貴女達は私

私の中にいる二人

では今こうしている私は・・・誰?










【第十一幕 悪夢が目覚めるの予感】










五月十四日


その日の夕方、町中に号外の新聞が配られる。


「『大久保卿 暗殺』・・・・・・確か斎藤さんが話していた内務卿・・・・」


その号外はの手にもあった。

夕食の材料を買いに行った帰りに配られていたのだ。

は買い物を済ませ、家で斎藤の帰りを待っていた。

すっかり斎藤の家にやっかいになってしまっている。

過去がない素性もよく分からない自分を置いてくれる斎藤にはいつのまにか恋をしていた。。

そんな事を考えるが、きっと斎藤は色事には無頓着というか興味ないのだろうと苦笑する。


「へぇ、もう情報が流れたんですね」

「宗くん!?」


ふと顔を上げると、ニコニコとしている宗次郎がいた。

は驚きながらも、宗次郎を縁側に座らせた。


「これ、まさか?」

「はははははははは」


相変わらず宗次郎は笑ったままであるが、はくんと鼻を掠める血の匂いに気付く。

自分でも分からないが、あの日の夜以来、どうも血の・・・特に人の血の臭いに敏感に反応してしまう。

宗次郎は何も言わないがおそらく誰かを斬ってきたのだろう。

そう考えながらもは何も言わずにいた。


「そんな事より!さん、あの着物着ないんですか?」

「え?」

「せっかく持ってきたんですから、着て下さいよ」

「あ・・・うん・・・でも・・・」

「?」

「何か・・・着ちゃいけない気がするの」

「何故?」

「う〜ん・・・何でだろう」

「きっと似合うと思うんだけどなぁ・・・ねぇ、見せて下さいよ!今・・・」

「いっ・・・今ぁ!?」

「だって、そんなに時間かからないでしょ?それに僕、さんが見せてくれるまで帰りませんから」

「宗くん!!」

「・・・・・・・・」


黙ったままじーっとを見る宗次郎。

が知る限り、宗次郎は変に頑固なところがある。

本人が見るまで帰らないと言うのだから本当にそうなるのだろう。

直観的に斎藤に会わせてはいけないと思ったは、ふぅっとため息をつくとは立ち上がり部屋へと向かった。

宗次郎はその様を見てくすくすと笑う。

潜在的にあの着物を嫌がっているのだろう。

だがそれを着てもらわないと全てが始まらない。

宗次郎はが戻ってくるまで時計を見ていた。

一方、は着物を取り出し、じっと見つめる。

そして意を決したように、己の着物を脱ぐとそれに着替え始めた。


「・・・・・!!こ・・・れ・・・」


袖を通した時に感じた何か。

普通の着物と違う着方があると頭の隅で何かを思い出す。


「な・・・なに・・・これ・・・・私、知ってる?」


いつものように帯を巻きながら、はふとその着心地が初めてではないと感じた。

と同時に感じた違和感。


「・・・・違う・・・・この帯は・・・こうじゃない・・・・」


そう言いながら、帯を巻きなおす。

全て着替え終わるとは姿見の前へと立つ。


「私・・・は・・・・」


ゾクリとした感覚を得る。

は下に結っていた髪を頭の頂点に近い所へと結い直した。

そして改めて自分の姿を見る。

どこかで見たことがある姿。

何かを思い出しそうになるが、何かの間違いだろうとは頭をふり、部屋を出て行った。


「宗次郎くん、これでいいの?」

「わぁ、やっぱり似合いますね。」


宗次郎の元へとやってきたは出来る限り笑顔で話す。

漆黒の着物・・・

宗次郎は持ってきた長い包をはいっとに手渡す。


「な、何?」

「貴女のですよ・・・」


ぱらりと包の中身を見せる宗次郎。

それを見た瞬間、は頭を抱えて悲鳴を上げた。


「っ!!!!い・・・いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
















警視庁内の廊下


「川路殿は随分気を落としていたでござるな・・・」

「あいつはもともと大久保卿にその才覚を見出された男だからな」


歩きながら斎藤と剣心は話を進める。


「だが、大変なのは川路だけじゃない。これで『維新三傑』最後の一人にして最大の指導者が失われ
政界には力不足の二流三流ばかりが残っちまった。これから確実に日本の『迷走』が始まる。
そして・・・・・この隙を志々雄は決して逃さないだろう・・・」

「斎藤・・・お主は・・・どうするつもりでござる・・・」


立ち止まる剣心に斎藤は歩きながら口を開いた。


「道は一つ 京都 そこに志々雄がいる そう言うことだ・・・」


そのまま歩いていたが、斎藤ふと立ち止まり、剣心の方を振り返って口を開いた。


「・・・何だ、斎藤」

「・・・・お前、を覚えているか」

「・・・・やつか・・・・お前と同じくらい手ごわいやつだったでござるな・・・それが?」

「・・・・・・・・フン、お前に言っても仕方がないか・・・」

「何だ、一体・・・」

「・・・・・・あいつがもしお前の前に現れたらどうするかと思ったが・・・」

「幕末とは違う。拙者はあくまで流浪人でござる。無用な戦いはしない」

「・・・まぁいい。」


そう言うと斎藤は煙草を取り出し、火を点ける。


「京都へはお主一人が行くのでござるか?」

「・・・・いや、もう一人連れていくつもりだ」

「・・・・そうか・・・・では拙者はこれで失礼する。」


そう言うと剣心はその場を後にした。

斎藤は壁にかかっている時計を見る。

まだ退勤時間には早かったが、今日は特に仕事もない。

大久保卿暗殺の件はすでに川路が手配していることだろう。

もし何かあるのならまた自分に呼び出しでもあるだろうと考え、

斎藤は紫煙を吐きながら部屋を出て行った。












『ふん、まさかあの-----が不殺にってか?冗談だろう?』


何?誰かの名前?


『さぁて、これでも俺らを殺さないのか?』


一体何が起こったの?


『おねぇちゃん!助け・・・』

『こんな奴と一緒にいたことを後悔するんだな!』

『ねぇ・・ちゃ・・・』


・・・子供たちの声?


『さすがに家当主だな、もう少し盛っておくべきだったか・・・』


?何を言ってるの?


『あの伝説にもなった暗殺専門の人斬りが、こんな所にいたとはなぁ』


暗殺?人斬り?


『【】のも堕ちたもんだなぁ』


?誰の事なの?


『まぁ、ちゃんって言うの?綺麗な名前ね。』


女の人の声・・・?誰なの?


『じゃぁさん、貴女、本当に僕たちの仲間になりませんか?』


宗次郎の声?


『お前、いい目をしているな・・・いい女だし申し分ないな。』


貴方は誰?

私?私は・・・・










うっすらと目を開けると心配そうに自分を見つめる宗次郎の姿があった。


「う・・・ん・・・宗次郎?」

「よかったぁ、急に倒れるんですから。」

「う・・・ん・・・・」

「??」


宗次郎はの顔を覗き込むとどこか虚ろに自分の手を見ている。


「私・・・私は・・・」


まだ少し早かったかと思いながら、宗次郎は先ほど見せたものを隠すと、ふとある気配に気付いた。


「僕、行きますから。・・・・ではまた会いましょうね・・・・」


そう言うとその場から逃げるように去って行った。

ガラガラと音を立てて戸が開く。

斎藤は灯りのない家に首を傾げる。

の履物は自分の足元にある。

斎藤は不思議に思いながらも家に上がるとの姿を探した。


「!!」


縁側で座り込み、手を見ているの姿を見つけ近寄るが、いつもと雰囲気が違う事に気付く斎藤。

足早にの方へと向かい、顔を覗き込む。

どこを見ているのか分からない虚ろな瞳のに、斎藤は内心焦りを感じた。


「おい!!」

「・・・・・・・・」

「・・・・・・!?」

「・・・・・・暗殺・・・人斬り・・・」


の口から出てくる言葉に斎藤は眼を見開く。


「・・・・・・・・・わ・・・私は・・・」

「おい!」


の肩を掴みガクガクとゆらす。

それによって正気を取り戻したはハッとして斎藤を見る。


「あ、さ・・・斎藤さん・・・」

「・・・・大丈夫そうだな・・・その服はどうした」

「あ・・・あの・・・知人がくれたんです。」

「・・・・そうか・・・」


斎藤はすっとの肩から手を離し、隣に座ると煙草を咥えた。

しばらく黙っていた斎藤だったが、隣に座るの顔がどうもと同じに見える。

それに先ほど、が発した言葉も気になっていた。


「・・・・お前、記憶が戻りつつあるんじゃないのか?」

「えっ?」

「先ほど、お前が口にした事だ・・・それにその着物どこかで見たことがある・・・」

「・・・・そう・・・ですか・・・でも私にも分かりません。」

「・・・・・・・・・


斎藤はその名を呼んでみる。


「・・・・・っ!!」

「どうした」

「・・そ・・・その名前は・・・」


急に頭を抱えたを冷静に斎藤は見る。


「・・・・痛むか?」

「す・・・少し・・・斎藤さん」

「何だ」

「その・・・名前・・・」

「ああ、か?」

「・・・それは・・・私ですか」

「・・・・・・・・・・」


ざぁぁぁぁっと夜風が二人の間に吹く。

斎藤はじっとを見ていたが、煙草を消すとの手を引いて立たせた。


「風が出てきた、中に入るぞ。」

「斎藤さん!」

「・・・・・話が聞きたいなら中に入ってからだ・・・」


そう言うと斎藤はを先に部屋にいれ、自分は空を一度見た。


「・・・・・・今のあいつに耐えられる・・・か?」


そう小さく呟くと、斎藤はトンと障子を閉めた。







      

(2009/04/12 UP)