仲間の断末魔の声。

降りかかる土砂。

轟音の中、必死にその姿を探した。

そしてかすかに聞こえた声。










【第七幕 再会は絶望にも似て・・・】







「・・・!・・・斎藤!」


ハッとして前を見る。

目の前には川路が資料を差し出していた。

斎藤一はその資料を受取りながら偽の笑顔で答えた。


「ああ、すみません。」

「君らしくもない。」

「この季節は苦手なもので。」

「君が冗談を言うとは驚きだ。それより、例の件だが・・・」

「分かっていますよ、渋海の件でしょう?」

「ああ、それと・・・」

「緋村抜刀斎の力量・・・」

「頼んだぞ。」

「分かりました」


手短に答えると斎藤は部屋を出た。

帯刀した斎藤が警視庁を出ていく。

あれから十年。時代は明治へと移った。

最近思い出すあの声。


『生きてまた会おう!』


戦いの後、仲間の死骸を見て回ったが結局見つからなかった。

見つからないと言う事はどこかで生きているのだろうと。

探そうとも思ったが、すぐに密偵として警視庁に勤め始めた。

斎藤は一度、空を見上げる。


「・・・・・・・」


無言のまま一度帰宅すると、斎藤は奥の間へと着替えに向かう。

警官服を脱ぎ、袴を穿く。

背中に仕込杖を入れ、[傘に丸印]の入った薬箱を背負うと

目的の場所へと向かった。










「ちわーっ!」


門には神谷道場の看板。

入口を入ると、道場の入口に座る男を見つける。

斎藤は笑顔のまま、その男に近付いて行った。


「あん?何だおめぇ?」

「はい・・・初めまして。私、石田散薬という妙薬を扱っている多摩の薬売りで『藤田五郎』と申します」


にこりと笑いながら、薬箱を下ろす。

そして中身を出しながら、目の前の男・・・相楽左之助へと視線をやる。


「どうです?この石田散薬は打ち身、骨折に実によく効いて・・・」

「待った待った。俺はここの者じゃねぇーよ。ここの者は留守だぜ、みんな」

「あ・・・そうなんですか。それは残念」

「おい、あんた」

「はい?」

「どうでもいいけど、あんた随分細い目してんなぁ」

「はは、この目は生まれつきなもんで」

「そうかい、じゃあ!」


バシッ


左之助が藤田の手を取る。


「薬売りには全然似合ねぇこの竹刀ダコ。これは生まれつきじゃねぇよなぁ?」


鋭い視線で左之助は藤田を睨む。

しばし黙っていたが、目を開き、今までの笑みとは違う冷たい笑みで左之助を見る。


「なかなか鋭い男なんですね、相楽左之助君。」


バッと左之助が離れる。


「そうか、抜刀斎は留守か・・・それじゃあ。置き土産をしなくてはね」


背中から仕込み刀をするりと出しながら藤田は答える。

左之助はじっと藤田を見ながら、やや冷や汗をかく。


「・・・そんなもん隠し持つたぁ・・・てめぇ最初から闘るつもりできやがったな・・・」

「いいだろうよ!!受けて立つぜ!てめぇの正体はこの拳で聞いてやる!っらぁ!!!」


左之助の拳が藤田の左頬に直撃するが、藤田はニヤリと笑って、刀を構える。


「成程、ケンカ一番と称されるだけあって、いい拳打をしている。だが・・・
それも明治という太平の世での話す。幕末の京都に於いてはこの程度の拳打は全く通用しない」


その台詞を言い終わると同時に、藤田の刀は左之助の右肩を貫いていた。


「仕込み杖は携帯には便利だが、強度がまるで玩具だな・・・」


そんな言葉を発しながら道場を去ろうとするが、左之助はまだ立ち上がり、藤田へと挑む。

が・・・・・

藤田は斎藤の右手を掴むと、顔面に手を押し付け床へと叩きつけた。

道場へと帰って来た剣心達は驚いた。

壊された道場、そして・・・


「左之助!」


道場で血まみれで倒れている左之助を見て、薫はすぐに恵を呼ぶ。

恵の懸命は手当で、左之助は一命を取り留めた。

そして剣心は道場での戦跡と折れた刀、そして左之助の傷からある男の存在を感じていた。









藤田…斎藤はその頃、渋海との会合に顔を出していた。

神谷道場へ行ったこと、抜刀斎は留守だったこと

ほぼ全てを話していた。


「さて、仕事の話はここまでにして、今夜は存分に楽しもう」


パンパンと手を叩く。

斎藤は二コリと笑いながら断りの言葉を発した。

店を後にし、斎藤は自宅へと向かう。

その最中、目の前に人だかりができていた。

斎藤は見て見ぬふりをしようとしたが、今の姿からそうもいかず、

その人だかりの中へと割り込んでいった。


「何の騒ぎだ」


近くにいた男に話しかける。


「あん?」

「やめて!離してください!」

「!!!」


その声に斎藤の動きは止まる。

斎藤の姿を男はギンと睨みつける。

そして斎藤が見た光景。


「・・・・


それは十年前と対して変わらない姿。

十年前に魅了された姿とまるで同じ。

腰飾りにしている飾り紐は見間違う事などない・・・斎藤の刀についている物と同じだった。

他にはない、斎藤が特別に造らせたもの。

それを持つのはこの世で斎藤との二人だけのはず。

斎藤は小さくその名を呼ぶと、女の側でたかっている男たちに

チャキっと刀を抜いて鼻先に突き付けた。


「俺の前でよくそんな事ができるな」

「げ、サツかよ!」

「逃げろ!」


呆気なく男たちは散らばる。

周りにいた連中もすぐに去った。


「あ、ありがとう・・ございます」


女は礼儀正しく斎藤にお辞儀をする。


「何をやってる。お前、いったい今までどこで何をしていたんだ!」

「?」

「ま、それはいいとして。あんな雑魚何ぞに遊ばれやがっ・・・・て・・・?」


ふと斎藤は女の様子がおかしい事に気がつく。


「・・・・・?」

「?」


斎藤の言葉の意味を理解できないのか、女は首を傾げる。


「・・・・・お前、名は?」


何かに気付き斎藤は名を訪ねた。


「わ、私はです。貴方は?」

「・・・・・・・・・」


その言葉に斎藤は絶句した。

が、すぐに我に返ると、目を細めながら答えた。


「俺はこの町の警官だ。」

「そうですか、本当にありがとうございます。」


まるで自分の事など知らないような言い草。

同時に襲いかかる何とも言えない感情。

空にはあの日と同じ、満月が輝いていた。

斎藤は警官としてと名乗る女に向かって話しかけた。


「・・・・・か・・・他人の空似だったようだ。」

「いえ、本当に助けて頂いてありがとうございました。」

「いや、構わない。・・・・それより家はどこだ?」

「あの・・・私、ここの人間ではないのです。京都から来たので」

「京都・・・か・・・」

「はい。旅行に・・・。でも今夜は遅いので、宿を探していたのですが・・・」

「あいつらに絡まれたってわけか・・・」

「ええ。」


は困ったような顔をして笑う。

斎藤は何を思ったのか、取り敢えず付いて来いと言うと

を連れてある場所へと向かった。

斎藤すら気付かずその様子を遠く見ている者がいた・・・。


(クスクスクス・・・それでいいんですよ。さて、と。僕はあの方の元へ行きますか)












「ここは?」

「俺の家だ。」

「えっ!?」

「今から宿は見つからん。」

「そうですよね、もう夜中ですから・・・でも警官さんのご迷惑にならないのですか?」

「俺は一人者だし、ほとんどここにはいないからな。宿代が浮いていいだろう」


斎藤は内心何を言っているのか自分でも分からなかった。

ただ、このをほっとくということは出来なかった。

どうしてもこの女がに思えてならなかった。

斎藤は客間にを通すと茶を淹れて話をした。


「・・・記憶がない?」

「どうもそうみたいです。」

「・・・・・・・」

「今までの私の事が全く思い出すことが出来ないのです。
今まで何をしてきたのか・・・このと言う名前も半年ほど前に付けて頂いたものです。」


記憶がないということはである可能性が高くなった。

自分の勘は間違いではないかもしれない。

斎藤は内心そう思うと、に尋ねる。


「・・・・・、お前、剣術が出来るか?」


は苦笑しながら答えた。


「私を助けてくれた人も私は刀を扱っていたと言っていましたが・・・」


何分記憶がないからさっぱりですとは寂しげに笑った。

斎藤は腰の結い紐の事を尋ねてみようとも思ったが、

時計を見ればもう深夜二時を回ろうとしていた為、

寝床を用意してやってを休ませることにした。

客間から遠く離れた自室で、斎藤は思考を巡らせる。



(今までの記憶がない・・・あの様子だとそれは本当だろう。だが・・・何故?)



斎藤の脳裏にはあの日のままのの姿と今のが重なって見えた。






      

(2009/04/07 UP)