聞いても信じられなかった。

ここにいる私は私ではないのか・・・

でもそれでも私は貴方の側にいたいと思った。










【第十二幕 過去からの苦しみ これからの幸せ】










部屋の明かりをつけると、斎藤はをソファに座らせ自分も隣に座ると話始めた。

幕末の事。

新撰組での事。

鳥羽・伏見の闘いの事。

全てを話し終えた時、は信じられないと言った目で斎藤を見ていた。


「・・・・・・う・・・そ・・・・」

「・・・・・・嘘じゃない」


斎藤は紫煙を吐きながらを見る。


「わ・・・私の本当の名前が・・・・・・?」

「・・・・そうだ」

「そして・・・と言う名で・・・貴方と同じ新撰組にいたと言うのですか」

「ああ」


の顔色と声色から、斎藤はやはりは耐えられなかったかと思った。

しかし、すでに時代は動いている。

京都へ連いて行くと言うからにはからには志々雄との闘いも避けられないだろう。

その時にとしての力が欲しいのは確かだった。

だが・・・それでも斎藤は今目の前にいるを見ていると、ただその力が欲しいだけではないと思ってしまう。

いや、事実、使える力が欲しいだけだと思い込もうとしていた。

あの時の・・・新撰組でのへの想いは今は邪魔になると・・・。


「・・・・この飾りは貴方にもらったのです・・・か?」

「・・・・・・・ああ。俺としか持っていない。」


そう返事をすると、斎藤は自分の刀からの手にある結い紐と同じものを取って見せた。

それを手にして見つめている

だが・・・


「・・・・・っ!!」

「・・・・・!」


頭痛がしたのか・・・は両手で頭を抱えて蹲る。

斎藤はふぅっと紫煙を吐き出すと、煙草の火を消し、の肩に触れようとした。

が、を取り巻く雰囲気がいつもと違う事に気が付き、その手を引っ込める。


「・・・・ぁ・・・・・ぅ・・・・わ・・・私・・・」

・・・・?」

「・・・・・違う・・・・」

「!!」

「私は・・・私は・・・・・・・っ!!」


は二つの結い紐を見ながらガクガクと震えだす。

斎藤はその尋常じゃない震え肩に、今度はそっと手を置いた。

しばらくボロボロと涙を流していただが、少し落ち着きを取り戻すと斎藤を見る。


「・・・さ・・・斎藤・・・さん」

「何だ・・・」


結い紐をテーブルに置き、ぐっと拳を握って口を開いた。


「わ、私は・・・正直・・・信じられません。」

「・・・・・・・・」

「でも・・・あの夜、私は確かに人を斬ったんですよね・・・そしてその時の私は・・・
」と言う名の・・・暗殺者だったのですね。」

「そうだ・・・そして・・・ならまだいい。京都へ行くからには闘いは避けられまい。」


それは暗に耐えられるのかという斎藤の質問でもあった。


「お前にそれが耐えられ・・・・・」

「私は足手まといになります・・・か?」


斎藤の言葉を遮るように今度はしっかりとした口調で尋ねる


「・・・・・・・・・・・・・」


斎藤はただ黙って紫煙を吐き出すだけだった。

京都へ行くことは変わりなくても、どちらにしても自分と一緒に行くかどうか決めるのは自身である。

だから斎藤はの口が開くのを待っていた。


「も、もし・・・まだこのまま・・・のままでいいのなら・・・」

「・・・・・・・・・・・」

「さ、斎藤さんが許してくれるのなら・・・」

「・・・・・・・・・・・」

「私を貴方の側に・・・京都へ連れて行って下さい」

・・・」

「全てを思い出すのは・・・正直怖い・・・でも」

「全て?」

そう言ってわずかに肩を震わせながら未だ目に涙を浮かべながら斎藤を見る

斎藤はそれをじっと見ていた。


「・・・私が・・・と呼ばれていた事・・・」

「思い出したのか?」

「・・・私は確かにと呼ばれていた・・・それだけは思い出しました。それ以外は・・・まだ。
で・・・でも!!連れて行って下さい!!貴方の側でならきっと・・・戦えますから・・・」

「・・・・俺と行くと言う事は闘いは避けられないと言う事だぞ」

「はい・・・」

「お前が殺したくなと思っていても相手は違う。」

「分かってます・・・」

「・・・・・・阿呆」

「阿呆って・・・・きゃっ!!」


そう呟くと、斎藤はを抱きしめていた。

無意識のうちに・・・。


「いいか・・・俺から離れるなよ。・・・

「・・・・・はい」


まだ涙を浮かべた瞳まま少しの笑顔を見せて答えたに斎藤はいつものニヒルな笑みを浮かべた。

は斎藤の温かい胸に顔を埋めながら静かに瞳を閉じた。



















「神谷の娘の娘に別れは言って来たか」


斎藤の言葉に剣心はキッと斎藤を睨む。


「すまん、失言だった。これからは、志々雄一派と共に闘う同士なんだ。仲良くやろうぜ。」

「共に闘う?」

「ああ、大久保暗殺の余波で川路の旦那に色々と仕事が増えちまってな。
京都での現場指揮は、俺が執る事になった・・・なんだ、そのものすごく嫌そうな顔は・・・」

「別に」


明らかに嫌悪感全開で斎藤を見る剣心。

だが、ふと斎藤の後ろにある人影に視線を移す。

その瞬間、剣心の目が見開かれた。


・・・・・・」

「あ・・・私は・・・」


はピクっと肩を揺らす。

剣心はゆっくりと視線を斎藤に戻す。

斎藤はじっと剣心を見てから答えた。


「・・・・・俺の部下のだ。」


斎藤が一言言って剣心を見る。

しばらくすると、剣心はの方へと歩み寄り、優しく笑う。


「拙者は緋村剣心でござる。殿、よろしくお願いするでござるよ」

「あ・・・はい。・・・・あの・・・私の事知っているんですよね・・・緋村さん」

「・・・・」

「・・・・」


ちらちと斎藤を見る。

斎藤はフンと鼻で笑うだけだった。


殿とは初めて会うでござるよ。」

「そうですか」

「おい」


穏やかな会話の途中で、斎藤がの腕を引っ張る。

はよろめきながら、斎藤の胸にゴツンとぶつかる。

斎藤は今から行けば朝一で大阪行きの船に間に合うからついて来いと剣心に言うが

剣心はと言うと、東海道を歩いていくと言った。

そんな剣心に斎藤は船代は政府から出すと言うが、無関係の人を巻き込まないようにするために

自分は歩いていくのだと答えた。


「・・・考え方は相変わらず『流浪人』か。平和ボケもたいがいにして早いうちに『人斬り』に戻った方が身のためだぞ。
なんならもう一度、ここで闘っておくか」


斎藤は、己の日本刀に手をかける。

今にも抜刀しようとしていた。

剣心は斎藤を睨みながら答えた。


「お前との闘いにはいつでも応じてやる。だが、拙者はこれ以上抜刀斎に戻る気はない。
この一件に誰一人巻き込む気もない。・・・・そのために拙者は『独り』を選んだんだ」


剣心もそれに気付き抜刀の構えを取る。


「・・・まあいい。どの道を選ぼうが京都に至れば問題ない。常人なら十日前後の道のりだが、お前なら五日もあれば充分だろう。
だが、物見遊山は程々にしておけ。志々雄は全国に蜘蛛の糸の様な情報収集の網を張っている。
お前の行動は、全てお見通しのはず。」


そう言うと斎藤は踵を返し、その場を去ろうとした。

だが、ふとを見ると、小さく震えているのが分かった。

斎藤は一度剣心の方を振り返ると、小さくため息をついての肩に触れた。


「大丈夫だ・・・お前は『人斬り』ではないのだろう」

「あ・・・斎藤さん・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」


ちらりと剣心を見ると、ややポカンとした顔をしている。


「忘れるな。志々雄との闘いは既に始まっている・・・・」


そんな剣心に言うと、斎藤はの肩を抱いたままその場を後にした。
















家に帰ると、斎藤は制服を脱いで部屋へと入ってきた。

は斎藤から貰った刀を何やらいじっていた。


「何をしてい・・・」

「あ、ほら。斎藤さん見て下さい!」


そう言って見せた刀には緋色の結い紐。飾りに小さな月。


「この前、お買いものに行った時に見つけたんですよ。」

「・・・・・・・・・・・・・」

「斎藤さんの分もあるんですけど・・・」


そう言ってちらりと立てかけられた刀を見る。

そこにはあの蒼い結い紐。

斎藤はフッと笑うと、の手にあった緋色の結い紐をとり、自分の刀を持っての隣に腰かけた。


「斎藤さん?」

「俺からやったのとお前が買った物と・・・二つ着ければいいだろう」


そう言って紐をつけてくれる斎藤に、は笑顔を見せた。


「これはどうした?」


斎藤は刀にもとから付けていた蒼い結い紐を指さして言う。

するとはにこりと笑って頭を揺らす。

の長い髪は斎藤が与えた蒼い結い紐で結われていた。

斎藤はそれを見て笑うと、を抱き上げた。


「さ・・・さいと・・・」

「暴れると落ちるぞ」

「・・・あの・・・」


すっと足を運んだ先は自分の寝室。

斎藤は布団にを寝かせると、上に覆いかぶさった。

見下ろされたは終始視線を泳がせている。


「斎藤さんは・・・その・・・興味ないのかと・・・」

「フッ、俺も男だ。」

「戯れなら・・・」

「こう見えても忙しいんでな。どうでもいいと思う女を抱く暇はない。」

「だっ・・・抱くって・・・あの・・・・その・・・・・・///////」


顔を真っ赤にしてあたふたしているを満足そうに見て笑うと、斎藤は耳元に口を近づけていった。


「これからもっとお前の過去が分かる」

「・・・・はい」

「全てを思い出しても・・・俺から逃げるなよ」

「斎藤・・・さん・・・私、斎藤さんが好きです・・・」

「ならば何があっても離れるな・・・いいな」

「はい」


未だ頬を赤らめたまま嬉しそうに答えるに、と斎藤はそっと口付けた。

は今、感じている幸せが長く続けばいいと思いながら斎藤に身を委ねた。







      

(2009/04/15 UP)