みながら首を横に振った。
「いいんだよ、だってシュラだもん。」
「?」
その言葉に首をかしげるシュラ。
はシュラの背に腕を廻し、優しく抱き締め返す。
「私は、シュラがシュラだから好きなの。だから・・・」
だからね、仕事で忙しくても・・・
私がどんなに淋しいって想っていても・・・
それは私がシュラを愛しているからなの・・・
私が帰る場所はいつだってシュラのいる場所なのだから。
でも、本当はね・・・
「本当は、淋しかったんだよな・・・。」
シュラの抱き締める腕に力がこもる。
は自然と涙を流していた。
「あ・・・れ・・・涙・・・止まらなっ・・・」
「・・・いい。・・・」
「シュラ!!!」
それからしばらくは泣き続けた。
今までの淋しさを全て吐き出すように。
そんなをシュラはただ黙って抱き締めていた。
「・・・・・・・・・もう大丈夫だ。」
「シュラ?」
「これからはもっと側にいる・・・」
「・・・無理しなく・・・」
「無理はしない。俺がそうしたい。の元に帰りたい。」
そう言うと、シュラはの顎に手を添える。
「・・・・・・っ・・・んっ・・・」
ゆっくりと離される顔。
はシュラの顔を見つめていた。
その顔は真剣なもので・・・
「・・・愛している。」
耳元でそう囁かれ、は自分の顔が赤くなるのを感じた。
そんなを見てふっと笑うと、シュラはそのままを腕の中に閉じ込めたまま寝転ぶ。
「シュっ・・・シュラ!?」
当然、驚くを見て、シュラは可笑しそうにしている。
「何だ?」
「何だ?じゃなくて・・・その・・・」
「眠いんだろう?」
「えっ?」
「俺がこうして抱き締めててやるから、少し眠れ・・・」
「シュラ・・・」
「・・・・・・今まで寝てなかったんだろう?」
そう言ってシュラは微笑む。
は頷くと、静かに瞳を閉じた。
「ねぇ、シュラ?」
「何だ?。」
「・・・・・・愛してる」
瞳を閉じたまま、はシュラの鼓動を聞いていた。
その鼓動を聞きながら、ふと言葉が出た。
『愛してる』
シュラはの髪を撫でながら答えた。
「俺もを愛している。」
の体温を感じながら、シュラも心地よい眠気に襲われる。
自分も疲れていたと、実感した。
は、すでに寝息を立てている。
そんなを愛しく想いながら、シュラもまた眠りに落ちていった。
あなたを愛して止まない・・・
どんな事があっても・・・
あなたを求めている。
それは、あなたを愛しているから・・・
この想いの果ては・・・そう・・・あなた。