ただ貴方に逢いたいと思うこともいけないなのですか?
私は貴方の為なら、この身を捧げる事すら出来るのに・・・
この魂が安らぎを得ることなく苦しめられる事も耐えられるのに・・・
「・・・ぃ・・・・ぉぃ・・・・・・おい!!」
はっと視線を前に移すと、
そこには仁王立ちしている親友ミロの姿があった。
カミュは小さくため息をすると、ミロに座るように言う。
ミロは身体に付いた霜をパッパッと払うと
カミュと向かい合うようにして腰掛けた。
「何だ、一体。」
「何だとはないだろう?・・・親友に向かって。」
「その親友が何をする為にここに来たんだ?」
カミュはすっと立ち上がり、キッチンの方へ行く。
ここは聖域ではなくシベリア。
カミュは修行と称してここに2ヶ月前から滞在していた。
「だからお前に会う為に来たのではないか。
わざわざ、こんな極寒の地まで。」
「・・・・・・ああ、そうだな。」
キッチンから熱い紅茶を持ってくる。
「少しブランデーを入れてある。温まるぞ。」
「ありがとう、カミュ」
そう言ってカミュからティーカップを受け取り口につける。
含んだ瞬間に口に広がるかすかなブランデーの香りを楽しみながら
ミロはふと真剣な表情になった。
「・・・・・・カミュ、の事なのだが・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
僅かに眉を動かすが普段と変わらずにその話を聞く。
「お前、急に別れを持ち出したんだってな。」
「・・・・・・ああ。」
「何でだ?」
「・・・・・・ああ?」
「あんなにお前の事分かってくれる人はいないだろうし、
も俺たちの宿命をよく知っている。
それででもいいと言ってくれたんだろう?」
「・・・・・・・ああ。」
「お前だってずっとが好きだったんだ。
やっと一緒にどうして・・・」
「・・・・・・怖くなった。」
カミュはカップをテーブルの上に置き、両手を組む。
ミロも同じようにカップを置いて、カミュを見る。
カミュはすっと瞳を閉じて口を開いた。
「・・・には幸せになってもらいたい。
私もとずっと一緒にいたい。」
「ならば何故!?」
「もし・・・急に私が死んだらはどうなるのだろう。
・・・きっと苦しむのだろうな・・・そんな姿を想像していたら・・・
耐えられなくなった。・・・弱いのだ、私は・・・」
そう言って苦笑するカミュに、ミロは片手で顔を覆う。
そして・・・
「お前、知っているか?」
「何をだ?」
「・・・知るわけないか・・・・お前がこっちに来てすぐの事だったからな・・・」
「だから何をだ?」
少し間をおいて、ミロが口にした言葉にカミュはただ驚愕するだけだった。
「、結婚するぞ・・・」
「まぁ、綺麗ですわ、。」
「あっ、アテナ。」
「やはり、にはこう言ったドレスが似合いますね。」
アテナ・・・沙織はそう言ってにこやかにを見る。
は純白のウエディングドレスを纏っていた。
すらっとしたマーメイドを思わせる形。
裾の方にはマグノリアが刺繍されていた。
は少し頬を赤らめながらも沙織に微笑む。
「アテナ、ありがとうございました。」
「いいのですよ。・・・・・・でも、本当にいいのですか?」
「?」
「・・・カミュと貴女は・・・・・・」
「・・・アテナ、カミュとはもう・・・。」
はすぅっと視線を外の風景に移す。
ここはアテナ神殿の一角だった。
神殿の外には十二宮が見える。
その風景を眺めながら、はぎゅっと己の手を握り締めた。
「だから、私、この結婚を承諾しました。
・・・まぁ、お相手があの方ですから
・・・あまり断ると今後に響きましょう?」
が苦笑する。
アテナも何とも言えない笑みを浮かべる。
と、コンコンとドアを叩く音が聞こえ、中に『あの方』が入ってきた。
漆黒の衣を纏うその姿に、は顔を引き締める。
カツン、カツンと一歩ずつ近付いてくるその姿は、
冥界でも権威を持つだろうと容易く想像が出来た。
「・・・・・・似合いますね・・・」
「ありがとうございます、ミーノス様」
ミーノスはすっとの傍までくると、
の髪を一房手に取りキスをした。
「アテナ、貴女の好意も感謝します。
パンドラ様もおいでです・・・・ゆっくり話をしようと仰せでしたよ。」
「パンドラが?・・・分かりました。今、参ります。」
アテナはそう言ってに視線を送る。
「・・・今日は皆集まりますから・・・」
それだけ言うとアテナは部屋を出て行った。
ミーノスはの手を取ると、近くの椅子に腰掛けさせる。
「・・・、貴女は水瓶座の黄金聖闘士カミュと恋人同士だと聞きました。
そんな貴女に惹かれた私も私なのですが・・・本当にいいのですか?」
「ミーノス様・・・カミュは・・・水瓶座の黄金聖闘士とは何でもありません。
もう・・・終わった事なのです。」
「それは私のせいですか?」
ミーノスは少し苦笑しながらを見た。
も苦笑しながら首を横に振る。
「いいえ、貴方からの申し出の前に終わったのです。
いい・・・思い出です。少なくとも、カミュ・・・様に出逢えた事、
後悔などしておりませんし、むしろ感謝しています。
おかげで今の私があるのですから。
・・・・・・・・・さ、もうこの話はよしましょう。」
「そうですね・・・式までまだ時間があります。
少し散策して来られてはいかがですか?」
ミーノスはすっと立ち上がる。
そして、
「私も同僚と話があるから」
と言って微笑んだ。
も、
「そうですね、緊張して失敗してはいけませんもの」
と微笑み、
「また後程お逢いしましょう」
と言ってお互い部屋を出た。
「ミーノス。」
ふと振り返ると、そこにはラダマンティスとアイアコスが立っていた。
「どうしました?」
不敵な笑みを浮かべるミーノスに、アイアコスが
「お前、本気か?」
と尋ねる。
「確かに、初めは違いましたよ・・・
いくら冥界との結束を深める為とは言え何故私がと。
しかし、実際に会って見れば私好みでしたしね。
惹かれたのも事実です。だから承諾しました。
この上はきちんとするつもりですよ。」
ふぅっとため息を付くアイアコスに、ラダマンティスは一言
「しくじるなよ」
と言い残して去って行く。
ラダマンティスの向かった先にはパンドラとアテナが待っていた。
その光景に、アイアコスとミーノスは苦笑して見ていた。
「あいつの方こそしくじるなと言いたいな・・・」
「そうですね、アイアコス。少し散策でもしますか?」
「ああ、付き合おう。」
「ここでカミュと逢ったんだっけ・・・」
アテナ神殿の脇にある小さな庭園。
そこのベンチには腰掛ける。
あの頃、はまだ新米のアテナ補佐官。
仕事もよく分からず失敗ばかりしていた。
そんなにアテナはいつも優しかった。
アテナに応えようと必死になるも、追いつかない自分に
憤りを感じ、いつもここで涙を流していた。
そんなある日、丁度アテナとの謁見を終えたカミュが庭園を訪れた。
そこで・・・出逢った。
『何をしている?』
『えっ・・・あっ・・・貴方はカミュ様!?』
カミュの姿に驚き、はぱっと立ち上がり頭を下げる。
その様子にカミュは微笑み、隣に来ると腰を下ろした。
『貴女は確か・・・と言ったか。』
『えっ?』
『アテナが最近いい補佐官が付いたと喜んでおられた。』
『そっ・・・そんな。私いつも失敗ばかりして
・・・アテナにご迷惑ばかり・・・』
はぎゅっと手を握り締めた。
『なのにアテナはいつもお優しくて
・・・そんなアテナにご迷惑かけたくないと
必死になるのですけど・・・やっぱり上手くいかなくて・・・』
少し振るえ、涙がポタポタと服に堕ちて行く。
そんな様子にカミュはそっとの手に己の手を重ねる。
『貴女は一生懸命やっている。
それをアテナは認めていらっしゃる。
初めから上手くいく者などいないのだ。
・・・私も聖闘士になったばかりはそうだった。
だが、失敗して、それでもやり続ける事で上手くいった。
貴女も同じだ、。・・・それに』
『??』
カミュはの目元に指をやり、そっとその涙を拭う。
はかぁっと顔が赤くなるのを感じた。
『貴女には涙は似合わない。いつも、皆言っている。
貴女の笑みはまるで天使のようだと・・・』
『そっ・・・そんな事・・・ないです/////』
『いや、私もそう思うよ。』
『カミュ様・・・』
『様はやめてくれ。・・・カミュでいい。』
『でっ・・・でも・・・』
『ならばこうして話をしている時だけでもいい。
他では何かと都合が悪いのだろう?』
『はい・・・カミュ・・・』
カミュはすっと立ち上がり、踵を返す。
そして・・・
『私でよければいつでも相談に乗ろう。
宝瓶宮に来るといい。』
さぁぁぁぁぁっと風が吹く。
その風には髪を押さえる。
あれから幾度となくカミュと話をした。
そして、お互い惹かれ合い・・・
一緒になった。
「カミュ様・・・」
久しぶりに呼んでみる。
思った以上に違和感なく言えた事に何故か安心する。
「・・・・・・?」
「えっ?・・・あっ、サガ様、カノン様」
振り返ると、聖衣を纏ったサガと鱗衣を纏うカノンの姿があった。
「ああ、見違えたぞ・・・」
「綺麗だな。」
サガとカノンがふっと笑う。
「サガ、お前少し顔が赤い。」
「黙れ愚弟!!」
「何!?貴様、毎回毎回俺を馬鹿にしやがって!!」
「ほぉ、いつから馬鹿ではなくなったのだ!?」
「おのれ〜」
「やるか!?」
「あっ・・・あの!!!!」
の声にはっとする双子。
危うく世界崩壊に匹敵する兄弟喧嘩に巻き込まれそうになった。
サガとカノンは視線を同時にに向ける。
「カノン様もいらっしゃったのですか?」
「ああ、俺だけではないが・・・」
「じゃ、ジュリアン様や他の七大将軍も?」
「そうだ。海界も冥界同様、平和条約に参加しているからな・・・」
そう言うとカノンはふっと笑う。
「ところで。カミュはどこだ?」
「えっ?」
サガの言葉に一瞬固まる。
「カミュも来ているはずだからな・・・っつ!!!」
「馬鹿サガ!お前、の気も考えろ!」
「あっ・・・すまん。」
カノンにどつかれ、素直に謝るサガの姿に
はくすくすと笑う。
普段はサガにカノンが怒られているのにと。
「いいのです、カノン様。
・・・カミュ様はこちらにいらっしゃっていませんよ。」
「・・・・・・そうか。」
「おい、。お前、いつもカミュ『様』って呼んでたか?」
カノンの問いにふっと微笑む。
「いいえ、でももうケジメはつけないと
・・・私はただのアテナ補佐官ですから。
もう・・・カミュ様とは・・・・」
の答えに黙るカノン。
暫く間をおいてが口を開いた。
「カミュ様もいらっしゃるのですか?」
「ああ、先日、ミロが迎えに行ったのだが・・・ああ、噂をすれば。」
そう言うサガの視線の先には、ミロとカミュの姿があった。
カノンは少しまずそうな表情をするが、サガに催促され、
「また後でな」
とだけ言い残しサガとアテナの元へ向かった。
「?ああ、やっぱり、か!」
ミロが手を振りながら近付いてくる。
「ミロ様、・・・カミュ様。」
はカミュの姿を見ても表情を変えず、
ただ優しく微笑んだ。
「綺麗だな、。」
「ふふ、ありがとうございます。ミロ様。」
ミロに微笑みかける。
そんなを直視出来ないカミュ。
「カミュ様も、お久しぶりです。」
視線をカミュに移し微笑む。
「・・・・・・ああ。」
と短く応えるカミュ。
明らかに動揺しているとミロは思った。
普段顔に出さない親友の事だ。
きっとここでも自分の事を隠すのだろうと思っていたが、
その動揺振りは、の姿を見てさらに膨れ上がったようだった。
「‥俺、ちょっとアテナに挨拶に言ってくる・・・」
ミロはそう言ってその場を去る。
残ったカミュとの間には沈黙した時間が流れた。
「・・・・・・」
先に口を開いたカミュ。
その拳はぐっと握られていた。
「・・・・・・私は・・・・お前をあ・・・・」
「。」
カミュの言葉を遮るようにミーノスがに近付く。
は表情を変えぬまま、ミーノスの方を振り返る。
「カミュ、貴方もいらっしゃっていたのですか。」
「ああ。」
カミュの鋭い視線をもろともせず、ミーノスはに向かって、
「あちらで皆さんが待っているようです。」
と告げ、はカミュとアイアコスに軽くお辞儀をして神殿へ戻っていった。
「貴方はを愛しているのか?」
カミュがミーノスに向かって尋ねる。
ミーノスはふっと笑い、
「私は愛のない結婚などそんな奇行はしませんよ。
例え、冥界の為でもね。」
と答えた。
「貴方こそ、を愛しているのであれば、
離れるべきではなかったのではないのですか?」
と聞きかえす。
「お前に・・・私の気持ちなど・・・」
「分からないとでもおっしゃるのですか?」
「なに・・・・」
「貴方が聖闘士としての使命があるように、
私にも冥闘士としての使命がある。
いつ死ぬか分からない。それは貴方も私も同じですよ。
それでも一緒にいたいと思うのであればいればいいだけの事。」
「そして死んだ後、残された者はどうするのだ!
残された者の悲しみは!!」
カミュは思わず叫んでいた。
いや、叫ばずにはいられなかった。
一番痛いところを突かれたから。
「・・・・・・・・・」
「私は・・・愛する者の悲しむ姿を想像したくないのだ。
弱いと言われようが何と言われても!!それが・・・」
「人間は、そこまで弱いとは思えませんがね。」
「ミーノス・・・・。」
「私も生きている人間です。カミュ、貴方と同じね。
考えてもみてください。人間は一人で死ぬのです。
死してもまた生まれ変わりというものがある。
人間は愛するものを失っても、希望は棄てない。
それを、私はあの聖戦で痛いほど感じました。」
ミーノスは苦笑すると、視線をアテナ神殿に移した。
「は貴方が思うほど弱くはありませんよ。」
そう言うと神殿の方に向かって歩き出した。
カミュは暫くミーノスを見ていたが、
もう一度ぎゅっと拳を握り締めるとミーノスを呼び止めた。
その瞳にある決意を秘めて・・・。