背中の中心程まで伸びた黒髪が風に靡いて
とても綺麗だと思った。
こんな言い方は癪に障るが、まるで冥界の宝石のよう
艶やかな黒髪が月光に揺れて
深海のような蒼い瞳が印象的だったのを覚えている。
「綺麗な月だな・・・」
「そうですね」
手元のティーカップをコトリとテーブルに置きながら
ミロは視線だけ向ける。
そんなミロに、はふっと笑って微笑んでくれる。
「どうかしましたか?」
「・・・・敬語なんか使わないでくれ。」
「そうはいきません。私は女官、貴方は黄金聖闘士様ですから」
「・・・・そうか」
別れを言い出したのはミロの方。
アテナを護る最高峰の黄金聖闘士・・・
任務でここを離れる事も数多く、
いつもに寂しい想いをさせていた。
だから、ミロはを手放す事を選んだ。
拒まれると思っていたが、存外すんなりとそれを受け入れた。
他に好きな奴でも出来たのかとミロは思っていた。
あれから起こった聖戦
アテナの慈悲で復活を許された。
そして・・・教皇宮で見た。
あの頃と、何一つ変わらず笑顔を見せるの姿を。
「珍しいですね、貴方が残業をなさるなんて・・・」
「仕方ないだろう?サガの奴、任務の前にたっぷり仕事残して行きやがったんだから。」
「明後日にはお帰りになるとお聞きしています。ですが、もうお帰りになった方がよろしいのでは?」
一緒にいた時と何も変わらない、優しい口調でミロにそう言う。
時間の流れとは言え、普通ならば別れた男などと逢いたくもないだろう。
だが、はミロに対して特別何もなく、他の聖闘士達と同じように接していた。
「お前は?」
「私はもう少ししてから・・・」
「・・・・・」
「貴方の分はもう終わったのでしょう?」
「あ・・・ああ。」
「ならば自宮でごゆっくり休まれてください」
にこりと笑って席を立つに、ミロは思わずその手を掴んだ。
「えっ?」
「・・・」
自分がこんな声が出せるのかと思える程の熱を帯びたミロの声。
は、一瞬だけ目を反らすが、体を向き直してミロの顔を見た。
「何でしょうか?ミロ様」
「・・・・ずっと考えていた・・・お前に別れを告げてから・・・ずっと」
「?」
「・・・・愚かだと笑ってくれて構わない」
「何を仰って・・・」
「俺は・・・」
「ミロ・・・様?」
ぐっと体が前にのめり込む。
同時にの体はミロの腕の中に納まっていた。
ドクン・・・ドクン・・・
ミロの鼓動が聞こえる。
は身動ぎもせず、ミロの腕の中にいた。
「自分勝手だと思う・・・俺の方から言ったのに・・・」
「・・・・・・・・」
「でも・・・俺は怖かったんだ」
「怖い?」
「いつか・・・が俺から離れてしまうのではないかと・・・」
「・・・・・・・」
「普通の恋人のように一緒にいる事も出来ず・・・任務を優先してお前を残して・・・」
「・・・・・・」
「そんな俺に愛想を尽かして・・・そうなるくらいならと・・・でも・・・それでもよかったんだ」
「ミロ様」
「俺はお前に側にいて欲しい・・・ずっと・・・・だから」
「・・・・ミロ様は本当にご自分勝手ですね」
「ああ・・・」
「御自身の頭の中で何もかも終わらせてしまって・・・」
「ああ・・・」
「本当に・・・自分勝手・・・」
「」
「ですが・・・」
両手で優しくミロの胸を押して、その腕から離れる。
「私が貴方の腕の中に戻ったら・・・また同じように考えられると思います。」
「・・・・・・・」
「私が貴方の言葉を受け入れたのは・・・貴方がそれで苦しんでおられたからです。」
「俺はっ!!」
「誰が愛する人を自分の事で苦しめたいと思いますか?」
「・・・・それはもう俺の元へは戻らない・・・と?」
「・・・・・・・・・はい」
「俺が・・・嫌いか?」
「いいえ・・・」
「なら!!もう二度とそんな事を考えないでくれ!俺はお前を二度と離さないから!」
「いいえ・・・いいえ・・・駄目なのです。ミロ様」
「何故だ!!」
後ずさりながら、はドアに近寄る。
ハッとしてミロはそのドアの方を見た。
正確には、ドアの向こうにある小宇宙。
キィィっと音を立ててドアが開く。
ミロはその小宇宙の持ち主を見ると、小さくため息をついた。
「何故、お前がここにいる。デスマスク」
「ああ?何故ってそりゃなぁ〜」
笑いながらに近付き、その体をぐっと引き寄せる。
「俺の女を迎えに・・・だ」
「なっ!!」
驚くと同時に、ミロは気付いた。
の左手の薬指に光るモノの存在に・・・
「・・・お前は」
「ミロ」
ミロの言葉を遮るように・・・ミロの視線を遮るようにデスマスクがの前に立つ。
「そう言う訳だからさ、お前諦めろよな」
「・・・・・・ミロ様」
「・・・・・ふっ」
右手で片顔を隠しながら笑うミロ。
「・・・忘れてくれ」
「ミロ様」
「・・・・はっ・・・ははははっ」
笑いながらミロが部屋を出て行った後、はふぅっと小さくため息をつく。
デスマスクは苦笑しながら、を手放した。
「これでよかったのか?」
「はい。すみません・・・デスマスク様を巻き込んでしまって・・・・」
「ああ、全くだぜ・・・で?本当によかったのか?」
「えっ?」
「まだ・・・好きなんだろう?ミロの事を」
「いいえ。もう忘れました。」
そう言って微笑む。
「お互い知らなかったとは言え、まさか兄と一緒になれませんよ」
「・・・・・・・・」
「父も本当に罪な事をしてくれたものですね・・・ふふ」
「、おま・・・」
「でも、本当に素敵な時間を過ごせましたから。」
目を充血させながらそう言うに、デスマスクは頭を掻き毟ると
ぐいっとの体を抱きしめた。
「泣くなよなっ!!」
「ふふっ・・・泣きませんよ?」
「けっ!泣きそうになってるくせに」
「そうですね・・・でも泣きませんから。だって・・・」
「ああ?」
「こうしてデスマスク様が抱きしめて下さってるから・・・泣きません」
「けっ・・・」
にこりと笑うに、思わず赤面した顔を隠すように顔を上げるデスマスク。
ミロには悪いと思ったが、デスマスクはを抱く腕に力を入れた。
「っ・・・デスマスク様っ!苦し・・・」
「俺が」
「えっ?」
「あいつの代わりにはならねぇけどよ・・・俺が側にいてやる」
「・・・・それって告白ですか?」
「・・・・・うるせっ!」
「ふふっ」
「なぁ、」
「はい?」
「その・・・なんだ・・・俺んとこ来いよ」
「・・・考えておきます。」
「考える必要なんかねぇだろうが!」
「・・・そうですか?」
「そうだよっ!」
「・・・もう少し、デスマスク様が女性遊びをしなくなったら・・・お答え致しますね。」
そう言って笑いながらデスマスクの腕を逃れ、隣の部屋へと向かう。
デスマスクは舌打ちをしながらも、ニヤリと笑って部屋を出た。
( 2010.10.05 )