深夜の風が、酔った頬を掠めていく。
は目の前が少しぐらつきながらも十二宮の階段を上がって行った。

シュラとの沈黙の時間に耐えられず、は上着も着ずに磨羯宮を飛び出た。
しかし酔いと悲しさのせいで思うように歩けず、
目に涙を溜めて宝瓶宮の入り口の柱にもたれかかるように座り込んだ。


カミュは表に感じた小宇宙に読んでいた本を閉じ、リビングを出る。
そこには、両手で顔を覆うように座っているがいた。


「・・・・!?」

「・・・・・・カミュ」

「こんな時間にどうしたというのだ?・・・いや、とにかく入れ」

「・・・・うん」


の手を取って、カミュは宝瓶宮へと戻る。
その足取りからカミュはが酔っていると察し、椅子に座らせると温かい紅茶を淹れて戻ってきた。


「体が冷えているようだ・・・これを飲むといい」

「うん・・・」

「ハーブティーだから気持ちも落ち着くだろう?」

「ありがと・・・カミュ」


差し出されたカップに口を付けながらは下を向く。
カミュはが自ら話し出すまで、同じように淹れた紅茶を飲んで待っていた。


「あのね・・・」

「何だ?」

「シュラ・・・なんだけど・・・」

「シュラがどうしたのだ?」

「うん・・・」

「貴女が涙を流していた理由も関係ありそうだな」

「・・・うん」

・・・・」


小さな音を立てて、カップを置くと、カミュは優しくの髪をなでた。


「貴女は私にとって・・・いや、私達にとって家族であり、友人だ」

「カミュ」

「家族に対して遠慮などいらない、何があったのか私でよければ話してくれないか?」


優しいカミュの言葉にはコクリと頷く。
そうしてゆっくりとだが、自分の想いをカミュに話出した。

話を全て聞き終えるとカミュはの目から流れる涙を指で拭う。


、私は貴女にとてもよく似た人を知っている」

「えっ・・・」

「昔の話だが・・・磨羯宮・・・シュラに仕えていた女官だ」

「・・・・っ」

「その女性は、とても優しくて姉のような・・・母親のような人だった。
私達はまだ幼かったが、とても彼女を慕っていたのだ」


そう言ってカミュはその人物について話を始めた。


「いつも優しくて、私達が訓練生の時から執務をこなし、教皇補佐のような方だった。
そしてそんな彼女を慕う聖闘士も候補生も大勢いたのだ。」

「・・・・じゃ・・・・」

「彼女は栗毛の長い髪を纏め、黒曜石のような瞳をもった・・・
そう貴女のような人だった。だが・・・」

「?」

「彼女は亡くなってしまった・・・貴女も聞いただろう?
悪に染まっていた頃のサガの手にかかって」

「あっ・・・」

「彼女を看とったのは他でもないシュラだった。
彼女は最後に何をシュラに言ったのかは分からないが
少なくとも彼女はシュラの事をとても大切に思っていたようだし・・・
自分の仕える主人と言う事もあったろうが・・・」

「シュラは、その人を私に重ねて・・・いる?」

「・・・・シュラは酷く後悔していた。どうして自分が側にいなかったのか、
どうして彼女を護れなかったのか・・・ずっとそれを悩んでいたようだ。」

「・・・・私がその女官さんに似ているから・・・シュラはその人の事を思い出して・・・」

カミュはクスリと笑うと、空になっていた己のカップに紅茶を注ぎ直す。


「そうだな・・・私達も彼女の事が大好きだったし、シュラも・・・・・・そうだろう?シュラ」

「!!」


が振り返ると、リビングの扉がギィと小さな音を立てて開く。
そこにはシュラが俯き加減に立っていた。


「シュっ・・・シュラ!!」

「・・・・

「・・・・・全く、私にこんな話をさせるのは貴方とサガくらいだ。」

「・・・・すまない、カミュ。」

「後は自分で話すといい。」

「ああ。」



「・・・・カミュ」

「貴女は貴女だ、だから何も心配いらない」

「・・・・う、ん」

「何かあればまた私の所に来るといい。」

「ありがと・・・カミュ」


そう言うと、は椅子から立ち上がり、シュラの方へと歩いて行った。
シュラは、ゆっくりと手を差し出すと、その手には自分の手を重ねた。

リビングを出ようとした時、カミュはすうっと目を細めてシュラを呼びとめる。
シュラは首だけをカミュの方へと向けると、何だと言わんばかりにカミュを見た。


「いくら貴方とは言え、をまた泣かせる事があれば氷漬けにする。いいな?」

「・・・・肝に銘じておくさ。カミュ」



「うん?」

「貴女も、もう己を押しこめるような事はしない方がいい。」

「うん」

「せっかくの美人が台無しだ」

「カっ・・・カミュ!!」


カミュはクスクスと笑うと、ではなと言って読みかけていた本を手に取った。
面白くなさげにカミュを見たシュラだったが、すぐにの方を向いて
その手を引きながら宝瓶宮を後にした。








「・・・・・」

「・・・・・」


磨羯宮の裏にあるベンチに黙って座るシュラ。
ポケットから煙草を取り出すと、それに火を付けながら空を仰ぐ。
その様子を同じように黙ったまま見ていたは、
少しだけ間をあけてシュラの隣に座った。


・・・」

空を見ながらシュラがの名を呼ぶ。
は答える事はなかったが、シュラはそんな事を気にしないようにして話し出した。


「俺は・・・昔大切な人を護れなかった」

「・・・・・・・・」
(やっぱり・・・シュラはあの女官さんの事を私に重ねていたんだ・・・)


は内心そう思ったが、声に出さずシュラの言葉を聞いていた。


「悔しかった・・・自分が情けなかった・・・それから数十年も経ってからお前に出逢った」

「・・・・・・」

「初めは驚いた・・・お前があまりにも彼女に似ていたから・・・」

「・・・・・・シュラは・・・その人の事・・・・」

「・・・・とても・・・大切だった。」

「っ・・・・」


じわりと涙がの目に溜まっていく。
シュラはそれを見て、煙草を灰皿に押しつけると、の頭を自分の胸に押しつけた。


「だが、お前は・・・違う。」

「・・・・・・」

「確かに、俺は今までお前の中に彼女を重ねていたのかもしれん・・・・いや、重ねていた。
だが、それは俺の弱さだった・・・・怖かったんだ」

「怖・・・い?」

「大切なのに護ってやれなかった・・・・いつかお前も同じようにしてしまうのではないかと・・・
俺が無力なばかりに・・・彼女を護ってやれなかった・・・だから・・・怖かったんだ」

ギリっと奥歯を噛むシュラ。
同時に腕に入れる力を強めてシュラはの耳元で口を開く。

「彼女は、最後に俺に言ったんだ・・・『貴方は生きて』と・・・」

「・・・・」

「だから俺はこうして生きている・・・だからこうして、お前に出逢えたんだ・・・

「シュラ・・・」

「俺は彼女に恋していたのかもしれない、そして・・・俺は彼女をお前に重ねていたの事も事実だ。
だが・・・お前は・・・彼女とは違う。こんな俺を真っすぐに見て・・・いつも笑顔で・・・
俺は、確かに彼女を大切に思っていたが・・・・

「・・・・・・」

「俺は・・・・俺はお前を、という女を愛しているんだ。」

「シュ・・・」

「俺の弱さのせいで・・・・お前をずっと悲しませてしまった。すまない・・・」

「シュラ・・・私・・・シュラに謝らなくちゃ・・・」

「謝る・・・」

「私が・・・変に不安になったりしたから・・・シュラを苦しめてしまったんだもん」

・・・」

「もう、大丈夫だから。私、もう不安になったりしないよ!だって・・・シュラの事大好きだもの!」

「お前・・・」

「シュラにとって、その人がとても大切な人だったって・・・
私はその人を超える事は出来ないかもしれないけど・・・
でも、今はとても感謝しているの。」

「・・・・・・」

「だって・・・その人がいたから私はきっとシュラと結ばれたんだわ、だから感謝してる。」

・・・お前は・・・こんな事を想っていた俺を許してくれるの・・・か?」

「許すも何も・・・シュラが好きだから・・・」

っ!!」

「シュラっ・・・苦しっ」

「愛している・・・愛している・・・・愛しているっ!!」


どこか必死に言うシュラにはふわっと笑うと、
シュラの逞しい背中に腕を回した。


「私もシュラを愛している。」

「お前に出逢って・・・愛を知れてよかった・・・もう・・・お前しか見ない」

「無理しなくても・・・」

「いや・・・今、確信したんだ」

「?」

「お前だけを愛している、お前への愛が俺の全てだからな」


そう言うと、ゆっくりと顔を上げ、の頬に唇を寄せた。
そのまま唇を移動させると、柔らかなの唇に己のそれを重ねた。

甘い甘いキス。

唇が離れると、はシュラの頬に両手を添えた。


「もう、何も隠さないでね?」

「ああ」

「私も隠さないから・・・」

「ああ、

「なぁに?」

「愛している」


もう一度その言葉を伝えると、私もとも笑った。
胸に秘めた想いは、お互いを苦しめていたけれど
その想いが放たれた時、二人は強い絆と愛を手に入れる事が出来た。


―――――――あとがき―――――――
伊吹水澪様との相互リンクの為に描いだシュラ夢後編です。
時間がかかってしまって申し訳ありませんでした
リクエストにお応え出来ているか不安です((+_+))
遠慮なさらずに仰ってくださいねv光速で描き直しますから。
それでは今後とも末長く宜しくお願い致します。