「いいさ、さぁ、やれよ・・・お前になら殺されてやる」


雨が降りしきる中、シュラは眼前の人物に向かって言う。

両手を広げて、何も抵抗はしない。

その表情はいつもと変わらない・・・

いや、いつもより少し憂いを帯びた表情。

それをそのまま視線に乗せてじっと見つめる相手・・・


「シュラ・・・」

「やれよ、


と呼ばれた女性は、小さなナイフを手にしていた。

どうしてこんな事になったのか・・・

全ては自分のせいだと、シュラは思っていた。

の方へと一歩一歩近付く。

そしてナイフを持つ手を取り、自分の心臓の上まで持ってきた。


「ここを一突きすればいいだけだ・・・」

「私は・・・貴方を殺す事なんて出来ないの・・・知っているでしょう」


カランと音を立てて、ナイフが地面に落ちる。

雨は二人を包んでいる。

の涙も、シュラの想いも

全て雨が流してくれるのだろうか・・・


「私は・・・貴方を愛している・・・愛しているから・・・」

「俺もお前を愛している・・・だからお前になら殺されてもいい」

「でも・・・でも出来ない!!」


両手で顔を覆うを、シュラはそっと抱きしめた。

小さく震える肩も、自分と比べて小さな身体も全て愛おしい。


「殺せと言われたんだろう?」

「・・・・でも・・・・無理よ!!私は・・・・私は貴方を愛してしまったのだから」


がシュラを殺せと言われたのは自分の育ての親の為・・・

義父は大切な一人息子をシュラに殺された。

それにはちゃんとした理由があった。

アテナに対する謀反・・・・

息子を殺された義父は、小さい頃捨てられていたに義兄の敵を取らせる為に

あらゆる手を尽くしてシュラの女官に仕立て上げたのだった。


「・・・・お前が俺を殺さないのならば・・・俺はお前の親を殺さなければならない・・・」

「・・・・・・・・・」

「アテナに対する反逆・・・俺はアテナの聖闘士だからな・・・・」

「・・・・・・・・」

「そうすれば、お前も殺されるだろう・・・・助かる道は一つだ・・・・」

「もう・・・・いい」



「罪は受ける・・・義父を殺されたとしても・・・私も殺されたとしても・・・貴方を殺す事なんて出来ないのよ!!」


わぁぁっと声をあげて泣くを力強く抱きしめるシュラ。

すっと顔を上げ、降りしきる雨を顔面に受ける。


どうしてこんな事になってしまったのか。

毎日、任務から帰ってきたシュラを温かく迎えてくれる

その笑顔に惚れた。

そして想いを打ち明け、はそれに応えてくれた。

愛し合った日々はもう二度と戻らないのか・・・


そんな事・・・・


そんな事はさせない。



「俺と・・・・」

「?」

「俺と逃げるか?

「何・・・を!?」

「どこか遠くに・・・俺は死んだ事にして・・・お前と・・・二人でどこまでも逃げてみるか?」


その言葉に苦笑しながら首を振る


「いいえ、・・・いいえ、シュラ。私は・・・・逃げない。」


そう言って微笑む

シュラはふっと笑うと、そのままを磨羯宮の奥に連れて行った。

雨で冷えた身体を互いに温め合う為に・・・・










それから数日後

教皇宮に仕える神官が一人処刑された。

それはの義父だった。

そして・・・


「磨羯宮付き女官 よ」

「はい」


シオンの元、の処罰が下される。

シオンの隣には、教皇補佐のサガと、当事者であるシュラがいた。


「今回の件に関し、アテナからはなにもない。」

「えっ?」


ゆっくりとに近付きながら、シオンは言った。


「今回の事に関し、お前は育てた親への恩で動いた事。それに・・・」


の顔をあげさせ、自分の方へと向かせる。


「シュラから聞いたが、お前は何もしていないと」

「!!」

「まぁ、この男が嘘などつくはずがないのでな・・・そうであろう?シュラ」

「はっ。」

「・・・・な・・・・!!」

「と言うわけで、少しでも罪を感じているのならば、今以上にシュラに仕える事だ」

「き・・・教皇様・・・・」


涙を流すに、シオンはふふっと優しい笑みを浮かべ、後の事はシュラに任せると言った。

シュラはシオンが部屋から出て行ったのを確認すると

の前に行く。

そしてすっと膝を折るとの両頬に手を添え、自分の方へと向けさせた。


「シ・・・シュラ・・・私・・・・」

「シオンも言っていただろう?もし・・・罪を感じるなら俺の傍にいろ」

「うん・・・うん・・・シュラ」

「離さないからな」

「もう・・・迷わない!離れないよ・・・ずっと貴方の傍に・・・シュラ」


そう言ってシュラを見つめる

流れる涙が真珠のようだとシュラは思った。

その涙をすっと親指で拭うと、確かめるかのように優しくキスをした。

何があっても離れないという・・・・

それは誓いのキス・・・