あれからしばらくは何もなかった。

彼と会うのはいつも戦場。

そして・・・

別れと思える戦いが今始まろうとしていた。







【第六幕 約束と言う名の結紐】







「1月3日を目途に・・・ですか」

「ああ。まぁ、世は新年とは言うが我らには関係のない事。」

「そうですね、年末も血塗れでしたし。」


珍しくは土方・近藤の両名から呼び出されていた。

目の前には黙って座っている土方と、少しの頬笑みを称えた近藤がいた。


「これで・・・最後・・・と言う事でいいで「君の仕事はこれが最後だ。」


次の戦いで全てが終わる。

そうすればここからも抜けられる。

だが・・・


「だが、我々にとっても最後の戦い。もしかしたら君にとっても・・・」

「近藤さん、ご心配ありがとうございます。でも私より他の皆の心配をして下さい。
私は表向きは新撰組ですが、事実は違いますから。」

くん、変わったな」


いつもを見ている土方はそう言うと、は苦笑した。


「今は・・・『 』という女を捨て、ただ『 』という男として生きると決めたので。」


それだけ言うとはすっと立ち上がり、部屋を後にした。













「斎藤さん、いいですか?」

「ああ、沖田くん」


沖田は斎藤の部屋を訪れた。

斎藤はと言うと酒を呑みながら、刀に何かを付けている最中だった。

そしてそれと同じものがもう一つ机の上に置いてあった。


「もう呑んでるんですか?」

「ああ。」

「あれ、斎藤さんが飾りなんて珍しい。」

「・・・・・・」

「もしかして、揃いのそれはさんに?」

「・・・・・・・・沖田くん」

「いやだなぁ、斎藤さんも隅に置けないな」


ニヤけながら斎藤の軽く肩を叩く。

この男は目敏いというか、何と言うか。

斎藤にとってこういう部分が苦手な所だった。

そう思いながらも斎藤は沖田に茶を淹れて渡した。


「ま、僕としては斎藤さんとさんはお似合いだと思いますよ?」

「・・・・・・・・」

「でもさん、素直じゃない上に色々と背負ってるから・・・」

「・・・見ていれば分かる。」


斎藤の中での存在がかなり大きくなってきていた事を沖田はとっくに知っていた。

同じ戦場で戦う時など、の事をいつも眼で追っていた程だ。

いつになったら打ち明けるのだろうと、ある意味親のような気持ちで斎藤を見ていたのだった。

の性格からして、今まで色事など興味もなければ、ただ邪魔にしかならないだろう。

しかし、そろそろ彼女にも支えが必要になってきていると感じていた。

それは今まで自分がやっていたこと。

だが・・・


「もう、僕にもあまり時間がないから・・・」

「沖田くん?」

「・・・斎藤さんならさんを任せられるかなって思ってるんですよ」

「何を言っている」

「いえいえ、さんは強いですよ。確かに。でもたまには愚痴を聞いたりする相手が必要でしょ?」

「今まで通り君がすればいい。」

「そうですね、でも僕がいなくなったら斎藤さんにお願いしようと思って。
ですから、彼女の事を今から全てお話します。」


そう言うと沖田はゆっくりと話し始めた。

その内容はさすがの斎藤も驚くものだった。


「元々、家は武芸学問の家という事はすでに承知ですよね。
そして家督は長男が継ぐと言うことも。」

「ああ。」

「ですが・・・もう一つの顔もあるんですよ」

「もう一つ?」

「・・・・裏稼業は暗殺。ま、このご時世ですから名の知れた家なら暗殺業は至極当たり前ですね。」

「!!」

さんは女でありながらその素質を先代当主に見出され、
表は双子の兄上が当主と言うことになっていました。
が、さんが事実上当主だったのです。」

「・・・それは初耳だ。」

「でしょうね。普通、当主なんて一人がするんですから。
でも兄上は暗殺には向いていなかった。
だからさんはその素質を買われ役目が回ってきたということです。
齢十二歳の時にね」

「・・・・・・十二だと!?」

「実はその頃に先代が亡くなったのですよ。
家は分家があっても本家しか後継者にはなれない。
それに異を唱える者もいましたが、結局、本家の武技より秀出る者はいなかったそうです。
本家、しかも代々当主にしか伝えられない技もあるみたいで。」

「それがあの俊足の抜刀術か。」

「いえいえ、あれは分家でも普通らしいですよ。」

「・・・あれが普通か。」

「中でも最速が彼女です。
出来るようになったのは五、六歳くらいだと聞いています。」

「まさに天賦の才と言ったやつだな。」


斎藤はそう言いながら酒を呑んだ。

沖田もお茶を飲みながら話を続ける。


「表家は兄上が、そして裏家はさんが継ぐようにと言い遺されて。
それから彼女は己の感情を殺し続け、殺人剣を振い続けました。
彼女を幼い時から知っている僕は彼女の支えになるように先代に言われたんですよ。」

「そうか・・・では君らは許婚と言ったところか?」

「いえいえ、僕と彼女は本当に遠い親戚なだけです。
ただ、幼子の時から一緒に遊んでいたという理由で。
今はあんな風にしていますが、本当の彼女は僕も知りません。」


沖田は少し寂しそうな表情をして言った。


「でも、本当に斎藤さんと一緒にいる時のさんは少なくとも楽しそうです。
だから、僕の役目は斎藤さんにお願「断る」


斎藤はニヤリと笑いながら沖田の言葉を遮った。


「君は君の役目をすればいい。俺は俺のやり方でやらせてもらう」

「そうですね、それが斎藤さんらしい」

「それに心配しなくとも、もう酔ってるかもしれんからな」

「それは酒にですか?それとも?」

「・・・・どちらもだ。」

その言葉を発するとスタスタと部屋を出て行った。


(後は任せましたよ、斎藤さん。どうか・・・さんをお願いします。)


沖田も苦笑すると部屋を出て自室へと戻っていった。



















「嫌な予感がするなぁ」

夜に一人縁側で酒を飲みながらは---は呟いた。

今までに何度も大きな戦いの中に身を置かざるを得なかったが

一度たりともこんな感覚が生まれたことはなかった。


「最後・・・そんな言葉を聞いたせいか?」


の刀身を見つめた。

代々受け継がれてきた刀。

家当主のみが持つことの許された刀。

そして・・・大勢の血を吸い続けて来た刀。

ふとは剣先を障子へと向けた。


「いい加減、出てきたらどうです?斎藤さん。」

「気配は消していたのだが・・・」


すぅっと障子が開いた。


「覗き見とは趣味が悪いですよ」

「覗く気などないが?」

「本当にいつもいつも私がここで呑んでいると現れますね」

「余程気が合うらしいな」

「困ったものだ」

「隣・・・空いてるか?」

「この様子を見て誰か他にいると思いますか?」


は自分の隣を指さしながら苦笑する。

御猪口が二つ、酒瓶が五つ

一つは酒が注がれていたが、もう一つはお盆の上に引っくり返ったままだった。

まるで斎藤が来ることが分かっていたかのようだった。


「二つあるじゃないか」

「貴方が来るかもしれないと思ったからです。」

「ほぉ、気が利くじゃないか」

「まさか。もし来られた時に一々厨房に取りに行くのが面倒なだけです。」

「・・・そうか」


そう言って御猪口を斎藤に渡すと斎藤はそれを受取りながら

の隣へと腰掛ける。


「・・・・・・・・」

「・・・・・・・・」


ただ二人で月を眺めていた。

季節はまだまだ寒い。

雪の積もった中庭の椿を見つめながら、斎藤が口を開いた。


「今度の戦・・・」

「ああ、あれですか」

「勝つか?」

「さぁ、負けるかもしれませんねぇ」


は月を仰いだまま、ぐいっと酒を飲み込む。

そんなを横目で見ながらも、斎藤は同じように酒を呑み込んだ。


「なぁ、くん。」

「何です?」

「全てが終わったらどうするんだ?」

「終わったら・・・ですか?・・・そうですね・・・」


しばらく考えた後に、は笑いながら答えた。


「ま、その時世が平和なら流浪人でもしてみようかと思います」

「そうか・・・」

「斎藤さんは?」

「どんな世でも俺の信念は変わらん」

「悪・即・斬ですか」

「ああ。」

「斎藤さんらしいですね。」

「・・・・・・・

「はい?」

「お守りだ、取っとけ」


斎藤は懐から蒼い結び紐を取り出した。

斎藤が選んだのであろう。

紐留めの部分には桜と月があしらわれた飾りがついていた。

「これは?」

「刀にでもつけておけ。」

「いや、だから・・・」

「・・・・・・黙ってつけておけ」


チラリと斎藤の隣を見る。

斎藤の刀にも同じ色・同じ飾りの結び紐がついていた。


「貴方とお揃いとは・・・って斎藤さん!?」

「・・・・俺とした事がどうやら本当に酔ってしまったみだいだな。」


いつにもなく目を開いてじっとこちらを見る斎藤に、

はドクっと心臓が高鳴った。

その金色の視線はあの夜と同じ熱を帯びていて、

恋い焦がれているような視線。

徐々に近づく斎藤を放そうと、は少し後ずさる。


「さっ・・・斎藤さ「・・・・・・五月蠅い」


カランと音を立てて、は両手を後ろについた。


「・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・」


触れた唇がやたら冷たく感じた斎藤。

逆にその唇が熱く感じた

しばらくして二人は離れる。


「・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・いつからお前に酔っていたのか」

「・・・・・・・斎藤さん、今の・・・・」

「・・・・・・・・この戦いが終わったら俺と来るか?」

「えっ?」

「・・・・・・阿呆」

「阿呆って意味が分からなっ!?」


ただ感じたのは力強く自分の体を抱きしめる腕の温もり。

は固まったままの状態だった。

そんな状態に斎藤は苦笑しながらも言葉を発した。


「・・・・俺の隣で・・・・暮せ」

「・・・・・・・・・・・っ・・・・・」

「無言は肯定と取らせてもらうぞ?」

「なっ、何て身勝手な!!」

「なら答えろ」

「・・・・・・・・・・・・」


しばらく考えて、は答えた。


「その時にこの結い紐が二人の手にあったら答えると約束します。」

「・・・・ああ。」


その時に見せた笑顔は今までのとは違い、

優しい女の笑みだった。






      

(2009/04/05 UP)