とにかく逃れたかった
あの金色の狼の眼から
執拗に追いかけてくるような気がして
まるで獲物になっていた
【第四幕 乱れ華に月光を】
「で?お前さんはどうしたいんだい?」
新撰組の宿舎にて、土方とは話を進める。
「どうしたいもこうしたいも・・・僕はここにいたいのですが・・・」
「問題はあいつか・・・」
そう言って目の前の茶菓子を頬張る土方。
は苦笑しながら、茶をすする。
「はい・・・・と言う訳で、ここから去りたいと思うのですが」
「そうか・・・」
「人に詮索されるのが嫌で隠して頂いていたのですが・・・」
「その後は?」
「そうですね・・・実家に戻ってもまたどうせ戦いの中に戻るだろうし・・・
知り合いの料亭にでも行こうと思います。」
「惜しい人材なんだがな・・・で、いつだ?」
「次に抜刀斎と対決した時に・・・」
「分かった。・・・・とでも言うと思ったか?」
「・・・・・・いえ、貴方の事ですから、
組長たちくらいまで僕の性別はすでに知らせてあるのでしょう?
もちろん他言無用ということにして・・・」
手配に抜かりのない所がまた土方らしい。
は苦笑して土方を見ると、彼は少年らしい笑顔でこちらを向いていた。
「ああ、だが君はあくまで新撰組の懐刀【】。
そして全てを知ってもなお君を必要としている。
強さも承知しているからまず君に手を出すものはいないだろう?」
「・・・・・あの人以外は・・・ですけどね」
「斎藤か・・・ま、取り敢えずは大丈夫だろう。」
「だといいですが・・・」
「君の力は本物だ。だから君が女と知っても他の隊士も君に従うさ。」
「はぁ・・・」
「まぁ、私としては君が何故そこまで強いのかを知りたいのだが?」
「・・・・・僕・・・いえ私の家は代々武家。
女子供関係なく武芸に秀でているのです。」
「武家の家・・・どこかで聞いた事があると思っていたが・・・」
「武家の中では武技学問優秀で有名ですからね。」
「そうか!あの家か!そしてその現当主が君と言うわけか。
だが、あそこの当主は男子と認識していたが・・・」
「家の当主は先祖代々剣の腕で決まります。
真剣による試合。勝てば当主、負ければ死か従者。
双子の兄が当主だったのですが、抜刀斎に殺されました。」
「で、その兄が死んだから家督を継いだと言うことか?」
「厳密に言うならば、私の方が強かったのですよ。
さすがに兄は武技より学問に秀でていましたから。
ですが私は兄を差し置いてまで当主にはなりたくなかったので。」
そう言っては笑うと、を見た。
「たまたま私は修業がてら山小屋に籠っていたので
・・・帰ってきたら惨殺の現場。
兄も、兄の子も員殺されていました。
・・・ま、その妻は私が帰ったのを見届けて自害しました。」
「!!」
「義姉上は維新志士の手の者でしたから。
・・・ですが本当に兄を慕っていたのでしょうね。
こんな世の中を早く終わらせて欲しいと言い遺して・・・」
「それが君が剣を振るう理由か・・・。それだけか?」
「・・・・・はい。」
「ま、頑張ってここでその世を終わらせようぜ。」
土方とそう会話をし、は部屋を出た。
2日後の満月の夜に維新志士を襲撃するという指令が出た。
はその夜、自室で愛刀の手入れをする。
「・・・・・・・愛する人を裏切らない世を作って・・・か」
ふと小さく口にしたのは兄の嫁が最後に残した言葉。
同時に目の前の蝋燭の炎と自身の髪が揺れる。
振り返るとそこに斎藤の姿があった。
「・・・・」
無言で立っている斎藤にいつもの笑みを浮かべて
は部屋に入るように勧める。
「どうしたのですか?」
「いや・・・」
「そうだ・・・先日の事は申し訳ないと思っています。
やはり私は相当酔っていたようです」
そう言いながらは斎藤にお茶を出した。
一人称が『僕』から『私』に変わっているだけで、
外見も気も何も変わらない。
斎藤は出されたお茶を飲みながら
自分の前に座るを見る。
(こうしていると・・・男なんだが)
今日、土方から各組長のみに伝えられた事実。
『は、女性である。
が、君たちも知っていると思うが、武技学問で有名な、
かの家の現当主である。
それを踏まえた上で、新撰組として助力を乞うた。
以後、変わらず誠の旗元に戦って頂く。
ただし、今後も余計な詮索は無用。
この事実は君たちだけの胸に留めておいてくれ。』
驚きよりやはりと言った感じである。
同時に先日のことが頭を過り、
取りあえず様子を見ようとやってきたのだった。
「いや・・・・・俺も酔っていた。」
「ならばお互い様です。」
「明後日か・・・」
「そうですね」
「・・・・・・・先ほど何か言っていなかったか?」
「何をです?」
「いや、ちょうどここを通りかかった時に何か聞こえたんだが」
「気のせいでしょう。」
はまた視線を愛刀へと向ける。
斎藤はその姿を見ると、すっと立ち上がった。
「馳走になったな」
「いえいえ。」
「明後日は俺も行く。」
「そうですか」
「抜刀斎の首、俺が捕る。」
「早い者勝ちです。」
お互い笑うとそのまま別れを告げた。
「抜刀斎・・・」
無事に目的を果たした斎藤とは
ふと気配を感じ、他の隊士達を帰した後にその場に留まる。
満月の灯りの中、人斬り抜刀斎が立ち塞がっていた。
「貴様か・・・斎藤一・・・それにと言ったか・・・」
ギンと剣気が二人を襲う。
「・・・・・・フン」
「・・・・・・・・斎藤さん。」
視線をそらすことなく、が斎藤に話しかける。
斎藤はやれやれと言った顔で今にも抜刀しそうだった手を
刀から離した。
それに口角を少し釣り上げて笑うと、は一歩前へとでる。
「・・・・今度は殺す」
「・・・・それはこちらの台詞だ・・・ 」
そう言うと緋村は高く跳びあがる。
「龍槌閃か!!」
も同じく跳ぶと、屋根を軽く蹴る。
「!!」
「貴様より高く跳べば何の問題もないだろう?」
そのまま空中で剣が交わる。
緋村とは剣を交えたまま地に降りると
お互い後ろに飛び戻る。
「・・・・・一度見たら二度目はない。そう教えてもらわなかったか?」
「・・・・・・そうだな。」
「そう言えば、まだ僕の抜刀術を見せてなかった。」
はパチンと音を立てて納刀すると、緋村を睨みつける。
緋村もまた抜刀の構えでいる。
一陣の風が花びらを二人の間に運んできた。
パァァン
二人の剣気が花びらを散らせた瞬間
「飛天御剣流 龍巣閃!!」
駿足の抜刀
それを交わすに斎藤はほぉっと目を細めた。
「・・・ちっ!」
数か所に切り傷。
羽織が数か所破れ、そこから血が流れ出す。
「・・・・・・・俺の技をかわすか・・・」
「駿足の抜刀術。
全てかわしきれないのはまだまだ精進が足りないな」
そう言ってニヤリと笑うに、緋村は相変わらずの顔をしている。
「お礼に僕の技を見せてあげるよ。」
「貴様の技か・・・面白い。」
「古剣流 千月華!!!!」
「!!!!!」
斎藤も初めて見るの技。
はの鞘を緋村に回転させながら投げつける。
それを剣で弾き飛ばした瞬間驚いた。
はすっと緋村の下から剣を振り上げ攻撃をする。
間髪避けたと思った緋村だったが、次の瞬間にはの剣は
緋村の右わき腹へと伸びていた。
それも避けるがそのまま、またの剣は振り上げられていた。
「ぐっ!」
「突きだけが攻撃じゃないだろう?緋村抜刀斎?」
ピィィィィィィィィィ
笛の音が聞こえた。
緋村は剣を納めると暗闇へと消えた。
「・・・・・」
「・・・・・!」
一瞬、の体がユラリと揺れた。
それを斎藤は見逃さなかった。
バッと地を蹴り、の背に手を延べる。
そのままは斎藤の腕の中へと倒れこんだ。
ヌルリと斎藤の手が何かで濡れる。
「・・・・・背中か」
「・・・・・いや、肩。少し傷が開いた・・・」
「・・・・あれがお前の剣技か。」
「ええ。」
「大したもんだな・・・」
「あれは家では最初に覚えるものです。」
「そうか」
「はい」
「ま、今回も俺の出番はなしか」
「次回はお願いします。いい加減、傷治したい」
「そうしろ」
「さ、斎藤さん」
「何だ」
「まさかこのまま帰るわけじゃ・・・」
「先ほど、お前の体が倒れたのは貧血だろう?」
「・・・・・」
「あんな速いやつやれば今の体じゃ負担そのものだ。
ま、今は大人しくしてって・・・おい」
斎藤はを抱きかかえながら歩く。
は眼を閉じていた。
貧血で気を失っていたようだ。
月光に照らされたの顔に見とれる。
(俺もまだまだ・・・だな)
斎藤は心中でそう呟くと足を宿舎ではなく、自分の家へと向けた。
(2009/04/03 UP)