また同じ夢を見た。
今まで霞がかっていた姿が徐々に晴れていく。
二つの着物を着た同じ人・・・
はっきりと見えた・・・冷笑する黒着物の己と涙を流す白着物の己だった
【第十幕 蘇る感覚 眠ったままの記憶】
あれから数日後、斎藤はを連れて署に来ていた。
他の連中は斎藤が女連れで署に来たことが珍しいらしく
ジロジロと二人を見ている。
そんな視線を無視しながら、斎藤は川路の元へと向かった。
「斎藤か・・・ん?そこの女は何だ」
「今日から俺の下で動いて貰うです」
「です・・・」
小さくお辞儀をするを見て、川路は不機嫌そうになる。
「心配には及びません、こいつの腕は俺と同等・・・・」
「そ・・・そうか・・・」
じろりと川路を見て斎藤が言う。
川路は斎藤に何かの書類を手渡す。
「・・・これを頼む。」
書類は密偵の仕事だった。
京都で志々雄真実が暗躍しているが、どうもこちらでも何かしているらしい。
それを京都へ行く前に調べて欲しいと言う事だった。
「・・・・これくらいなら他の奴でも十分だろうに・・・」
「それはそうだが・・・・」
ちらちとを見る。
斎藤はなるほどなと思い、その書類をに渡した。
「えっ?」
「お前の初仕事だ。・・・・俺も行こう。」
その日の深夜、数人の剣客警官と、斎藤はある料亭に張り込んでいた。
は普段着ている藍色の着物姿に、斎藤に買ってもらった刀を持っていた。
嘘か真か分からないがどうもここに志々雄の配下に通じるものがいるという情報があった。
警官たちは斎藤が連れて来た女に皆興味を持っていた。
「おい、お前らはそこにいろ。もだ。」
「「「はっ」」」
「斎藤さんは?」
「俺はあっちだ。・・・心配するな、いつもと同じにしていればいい」
ニヤリと笑いながらの耳元でそう言うと斎藤はその場を離れた。
刀を買ってもらった日から、斎藤は暇を見つけてはに剣術指南をしていた。
そんな事は必要ないだろうと思っていたが、本能だけではどうしようもないだろうと思ったのだった。
斎藤の想像通り、はやはりとほぼと同じ剣捌きをしていた。
斎藤の中で、はとほぼ確信した。
そしてそれを確かめる為にも斎藤は、警視庁へ連れて行ったのだった。
川路の行動を予測して・・・・。
警官たちはの容姿をじっと見る。
「あの・・・何か?」
「い、いや。」
「・・・・警部補が連れて来た凄腕の剣客と言っていたが・・・まさか女だとは」
「女性でも剣客に変わりないでしょう!」
「・・・・けっ・・・・新米のくせに」
「さん!がんばりましょう!!」
「え、ええ。」
新米警官はに笑顔で言う。
他の二人の警官は面白くなさそうにしている。。
確かに、彼らにとっては女の自分が刀を持っていることが気に喰わないのだろう。、
はふぅっと小さくため息をつく。
「まぁ、取り敢えず、警部補の指示に従うか。」
「ああ。じゃぁ俺達はこちら側を見張る。おい、新米!」
「分かりました!では自分はここをさんと見張ります。」
新米と言われた警官は他の二人に敬礼をして、と二人で見張る。
と・・・・
「あ、あれ・・・」
一人の警官が料亭から出てきた人物を見る。
書類にあった人物だと確認する。
「追いま・・・・!!!」
と、次の瞬間、警官の動きが止まる。
「どうしたので・・・・っ!!!!!!!!!」
ごろりとの方へと倒れ込む警官。
その腹からは血が溢れ、警官は青ざめた顔で苦しんでいた。
「あ・・・・?」
<ドクン・・・・>
手に触れる暖かい血 鼻を擽る血の香り
「・・・・・・・・っ!」
<ドクン・・・・ドクン・・・・・>
高鳴る鼓動と同時に何かが頭の中で音を立てて切れる。
目の前にはその警官を刺したのであろう人物の姿。
「なんでぇ・・・女か・・・」
「お?上玉じゃねぇか・・・」
「サツが来てるって言っていたが女連れかよ!」
「おぉ?何だ刀なんか持ってよぉ〜。」
「へへ、嬢ちゃん、俺らと遊ばねぇか?」
男たちの手がに伸びようとする。
の前で倒れていた警官が、力を振り絞って笛を吹く。
パタパタと遠くから足音が聞こえる。
恐らく先ほど反対側に行った仲間だろう。
もう一つの足音も聞こえた。
それは斎藤のものだろう。
「けっ、こいつまだ生きてやがる」
「まだ時間があるだろう!殺っちまえ!」
「お前もだ!女!!」
(コロス?・・・コロサレル?)
その瞬間、の体がゆらりと揺れた。
「がっ!!!!!」
ふと隣を見ると、目を見開いて事切れた仲間の姿。
そして血に濡れた刀を持ち、それを冷やかな視線で見ているの姿があった。
男たちは焦った。
「おい!大丈夫か!!」
「しっかりしろ!!」
一足早く着いた他の二人の警官が新米警官の応急処置をする。
そして視線をの方へと向ける。
「「!!!!!」」
「ぐぁぁぁ!!!」
二人の目には見えなかった。
一瞬、がふらりと揺れたと思ったら、男が血を噴き出しながら倒れる。
「・・・・死ねよ・・・ほら・・・さっさとさぁ・・・死んじまいなよ。」
「てっ・・・てめぇ!!!」
「・・・・・遅いんだよ。どこを見てんだい?」
男が振り下ろした刀はガッと地面を叩く。
は男の後ろに回っていた。
「がはっ!!!」
「感謝しなよ?即死なんだからさぁ?」
そう言って自分の足元に倒れる男を見ながら笑う。
「あれは・・・か・・・」
遠目から斎藤が見たのは、が三人目を殺したあとだった。
は刀から滴り落ちる血を一度振り払うと、己の腕に付いた血をぺろりと舐めた。
斎藤以外のその場にいた全員が冷や汗をかく。
「す・・・すげぇ・・・」
「あ、ああ。」
警官たちはの動きに驚きを隠せない。
ただその腕前の凄さだけは嫌でも思い知らされた。
の目は明らかに違っていた。
先ほどまでの柔らかな目ではなく・・・人斬りとしての目・・・・
そして・・・刀を納刀し構える。
(あれはと同じ!)
斎藤の脳裏に抜刀斎と戦った時のが浮かぶ。
「そこの警官、さっさとそいつを連れて行きな。」
「あ、ああ!」
「わ、分かった。」
は警官三人がその場を離れたのを確認すると、ゆっくりと視線を残りの男たちへと向ける。
「・・・そこの二人は一遍にかかってきなよ?」
「なっ」
「るせぇぇぇぇ!!」
「だから遅いんだよ・・・」
最後の悲鳴が聞こえるのに半刻もかからなかった。
五人の男が一人の女にやられた。
斎藤はまだ刀を持って男たちの骸を眺めているを余所に、
戻ってきた二人の警官たちに、現場の収拾をさせる為に署に戻るように指示を出した。
「・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「おい!」
「・・・・・・お前も同じなのか?」
「!!」
バッと斎藤は後方に飛ぶ。
は刀を横なぎに斎藤へと向けていた。
「おい!落ち着け!」
「お前も・・・あいつらと同じなんだろう?」
「・・・・・何を言ってるんだ」
「この手から奪う奴はみんな・・・殺してやる!!!」
「!!!・・・・ちっ!!!」
の刀をよけると、斎藤は小さく舌打ちをして多少弱めた拳での腹を殴った。
「かは・・・・・・・・」
トサッっと斎藤の腕の中に落ちる。
「・・・・・・・・・・・・」
斎藤は一体何があったのかよく分からなかった。
が、先ほどの行動は紛れもなく新撰組時代に見たの姿だった。
「あれぇ、まだ着てないんだ。折角届けたのになぁ」
一部始終を見ていた宗次郎はクスクスと笑いながら望遠鏡を下げた。
「それにしても、やりますね、斎藤さん。まさかさんの刀をよけるなんて。
ま、あれは使い慣れてる刀ではないし、感覚も多少は違うんだろうなぁ。
じゃないと斎藤さんでも無傷とはいかないだろうし。」
宗次郎の手にあったのはかつてのの愛刀であるがあった。
「きっと驚くだろうなぁ、斎藤さん。さて・・・と、そろそろ僕も動かないと志々雄さんに怒られてしまいますね」
そう言ってすっと立ち上がる。
「取り敢えず、言われた事をやってからまた会いに行きますから、待っててくださいね?さん」
そう言うと宗次郎は闇に消えた。
(せいぜい、今は楽しんでいてくださいね、斎藤さん。さんが全てを思い出したら・・・・その時は・・・)
斎藤はを抱き上げたまま警視庁に戻った。
警視庁内の自室にあるソファにを寝かせ、着替えに用意していた制服の上着を掛ける。
そして煙草を咥えると、報告書を書き始めた。
結局、志々雄とは無関係ではあったが、の腕を回りに見せつける事は出来た。
今回の件で、川路はを京都に連れていくことに反対はしないだろう。
取り合えず、こちらは大丈夫として、問題は二つ。
一つは刃を交えた事のある緋村剣心。
まぁ、あいつは場の空気を読んでには何も言わないだろうが、恐らく自分には何か言ってくるだろう。
そして・・・もう一つは自身だった。
「ん・・・あ・・・」
「・・・・・気がついたのか」
「さ・・いと・・・うさん?」
「ああ。」
「はっ!あの警官さんは!!」
「お前のおかげで命拾いした。」
「そうですか・・・よかった・・・」
そう言って嬉しそうな顔をしたが、すぐにうつむく。
斎藤は煙草を消すと、の隣に座った。
「私・・・」
「・・・・覚えているのか?」
「・・・・少し・・・・でも何を言っていたのか・・・・」
「・・・・・」
「斎藤さん、あれが本当の私なのでしょうか?」
「・・・分からん。記憶がないんだろう?」
「はい・・・・」
「・・・・・・・」
「もし・・・あれが本当の私なら・・・・」
「大丈夫だ・・・」
「えっ・・・」
斎藤は少しだけ優しい笑みを見せながらの頭をポンポンと叩く。
普段、あまり見せないその表情には少しだけ驚きながらも自分も微笑んだ。
「もし・・・・・そうなったら俺がまたお前を止めてやる・・・」
「・・・・斎藤さん・・・・」
「・・・・・・・・・」
「ありが・・・とうございます。」
そう言いながらは斎藤の膝にコロンと頭を乗せた。
相当疲れていたのだろう、すぐに寝息が聞こえてくる。
斎藤は苦笑すると、また上着をかけてやった。
(あれは間違いなくだった。そして・・・あの言葉・・・)
『この手から奪う奴はみんな・・・殺してやる!!!』
「・・・・お前に何があったんだ・・・・・・」
小さく斎藤は呟くと、ポケットから煙草を取り出し紫煙を吐き出した。
(2009/04/11 UP)