気がつけば暖かな感触

よく知っている香り

どこか心落ち着ける・・・

それを頭が否定していても心は肯定していた。







【第五幕 華に酔い、眠りに落ちる】







自分の家へとを連れ帰った斎藤は、

手際よく傷の手当をするために薬と包帯を用意する。

ぐったりと眼を閉じているを横目に、

自分の手にある包帯を見つめる。


(・・・・・・・・・・・・仕方なくだ。)


そう心で呟くと、斎藤は意を決したように、

の羽織に手をかけた。


「う・・・ん・・・・・」


体を揺らされ、の口から声が漏れる。


「気がついたのか?」

「・・・・・・・・・・・」


斎藤はその声を聞き、一瞬躊躇するが、返事がないことを確認すると

またその手を動かし始めた。


「っ・・・・・・」


ゴクリと思わず喉がなる。

細いうなじ、色白の肌、少し開いた唇。

よく見ればわずかに震える長い睫毛。

さらしを巻いているとは言え、その体は女そのもの。

妙に色香を感じてしまう。

斎藤は自分の中の男が女としてのに欲情していると感じ苦笑した。


「・・・・・・・・・少し痛むかもしれんが我慢しろ」


その感情を打ち消すように、斎藤は気を失っているに言うと、

手に持っている薬をつけ始めた。


「うっ・・・ぁ・・・・・」


意識がなくても痛みを感じたのだろうか。

の口から苦痛の声が漏れる。

斎藤はただ黙々と傷の手当をしていった。

血止めの薬を塗りこみ、新しい包帯を巻く。

出血量が多かったのは傷口が開いたのと、その傷とほぼ同じ場所に

新たな刀傷が出来ていたせいだった。

斎藤は処置を済ませると、押入れの中からには大きいだろう

夜着を取り出し、の袖に通した。


「・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・冷たいな」


布団をかける時に触れたの手は冷え切っていた。

斎藤はの額にも手を当ててみる。

熱はないが、やはり冷え切っている。


「まぁ、あれだけ出血していれば当然か・・・」


斎藤の視線は先ほどまで着ていた羽織に行く。

が来ていた羽織はもちろん、

斎藤の羽織まで赤く染まっていた。

斎藤は自分も着替えると、しばらくはの横で酒を飲んでいた。

そしてもう一度の額に手をやるが一向に熱は戻らない。

斎藤は少し考えると、の隣に横になった。


「・・・・・・起きたら殺されるか・・・」


斎藤は自分の腕を枕にして眠るを見て呟く。

貧血のせいか、体が冷えていたので仕方なくだと

自分にしてはつまらん言い訳だなと考えながらも、

それは自分自身にも言えるなと苦笑して目を閉じた。
















チュン・・・・チュン・・・・。




「う・・・ん?」


は雀の鳴く声で目が覚める。

と同時に覚えた違和感。

自分が今置かれている状況を把握しようと

寝ぼけた頭をフル回転させる。

頭の下には逞しい腕の温もり。

眼の前には見覚えのない・・だが筋肉質の胸板。

そして知っている香りと頭の上から聞こえる声・・・


「・・・目が覚めたか?」

「さっ斎藤さん!?・・・・あ!!・・・・いっ!!!」

「そんなに勢いよく起きりゃ痛むだろうが」


その様子を斎藤は見ながらゆっくりと起き上がる。

自分が斎藤に抱かれて眠っていた事実に驚き、

起き上がるが、肩の痛みで顔をしかめる。


「なっ・・・どっ・・・あぁ!?」

「少し落ち着け。」


目が点になっているを見て、内心笑う斎藤だったが、

どうじにこんな姿を見たのは俺だけかという感情も現れる。


「お前、昨日貧血でぶっ倒れたのは覚えているか?」

「はい・・・・」

「で、俺が抱き上げたのは?」

「それも覚えています。」

「途中で意識を失っていたから、取り敢えずここに連れてきて手当をしたんだよ」

「はぁ・・・・」

「だがな、あまりにもお前が冷え切って震えていたから俺の肌で温めただけだ。」

「はっだっ・・・肌ぁぁ!?」

「安心しろ、お前みたいなネンネに俺の触手は動かん。」


ニヤリと笑って斎藤は言う。

そんな斎藤を見て、はしてやられたりといった顔をしていた。

そして・・・・


「子供とかそんな問題じゃない!!!!
安心も何も普通驚くだろうが!!!!!!!!!!」


















「あれ?斎藤さん、その顔どうしたんです?」


宿舎に帰って斎藤は沖田に尋ねられた。

斎藤の左頬は真っ赤に腫れ上がっていた。


「いや、仔狼にやられた」

「はははははは、さんですか」

「・・・・・・ああ」


ぶっきらぼうに斎藤は答えると、沖田はニヤっと妖しい笑みを浮かべる。


「斎藤さん、もしかして?」

「・・・んな訳ないだろう。」

「でも昨日、お二人とも帰ってきませんでしたよ?」

「ああ、俺の家にいたからな」

「やっぱり・・・・」


フフフと口に手をやり笑う沖田に斎藤はコツンと頭を刀で叩く。

沖田は叩かれた場所を擦りながらもまだ笑っていた。



「あの阿呆の傷が開いてここまで持たんかったから
取り敢えず家で手当をしただけだ。」

「それだけですか?」

「それだけだ。」

「じゃあこれは?」

「朝あいつ起きてやられた。」

「じゃぁやっぱり!」

「何もしてない。ただ、冷え切っていたから添い寝をしたくらいだけだ。」

「ああ、それで・・・」


斎藤がいくら女だからといって、余程気に入っていないと

そんな事はしないと沖田は知っていた。

斎藤が・・・の事を少なくとも想っているのだと沖田にはすぐに分かった。


「全く・・・あんな奴に触手は動かんよ」

「僕の部屋に行きます?目覚めにお茶でも出しますよ?」

「いや、少し寝る。昨夜は寝てないんでね」


そう言うと自分に宛がわれた部屋へと歩いて行った。


(斎藤さん、貴方も大変な人に惚れましたね)


斎藤の後ろ姿を見ながら沖田は苦笑した。

入れ違いにが沖田と会う。


さん、あれれ?手どうしたんです?」


の腫れた右手を見て、理由を知っていながらも沖田は尋ねた。

ニヤけている沖田に対し、は知っているくせにと思いながら答えた。


「馬鹿狼を殴った」

「あはははは、馬鹿狼だなんて、斎藤さんが可哀想ですよ?」

「馬鹿は馬鹿だ!」

「ま、いいじゃないですか。何もなかったんでしょ?」

「う・・・・そりゃそうだけど。」

「・・・・・ねぇ、さん。」


ふと沖田がではなくと呼ぶ。

いくら女だからと分かっていても、ここで呼ぶかとは思ったが

先ほどと違う沖田の目に黙っていた。


「総司くん?」

「僕は貴女には幸せになって欲しいんですよ。」

「何を急に言うの?」

「・・・・ま、僕の勘違いだったら謝りますけど。
きっと貴女と斎藤さんはお似合いですよ。」

「総司くん!!!!」

「あははははは、じゃ僕は土方さんに呼ばれているんで。
それから目が充血し始めてますよ。少し眠ったらどうです?」

「言われなくても今から寝る。」

「はははは、ではおやすみなさい。」


そう言って沖田はをその場に残して離れていった。

はと言うと、総司の言葉に驚きを隠せないままでいた。


(何を言っているんだろう!私が斎藤さんとお似合い?冗談は程々ににしてよ)


そう考えながら、昨夜の事を思い出す。

本当は夜中に一度気がついたのだ。

でも瞳を開けることはできなかった。

自分に注がれる視線が、あまりにも熱を帯びていて。

そしてその視線を送る人物が斎藤と分かって尚更だった。

その視線があまりにも心地よく感じ、

また嬉しいような恥ずかしいような感情が出てきてしまい、

そんな感覚を持ったのも初めてだった。

この感覚・感情が何か分からず戸惑う自分にどうしていいか分からず、ただ、

それを否定しなければと考えていたせいでゆっくり眠れはしなかったのだ。


「・・・・・・酔ったか・・・・」


はそう呟き苦笑すると部屋へと足を運んだ。











「ふぅ・・・・」


ゴロンと横になる斎藤は天井を見ながら考えた。

結局、昨夜は一睡も出来なかった。

規則正しく寝息を立てるに対し、

斎藤は妙に目が冴えて眠れなかった。


(・・・立派な女だぞ・・・あれは・・・・)



自分がを見ている視線が明らかに

今までと違っていたという事は自覚していた。

それが愛しいとか守ってやりたいとかそういう類の感情に近いものだと

分かった時点で、斎藤はすっかり目が覚めてしまっていた。

そう考えながら斎藤は目を閉じて眠りにつこうとした。

瞼の裏には、昨夜のの姿がはっきりと焼き付いていた。


(・・・・俺とした事が・・・酔ったか・・・・)


斎藤は苦笑しながら訪れた睡魔に身を委ねた。






      

(2009/04/04 UP)