「ああ、綺麗だな」
空を見上げて月を見る。
「うぉらぁぁぁぁぁ!新撰組がぁ!!死ねぇ!!!」
「挟み打ちだぁぁぁぁぁ!!」
ザシュッ・・・・・
「「ぐはぁぁぁぁぁぁぁ」」
「五月蠅いな・・・せっかく月見をしているのに・・・
静かに死ねないのか?」
断末魔の叫びを聞きながら呟く。
血飛沫が視線を邪魔する。
振り下ろされた刀から幾滴もの赤が落ちる。
少年とも少女とも思える容姿の人物は
顔にかかった血を気にもしない様子でまた天を仰ぐ。
パシャン・・・パシャン・・・
「やっぱり・・・満月には赤が似合う」
そう言いながら、足元の血溜まりの中を歩む。
早く帰り血を流したかった。
と、目の前の人物から声をかけられる
「ごくろうさまでした、くん」
「・・・・・・・・・ええ」
そのまま手短に答えると何事もなかったかのようにすれ違い帰路につく。
声をかけた人物・・・斎藤はすっと細い瞳を開けて、その後姿を追う。
金色に光る獲物を狩る目は、
一度だけ振り返ると、地獄絵のような現場を見る。
「なかなかやるじゃないか・・・子供だと思っていたが・・・
さすが新撰組の懐刀・【】 と言ったところか・・・」
そう呟くと、足早にの後を追った。
【 第一幕 放たれた懐刀 】
時は幕末。
世は維新志士と新撰組との戦いに明け暮れていた。
バタバタバタバタバタ
ガタンッ!
「さん!!!・・・・と斎藤さん?」
「沖田くん、どうしたんだい?」
斎藤とは互いに愛刀の手入れをしていた。
そこへ沖田が手に箱を持って現れる。
「なぁんだ、斎藤さんもいたんだ。」
「俺は邪魔かな?」
「いえ、そう言うわけではないですよ。」
「総司さん、それ何ですか?」
がにこりと笑いながら、沖田の手を指さす。
先日の表情とは全く違う優しい笑み。
斎藤はその様子を見るたびに、いつも不思議に思う。
夜の顔と昼の顔
こいつの為にあるんだろうかと考えていた。
「ああ、さんが好きなお菓子ですよ。」
その言葉にはにこりと微笑む。
「わぁ、ありがとうございます。すぐにお茶を持ってきますね。
斎藤さんも頂くでしょう?」
「沖田くんさえよければ」
ちらりと斎藤は沖田を見ると、いつもの笑顔で答えた。
「僕は構いませんよ、大勢の方がより美味しく感じますからね」
「それでは待っていて下さいね」
そう言うとはすっと刀を収め、部屋を出て行った。
残された斎藤と沖田はの後ろ姿を見送ると話始めた。
「本当に、・・・さんは変わった人ですね」
「馴染みでもあり連れてきた本人である沖田くんがそう思っているのかい?」
「いえ、僕だけではないでしょう?」
にこりと笑って斎藤を見ると、斎藤は苦笑した表情をする。
「末恐ろしいとはこういうことを言うのかな?」
「はははは、そうですね。まさかここまで働いて貰えるとは思っていませんでした。」
「その言葉は本意ではないでしょう?」
「まぁ、そうですけど。でも本当に、想像以上の働きです。普段話をしている時は、ただの・・・・と」
「?」
「いえいえ」
何かを言いかけた沖田だが、口を閉じると、お菓子の箱を開け始めた。
ちょうどその時にが三人分のお茶を持って戻ってきた。
「お待たせしました。それ、僕の好きなお饅頭じゃないですか」
「ええ、作りたてですよ。」
「じゃ、さっそく頂きましょう」
「本当に、君は甘いものに目がないのだな」
「斎藤さんこそ、そう言いながらも口に運んでますね」
「俺は嫌いではないんでね、甘味物は」
斎藤と沖田と
新撰組一番隊組長と三番隊組長、そして隊には属さない懐刀・【】
実力派の三人が一堂に会しているなど、他の連中から見れば恐ろしい組み合わせ。
それがこうしてゆっくりと茶菓子を撮みながら談笑している姿が
士気を高めるには十分でもあった。
それだけ信用・信頼し合える強者と維新志士を相手に戦える事。
それは三人も同じであった。
「そうだ、斎藤さん、次の仕事です」
「では僕は席を外します」
しばらく談笑した後、ふと思い出したかのように、沖田が斎藤に話しかける。
するとは立ち上がる。
どこの組にも所属していないにとって、
話を聞く必要はない。
それぞれの組長から直接の依頼がなければ動かないようにしていた。
「いえ、さんにもお願いしたいので、ここにいてください。」
「分かりました。」
内容は・・・・襲撃だった。
「ま、雑魚には変わりありませんが、念の為に僕たちが行くようにと」
「土方さんから?」
「ええ、それからさん」
「はい?」
「あなた、正式に新撰組に入らないかと」
「はぁ?」
「で、副長にと・・・」
「嫌です」
「と、答えると思っていましたので、僕と斎藤さんの下についてもらうと
言うことでお返事しておきました。」
「ありがとう・・・って何でそうなるんだ!」
「いや〜土方さんがどうしても欲しいって五月蠅かったので・・・」
沸々といつもの沖田ではない気迫。
それを悟っては盛大な溜息をつく。
斎藤も困ったような顔をしていた。
「ね、斎藤さんは異存あります?」
「俺はないが・・・」
「・・・言い出したら聞かないのが土方さん。
いいですよ、お二人の下に付きましょう。
ただし・・・」
「分かっていますよ、さんは僕たちの言うことしか聞かなくていいですから」
そう言って笑顔で答えると、沖田は三人の湯呑を持ち上げた。
「ではそう言うことで。僕はこれ淹れなおしてきます。」
「斎藤さん、貴方は本当にいいのですか?」
「何が・・・かな?」
「僕、扱いにくいですよ?」
「はははははは、沖田くんがもう一人と思えばそうもないさ」
そう言いながら斎藤は眼を細めた。
はそんな斎藤を見て苦笑した。
「では正式に組に入るのなら色々と用意しなければいけませんね。」
「いや、恐らく土方さんと沖田くんが話をつけた時点で全て整ってるだろう。」
「それもそうですね。」
「ま、よろしく頼むよ。くん」
「お手柔らかに」
その会話を障子越しに聞いていた沖田は、小さくため息をついた。
(いつまで隠せるか・・・僕の事もさん・・・いえ、さんの事も・・・女だと言うことが・・・)
いつもと同じように天には月。
辺りは血の海。
斎藤と
二人の周囲には散った花びらと赤い滴、
もう動かなくなった人があるだけだった。
「終わりましたね。」
「そうだな、帰るか」
斎藤に答えようとしたが、の目つきは変わらなかった。
「いや。まだだ」
視線の先には赤髪の剣客。
「抜刀斎か・・・」
「では新撰組三番隊組長、斎藤一がその首頂く!」
「待って下さい、斎藤さん。一度手合せしたかった。」
言うが早いか、は愛刀の【】を抜刀斎に振りかざす。
(早い!?)
斎藤は目を疑った。
初めて見たの速さ。
斎藤ほどの剣客でも、驚きを覚える速さだった。
「くっ!」
「へぇ、僕の太刀筋避けたのは斎藤さんと沖田くん以外は
あんたが初めてだ。緋村抜刀斎!」
「・・・・・・・・・名前は」
「新撰組 懐刀!!【】の !見せてみなよ、あんたの剣」
「・・・お前があの【】か・・・噂に違わず少しはやる男のようだな」
「褒め言葉だ、が、お喋りし過ぎだ、行くぞ!抜刀斎!!!」
は一度【】を納刀する。
「お前も抜刀術を使うのか・・・」
「・・・・我流だがなっ!!!」
同時に抜刀斎に向けて飛躍した。
緋村も跳躍する。
「飛天御剣流、龍槌閃!!!」
「高い!?」
龍槌閃が入る寸前、は体を回転させる。
轟音と共に土煙りが上がる。
斎藤はその有様をじっと見つめていた。
土煙りが収まるころ、二つの影が見えた。
「紙一重で避けたか・・・」
「・・・・・・・・・・・」
パサリと音を立てて、緋村の左腕の衣が落ちた。
緋村は落ちていく衣を少し驚いて見ると、納刀して踵を返した。
その腕からは一筋の血が流れていた。
「・・・・すれ違い様に一撃とは・・・やるな・・・
まぁいい。今日はこの辺りで引かせてもらう。」
「・・・・・・・・・・・」
左肩を握る。
その手からは血が流れていた。
「・・・・・次はその首頂く。」
そう言うと緋村は姿を消した。
「くん・・・勝手はいけないな。」
「すみません、斎藤さん」
「まぁいい・・・で、怪我は」
「大したことないですよ。さ、早く帰りましょう」
「ああ。」
帰路につく途中、斎藤は考えていた。
の速さは抜刀斎と互角。
自分や沖田でも追いつけないかもしれないと。
そして末恐ろしいと言った自分の言葉を思い出した。
襲撃後、沖田のその不安は現実のものとなった。
宿舎に帰ると斎藤は血を流し、沖田とがいる部屋に向かう。
少しの不機嫌さを醸し出しながらも、その手には愛用している傷薬があった。
部屋には灯りが灯っていた。
それを確認すると斎藤は障子に手をかけた。
「沖田くん、くん、入るぞ?」
「だ、駄目だ!!!斎藤さん!!!」
そう答える沖田の声は、斎藤が障子を開けた時には空しく響いていた。
「なっ・・・・・・」
表情が固まり、コトッと足元に薬を落とす斎藤。
そこにはさらしを手に持つ沖田と胸をきつく巻かれている最中のの姿があった。
(2009/03/29 UP)