時が来たのかと思った・・・

正体が暴かれてしまえば、

もうここにはいられないだろう。

全てを隠し通す事が出来るのなら

ここにいてもいいのだろうが・・・

驚くほど自信はなかった・・・










【第三幕 疑惑に盃を交わして】










あれから数か月がいつものように襲撃をかけるだけの日々。

緋村抜刀斎と出会うことは、になかった。

は京都の山奥にある小さな小屋で過ごしていた。

その間も、頭から離れない事がずっとある。

あの日の夜の斎藤とのことだった。

集中力が切れて、刀筋が乱れっぱなしである。

これでは駄目だなと思い、は土方に数日の休みをもらった。

もともと、の親が建てた小屋があったので

そこでしばらく気を落ち着けようとしていた。



さん?」

「あ、総司くん。」

「やっぱり・・・その姿の方が似合いますよ。」


沖田がの小屋を訪ねてきたのは、

そろそろ宿舎に帰ろうかと思っていた頃だった。

普段の男装と違い、は藍色の着物を着て

髪を下に結っていた。


「そうしていると誰も貴女が『』とは思いませんよ、さん」

「と言うか、よく分かりましたね?」

「僕と貴女の仲ですよ?」

そう言って軽く微笑む沖田の顔は少しやつれていた。

「遠縁とはいえ、沖田家と家は親交がありましたからね」

「ほとんど血も繋がっていないのにね」

「今の世にしては珍しいと思いますよ。」

「それより上がったら?」

「そう言ってもらえると思って持ってきたんですよ」

沖田の手には手土産の京菓子があった。









「あれ、荷物・・・ですか?」

「ええ、そろそろ戻ろうかと思っていたから」


お茶を淹れながら、はほほ笑む。

その姿は懐刀としての ではなく

という一人の美しい女性であった。

沖田は不可思議な気分になりながらも口を開く。


「やはりその姿だと、話し方も上品になりますね」

「総司くん!」

「すみません、すみません。」


キッと総司を睨みながら、を握る。

その様子に沖田は慌てて謝る。

はクスクスと笑うと、刀を置いて総司と言葉を交わした。


「で、どうしてここに?」

「実は・・・・」






『沖田くん、ちょっといいか?』

『斎藤さん?』

くんの事なんだが・・・』


ギクリとするが、冷静を装って笑う。


『彼は僕の遠縁の者ですが?』

『・・・それだけか?』

『何かありました?』

『・・・・・先日、共に月見酒をしたのだが・・・』


斎藤はその時の状況を軽く説明する。

自分の手に残っているの感触を思い出しながら。



『その実、俺はは女だと思ったが・・・』

さんがですか?』

『違うか?』


単調直入・・・だが何かの確信を得たように言う斎藤に、

沖田は苦笑しながら答えた。


『本人に聞けばいいと思いますけど?』

『あいつに聞く前に君に聞いてみようと思ったんだよ
それにそう簡単に口を割るとは思えん。』

『それで、僕・・・ですか?』

『ああ。だが、君とは親しいから、
そう簡単に答えはないと思うが・・・』

『はははは、でも【 】は確かに【 男 】ですよ。』





ガタンと湯呑を倒すに、沖田は慌てて手ぬぐいで床を拭く。


「と言う会話があったので・・・貴女が戻る前に知らせておこうと」

「そう・・・なの・・・・」

「どうしますか?」


沖田は姿勢を正してを見た。


「このまま離れますか?それとも・・・」


瞳を閉じ、何やら考えるだったが、

しばらくして瞳を開けた。

その眼は女性らしさを微塵も感じさせない、

紛れもなく男の眼だった。


「・・・” 僕 ”は戻るよ。」


その姿に沖田は苦笑しながら頷くと、立ち上がり戸口へと向かった。

小屋を出る数歩手前で止まると振り返る。


「そうだ、斎藤さんからの伝言です。
【緋村抜刀斎が現れそうだ。戦うのなら早く戻って来い】
だそうです」

「ああ!」











二日後、として宿舎に戻ったは土方と話をしていた。


くん、やっと帰ってきたか」

「土方さん、心配かけました。それにではなく『』です。」

「はははははは、もう『お父さん』は寂しかったぞ?」


ニヤリと笑いながら冗談を発する土方。


「僕にこんな若い父親はいません」

「釣れないなぁ」

「いやだなぁ『お父さん』、の獲物になりますか?」


チャキっと音を立て、を握り、

土方の発言に合わせながらも眼は完全に座っている

冷や汗をかきながら土方は笑った。


「いや、遠慮しておこう。まだ命は惜しいからな。」

「残念です。」


本気なのか嘘なのかよく分からんと言った表情でを見る土方。

そんな土方をよそに、は話を進めた。


「緋村抜刀斎が現れそうだと聞いたので戻ってきました」

「ああ、斎藤くんからの情報か。君はあいつと刃を交えたそうだな」

「ええ」

「で、どう見た?」

「若いくせによくやると」

「君も変わらないが」

「そうですか?」

「ああ、年も若い、それに性別云々を超えて・・・な」

「・・・・・・・・・・・・」


土方はそう言って笑う。

沖田は土方に全てを話していた。

無論、その場にはもいて、それでもなお自分は男として戦いたいと

その胸の内を明かしていた。

初めはただの突っぱねた女として甘く見ていた土方だったが

沖田の推薦と言うこともあり、試しに模擬試合をさせてみた。

いくら沖田が言ったからと言って女に変わりはない。

沖田には本気でやれと言ってやらせてみたが、驚きに目を見開いた。

沖田も手加減しているとは思えない動きをしているのに

剣捌きといい、その動きと言い・・・

沖田・斎藤と並ぶだろうその剣技に。

そしてが自ら出した条件を飲んで、新撰組の懐刀として傍らに置いた。


『どこの隊にも属さない事
自分が女だということを言わない事
自分に最低限しか干渉しない事』


その三つの条件を。

もともとが女だと分かったら他の隊士の士気にも関わる。

だがの剣技は欲しい。

そんな訳でという剣客としてこの場にいることを許されたのだった。


「とにかく、今日はゆっくりして明日にでも話そう。」

「分かりました。では失礼します。」


そう言って部屋を出たに、土方は困った顔をして

誰にも聞こえないように呟いた。


「すっかり女を捨てちまったんだなぁ・・・あの顔は」







宿舎に戻った時間も遅かったので、

すでに辺りは暗くなっていた。


くん、早かったな」

「斎藤さん」

「四、五日で戻ると思っていたのだが・・・」

「すみませんね、十日も留守にして。」


斎藤の嫌味をさらりと言って退ける。

スタスタと斎藤の横を通り過ぎようとしたが、ガシっと斎藤に腕を掴まれた。


「ちょっと・・・いいか」

「僕に何か?」

「ああ、取りあえずここじゃ何だ。俺が借りている部屋に行くぞ」


問答無用だと斎藤の目が言っていた。

は苦笑すると、荷物を置いてくるから宿舎の入り口で待っているように伝えた。

半刻後、は斎藤が待つであろう入口までやってきた。

斎藤は門のところですでに待っていた。


「で、どこに行くんです?」

「今日は晴れているからな、月見酒だ。」


そう言うとさっさと歩きだした。

はただ黙って斎藤の後をついて歩く。

一刻ほどして着いた場所は一軒家だった。


「斎藤さん、ここは?」

「俺が借りている家だ。」

「宿舎にいないのですか?」

「ああ、ま、誰もおらん。入れ」

「では遠慮なく。」


斎藤は家へ入るように促す。

居間に通されたは用意をしてくると言った斎藤の後ろ姿を見送った。

殺風景

そんな言葉が似合う部屋。

しばらくして、斎藤が酒瓶と肴の入った皿を持って帰ってきた。


「これは、貴方が作ったのか?」

「悪いか」

「いや、こんなことも出来るのかと驚いた」

「一人で何でもやるさ、」

「そうなんですか」

「さて、月も出始めた。飲むか?」

「ええ。」


障子は開け放たれ、そこから月が上がってきた。

斎藤とは他愛もない会話をしながら酒を飲む。


「で、抜刀斎は?」

「おそらく次は現れるだろうな」

「根拠は?」

「お前がいない間に得た情報だ。」


そう言いながら袴を脱ぎ、夜着を着て酒を飲む斎藤の姿に

ではなく、の胸が高まる。

大人の色香というかそう言ったものを斎藤に感じた。

頭の中で苦笑すると、も酒を飲みほした。

二刻ほど飲み続けただろうか。

いつもよりも早い時間で酒瓶を開けていく。

すでに一升半は飲んだだろう。

ふと斎藤を見ると、真摯な眼差しで自分を見ていた。


「斎藤さん、何です?何か顔についていますか?」

「・・・・・・・・・・・


そう名前を呼ばれてドキリとする。

刹那、斎藤はを組み敷いた。

勢いで結い紐が取れ、ハラリと畳に広がるの長髪。


「なっ、何を!」

「・・・・お前、女だな?」

「酔っているのか!?」

「・・・阿呆、お前ほど飲んではいない。

「男を組み敷いて何が楽しいんだ!」

「・・・あの時から思っていたが・・・」

「?」


斎藤が言うあの時とは、恐らく初めて酒を酌み交わした日のことだろう。


「全く、何を言っているんだ!」

「動揺しているのが分かる。お前の鼓動が速い」


斎藤は掴んだの両手首から感じる鼓動が

一段と速くなっているのを感じて言う。


「・・・・・正直に言うならこの手を放そう」

「正直もなにも事実だ!」

「そうか・・・言わぬのなら・・・・」

「・・・・・言わぬのなら?」


斎藤は己の下に組み敷いてもなお余裕の表情を見せるを見る。



ドクン


斎藤の心臓が高鳴る。

上目使い、赤い唇、そして何もかも見透かされそうな瞳。

一瞬、斎藤の腕の力が弱まる。

その隙を逃すではなく、するりと斎藤の下から抜け出す。


「仮に、僕が女だとして、貴方は僕に何を望む?」

「!!」


その言葉に斎藤は考えた。


の言うとおりだ。こいつが女だとして俺は何を望んでいる?)


「女が欲しけりゃ色街にでも行けよ!」

そう言い放つと、は斎藤の家を後にした。




「土方さんに相談でもするか・・・」



宿舎への帰り道、はそう呟いた。






      

(2009/04/01 UP)