思い出の中で、誰かが呼んでいる
それは白い着物と黒い着物を着ていた
互いの手には同じ刀
二人の声が同じ言葉を紡ぎだす
その言葉が聞き取れずに近寄ろうとする
がその姿に足が動かなくなる
振り返った二人は己自身だった
【第九幕 真実が見え隠れる旅へ】
斎藤はが用意した食事に手をつけながら先日聞きそびれた事を口にした。
「・・・」
「はい?」
「前から聞きたかったのだが、その飾り」
「これ・・・ですか?」
斎藤が指差したのは帯に結ばれているあの結い紐だった。
はそれをすっと外すと、じっと見つめる。
「私の物なのかどうか分からないんです、でも身に着けておかないと不安で・・・」
「・・・・そうか」
「助けられた時にこれだけは私の手の中に握られていたそうです。」
「・・・・・・」
「だから多分、大切なものなんだと思います」
そう言ってほほ笑んだ。
斎藤は自分も同じものを持っている事は伏せておいた。
今の状況ではの頭を混乱させるだけだろうと。
自分でも甘い考えとは思ったが、時が来るまでは伏せておこうと考えた。
が片付けに行ったのを確認すると、煙草に手を伸ばす。
紫煙を吐き出しながら、斎藤は夕刻の事を思い出していた。
「正真正銘の牙突、手加減なしだ。」
構える斎藤の目に映ったのは人斬りに戻りつつある緋村剣心。
そして繰り出される牙突。
が・・・
(消えた!)
しかし、次の瞬間には下から刃が斎藤目がけて上がってくる。
「ぬうおおおおおおおお!!!」
斎藤は、足蹴りをしてそれをかわす。
(何だ今のは・・・俺の予想を圧倒的に上回った動きだった。)
剣心は斎藤の想像以上の動きで反応する。
強烈な一撃で斎藤は顔面から道場の壁に激突する。
「いくら牙突が凄かろうと、短時間に四回も見せられれば返し技の一つや二つ阿呆でも思いつくさ
立て、斎藤。十年振りの戦いの決着がこれしきではあっけないだろう」
ガラリと音を立てて斎藤が現れる。
「フ・・・フフ・・・本当は力量を調べろとだけ言われていたが・・・気が変わった。」
剣心を真正面から睨みながらも笑みを浮かべる。
「もう殺す」
「寝惚けるな「もう殺す」のは俺の方だ」
そう言うと剣心は逆刃刀を振りかざす。
薫の悲鳴にも似た言葉は剣心に届かない。
斎藤は剣心と刃を交えるが、刀の切っ先が折れる。
「次は貴様の首を飛ばす」
「逆刃か・・・・」
それでも斎藤は牙突の体制で剣心に挑む。
「新撰組の男は引くことを知らんな」
「新撰組隊規第一条【士道に背くあるまじき事!敵前逃亡は士道不覚悟!!】」
斎藤は刀を飛ばす。
剣心はそれを左手でかわす・・・が斎藤はベルトで手をはじく。
間髪入れずに制服の上着を脱ぐと、剣心の首を締めあげる
「絞め技!窒息死させる気だ!」
「違うそんな生易しいもんじゃねぇ。ありゃ・・・首の骨をへし折る気だ」
剣心と斎藤の戦いを始めから見ていた弥彦と途中、恵の肩を借りて現れた左之助が叫ぶ。
が、剣心は刀の鞘を打ち上げる。
斎藤の顎に直撃し、手が緩んだ一瞬を見逃すことなく剣心は斎藤と距離を取る。
互いに呼吸が荒くなる。
「そろそろ・・・終わりにするか」
「・・・そうだな」
互いに拳と刀を構える。
「「おおおおおおお!!!!」」
「いやぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「薫!」
耐えきれなくなって薫が飛び出す。
弥彦もそれに気付いたがもう薫は飛び出した後だった。
「やめんかぁぁぁぁぁ!!!」
道場に響いた声に二人の動きがぴたりと止まる。
その場にいた全員がその声の主を見る。
「正気に戻れ斎藤!!抜刀斎の力量を測るのがお前の任務だったはずだろう!!」
「今いいところなんだよ。警視総監のあんたといえども邪魔は承知しないぜ」
斎藤が睨んだ相手とは警視総監の川路だった。
その後ろからゆっくりともう一つの影が近付いてくる。
「君の新撰組としての誇りの高さは私も十分に知っている。だが私は君にも緋村にも
こんなところで無駄時にして欲しくないんだ」
そう言って現れた男を見て、剣心は口を開いた。
「・・・そうか斎藤一の真の黒幕はあんたか・・・
元薩摩藩維新志士 明治政府内務卿 大久保利通」
大久保と剣心が話をしている最中に斎藤は外の気配に気付く。
「フン・・・・」
小さく舌打ちをすると、斎藤は上着を取って道場の外へと向かう。
「斎藤!!」
「任務報告!緋村剣心の方は全く使い物にならない、が、緋村抜刀斎なら、そこそこいける模様----以上」
手短にそしてぶっきら棒に川路に報告をすると、斎藤はその場を後にした。
そして行先は・・・
「ひぃぃ!!!」
「渋海、お前は一つ勘違いしている。」
赤松を切り捨て、じわりと渋海に近寄る斎藤。
「お前ら維新志士共は自分達だけで明治を築いたと思っているようだが、
俺たち幕府側の人間も「敗者」という役で明治の構築に人生を賭けた。
俺が密偵として政府に服従しているのは明治を喰い物にするダニ共を始末するためだ。
明治を生きる新撰組としてな・・・」
「!!」
「大久保だろうがなんだろうが私欲に溺れ
この国の人々に厄災をもたらす様なら【悪・即・斬】のもとに切り捨てる」
「ま・・・待て待ってくれ!金ならいくらでも 「犬はエサで飼える 人は金で飼える だが・・・」
斎藤は渋海を見据えて刀を構える。
「壬生の狼を飼う事は何人にも出来ん」
滴り落ちる血をそのままに二つの骸を見て言う。
「あの頃も・・・そして今も。新撰組は新撰組、狼は狼、そして人斬りは人斬り・・・だろう?抜刀斎・・・」
大久保と川路が剣心に提示した日は五月十四日・・・
その日まで自由な時間が結構取れた。
一週間という時間ではあったが斎藤は密偵としての仕事の合間を縫って、と出かけていた。
「斎藤さんが、京都に?」
「ああ・・・・」
「いつからですか?」
「一週間後だ。」
「そう・・・ですか・・・」
「・・・・・・・・・・」
斎藤は無言のまま、と並んで歩く。
本来そんな事は言わなくてもいいのだろうが、が自分の家にいる以上は伝えておかねばならないだろう。
普段は斎藤の方が早く歩くのだが、今日に限ってはと歩幅を合わせている。
しかも普段の仏頂面と違い、心なしか表情が柔らかな斎藤。
傍から見れば夫婦か恋人か。
そんな感じも多少は感じられた。
はすっと止まると斎藤の腕を引っ張る。
「何だ・・・」
「・・・・なら私も京都に帰ろうかな・・・って」
「・・・・・・・」
「何か・・・斎藤さんと離れるのって寂しいって言うか・・・」
は少し頬を赤らめながら言う。
コツンと斎藤の背中には額をつける。
斎藤はと言うとのその行動に正直驚いていた。
「・・・・・危険な任務だ。お前の面倒なんぞ見れん」
「ええ」
「・・・・足手まといだ」
「はい」
「・・・・・・阿呆」
「私もそう思います」
振り返ると少し苦笑いをしている。
斎藤は小さくため息をつく
(阿呆は俺か・・・)
ぐいっとの手を引っ張った。
連れて行った先は自分がよく利用する刀鍛冶屋。
「お、旦那様、いらっしゃい。おや?今日は若い娘さんもご一緒で」
「ああ。俺の部下だ。こいつが使えそうな物をいくつか見繕ってくれ」
「へい!少々お待ち下さい。」
そう言って主は店の奥へと入って行った。
「あの・・・斎藤さん。ここは?それに部下って・・・」
「着いてくるなら部下と言う形が手っ取り早い。それに武器の一つや二つ持ってないと確実に死ぬぞ。」
「じゃぁ!」
「その代り、一週間で使い物になれよ?」
「が、頑張ります」
しばらくして店主がいくつか刀を持ってきた。
斎藤はと言うと、自分も店に飾ってある刀を見ている。
「お嬢さんならこれくらいがいいかと思いますよ。」
「わぁ・・・これ綺麗な短刀ですね」
「おい、店主。俺はこれをもらう。」
「さすが旦那様!一番にそれに気がつくとは無銘ですがいい日本刀ですよ。」
斎藤は奥の方にあった日本刀を手に持って出てきた。
の隣に行くと、目の前に置いてある色々な刀を見る。
「気に入ったものはあったか?」
「私、よく分かりませんけど・・・」
ふと斎藤の目を引いたのは店主が持ってきたものではなく、
隅の方に置かれていた日本刀。
斎藤はそれを手に取るとぽいっとに投げた。
「きゃっ・・・斎藤さ・・ん?」
はその刀をじっと見る。
鞘から抜き、刀身をじっと見つめていた。
(やはりな・・・それはの愛刀だったの型に一番近い奴だ。)
妙に手に馴染む感覚がの中で湧いてくる。
それを見越したように斎藤はくくっと笑った。
「・・・・どうだ?」
「は、はい・・・重くもないし・・・」
「それでよさそうだな」
「えっ?」
「店主!これも頼む。」
「毎度ありがとうございました!またご贔屓に!!」
斎藤は金を払うと店を出た。
も店主に慌てて頭を下げると斎藤の後を追う。
自宅に戻った斎藤は夕食の準備をするを横目に煙草を吸う。
(あの刀身を見た時の反応・・・一瞬見せたあの鋭い目・・・
と同じものだ。と言う事ははである事に間違いないだろう。
だが・・・・やはり解せんな。外的なショックとしてもあいつがそう簡単にヤられるはずはない。)
「斎藤さん!夕食出来ましたから!あ。また煙草吸ってる!」
「・・・・五月蠅い」
「はい、すみません。それ消してくださいね。ご飯にしましょう」
さらりと斎藤の嫌味をかわすとは食事の用意をする。
斎藤はその食事に手をつけながらも思考を巡らせていた。
(やはり鍵は京都か・・・・・・ついでだ。探してやるか)
斎藤は自分の感情が何なのか分かりたくないと思いながらも
京都行きへの準備を進めた。
(2009/04/09 UP)