空を見上げたはふと自分の愛しい人の事を思っていた。
暑いギリシャの夏の夜も、もう終わりを見せている。
肌寒いくらいだったが、にとっては心地よかった。
少し赤く腫れた黒い目を、夜風にさらして少しでも腫れが治まるのを待つ。
肩の下まで伸びたダークブラウンの髪を靡かせていると、ふと気配を感じた。
ゆっくりと振り返ると、そこには聖衣を纏った一人の男が立っていた。
鼻を掠める鉄分を含んだ匂い…
任務だったのだろう…
その手には、赤く染まったマントがあった。
「御苦労様・・・」
「・・ああ」
「・・・・・・・」
短く返事をしたその人物から視線をまた空へと移した。
「・・・・泣いて・・・いたのか?」
「・・・・何故?」
「・・・・目が赤い。またか?」
「何でもないわ・・・シュラ」
そう言ってすっとその場から立ち去ろうとする。
が、の腕をぐっと掴むと、シュラは己の胸の中へとの体を納める。
その瞬間、シュラは内心苦笑する。
【まだ・・・俺は『あの人』をに重ねているという事か・・・】
「泣くな・・・」
「・・・・・大丈夫だから、心配しないでっ」
「・・・・心配するに・・・決まっている」
「っ・・・!!」
少しの怒りを含んだ目で、はシュラの顔を見上げる。
そこには自分の事を切なそうに見つめるシュラの視線があった。
が、すぐにその黒曜石のような瞳は、優しい視線へと変わる。
「・・・・帰ろう」
「・・・・・・・・・・」
そのままはシュラの腕に抱かれて、その場を後にする。
行き先は磨羯宮。
シュラは聖衣を脱ぎ去ると、をソファに座らせた。
すぐに戻ると言うと、さっさとリビングを出ていく。
の耳に、シャワーの音が聞こえる。
昔、シュラには憧れている女性がいた。
いや、憧れを通り越して恋をしていたと言っても過言ではないかもしれない。
山羊座の黄金聖衣を授かる前から、ずっと見ていた。
栗色の長い髪を綺麗に纏め、日焼けした肌に映える黒い瞳。
いつも、淡々とそれでいて丁寧に執務をこなしていた。
訓練生の時から変わらず、自分を実の弟のように扱ってくれた女官。
正式に黄金聖闘士になってからは、任務から戻った時には
優しい目をして、
『おかえりなさい、シュラ。御苦労さまでした』
とふわりと微笑んでくれていた。
そんな女官をシュラは幼いながら慕っていたのだった。
しかし、あの忌まわしい出来事で、彼女はその命を失った。
[サガの乱]
教皇とすり替わったサガによってその命を失ったのだ。
その現場を目にした、シュラだったが、何も出来なかった。
ただ、去っていくサガの後ろ姿を睨む事しか出来なかった。
『シュ・・・ラ・・・貴方は・・・死な・・・ないで、わた・・しの大切な・・・』
その言葉だけを残して、シュラの腕の中でその時間を止めた彼女。
「未練だ・・・な・・・」
熱いシャワーがシュラの顔に降り注ぐ。
シュラは髪を掻き上げながら目を閉じると、シャワーを止めた。
【シュラは・・・私に誰を重ねているの?】
そんな事をはずっと考えていた。
自分に対して、優しいシュラ。
しかし、ふとした瞬間、を見る目が変わるのに気がついてしまった。
それは自分を見ているようで見ていない・・・
自分に誰かを重ねている・・・
自分の中に誰かを見ている・・・
切ない・・・視線・・・
そんな視線で見つめられているのに気がついてしまった。
気のせいかと思っていたのだが、その感情は次第に大きくなっていった。
しかし、自分に対するシュラの態度はあくまで優しく、
そして愛情がある事を知っていたは
ずっとその疑問をシュラに尋ねる事が出来なかった。
毎回のように、シュラが任務で自分の元から離れ、
一人になると、はいつも泣いていた。
この事をシュラに聞くのが怖かった。
今の関係を崩したくはなかった。
シュラの事を心から愛していたから・・・
けれど、その疑問がどんどん積み重なって、
の心にはどうしてもシュラに対して埋める事が出来ない溝が出来始めていたのを
つい最近気がついてしまった。
今度こそ、シュラに尋ねないといけない・・・
そうしないとこのままでは、私の心が壊れてしまうのではないか・・・
例えシュラに嫌われたとしても、
自分の心に正直でいたい・・・
そう決めたのは今夜だった。
その事を考えていたの所へ、シュラはシャツを羽織って部屋へと入ってきた。
「・・・体が冷えただろう・・・飲むか」
「・・・・うん」
シュラはグラスを2つ取り、手にウイスキーを持っての横に座る。
コポコポ・・・・
琥珀色がグラスに注がれていく。
はただそれを黙って見ていた・・・
「・・・・・ねぇ、シュラ」
「何だ?」
「・・・・・・シュラは誰を私と重ねているの?」
「!!!」
「ずっと・・・考えていたの・・・シュラは・・・私の中に誰かを重ねているって・・・」
「・・・」
「・・・・ねぇっ!!」
カチャン!!
びくりと体を震わせ、シュラを見る。
を見るシュラの瞳は、鋭いものだった。
「・・・・俺が信じられないのか?」
「ちがっ・・・」
「だからそんな事を考える・・・」
「だって!!!シュラはっ!!!」
「・・・・話す事はない」
「っ!!!」
しばらくの沈黙・・・
シュラは黙ったまま、ただ目の前のグラスを空けていく。
はぐっとグラスを握ると一気に中身を飲み干した。
後編へ・・・
―――――――あとがき―――――――
伊吹水澪様との相互リンクの為に描いているシュラ夢です。
ちょっと長くなりそうなので2部構成にしました(苦笑)
