肌を滑る指・・・
押さえつけられた体・・・
そして・・・
突き刺さるような痛み・・・
目の前には冷笑を浮かべながらも自分を見つめる男の姿・・・
【第十三幕 すれ違う心と体】
「ぃ・・・やぁぁぁぁぁ!!!!!」
「っ!!」
斎藤はその声に動きを止めた。
そして突然、斎藤の手を振り払ったは体を反転させ、布団に顔を押し付けガタガタと震えている。
斎藤はそれに困惑した表情で見ながらも、の名を呼んだ。
「・・・・」
「あ・・・ご・・・ごめんなさい・・・ごめんな・・・さ・・・」
「・・・・・」
「わ・・・私・・・怖い・・・」
自分の体をぎゅっと抱きしめたままの。
斎藤は小さくため息をつくと、そっとその体を抱きしめる。
一瞬体が強張るが、は抵抗をしなかった。
「・・・・・これだけなら・・・大丈夫か」
「は・・・い・・・」
「・・・なら今日はこれだけだ。安心しろ。」
「ご・・・ごめんなさい」
「謝らんでいい・・・俺が悪かった・・・」
「で・・・でも・・・」
「お前は俺の側にいるんだろう?」
斎藤のその言葉には顔を斎藤の方へと向けると柔らかい笑みを浮かべて、斎藤の胸に顔を埋めた。
しばらくして聞こえてきたの寝息に、斎藤は顔を少し綻ばせる。
しかし、先ほどのの態度に疑惑が残り、眠りに就いたのは空が白んできてからだった。
数日後、斎藤は左之助のもとへとむかった。
もちろん、理由は左之助の京都行きを止めるため。
だが、結局左之助は京都へ行く事になった。
斎藤はそれを面白くなさそうにに話す。
そして・・・
「今から出かけるが・・・」
「私も着いて行っていいですか?」
「・・・・・・・・尋ねるくらいなら帯刀するな。」
「すみません。」
ニコニコとしながら斎藤の後ろをついてくる。
斎藤はフンと鼻で笑って背を向けるが、その口元は緩んでいた。
夜道を歩きながら斎藤は考えを巡らせていたが、ふと振り返ってを見る。
「、その着物だが・・・」
「これ・・・ですか?」
はあの黒い着物を着ていた。
その着物を見て、斎藤は少し考えてから口を開く。
「・・・・・・お前の過去に関係している気がするんだが・・・」
「・・・・・わ・・・分かりません。」
「・・・・そうか。思い出したらすぐに言えよ。・・・気になる・・・」
斎藤の口からそんな言葉が出るのは不思議だったが、は分かりましたと答えて斎藤の後を歩きだした。
(なんとなく・・・思い出してる・・・これは・・・特別な着物・・・でも・・・)
がそんな事を考えている間に神谷道場へ着いた。
と、そこには女と男がいた。
女の名は高荷恵
そして男の名は四乃森蒼紫
斎藤に教えられて、は二人を見ていた。
本人も気付かないうちにすっかりと気配を消して。
それに斎藤は気付いていたが何も言わずに様子を窺っていた。
「抜刀斎はどこだ?」
その声がどこかで聞いた事のある声だとは思った。
だが、自分が聞いたことがあるのはもっと優しい・・・温かさを持った声。
蒼紫は座り込んだ恵の前までゆっくりと近付き、恵の目線に合わせて蒼紫は腰を下ろす。
「・・・答えろ」
「さ・・・さあ、知らないわ。」
恐怖に震えながらもしらを切る恵の頬にそっと手を近付け、そして・・・
「答えないなら、殺す」
「抜刀斎なら京都へ行ったぜ」
様子を見ていた斎藤の声が道場へと響き、二人は振り返った。
「・・・・お前は?」
「藤田 五郎。みての通り、ただの警官だよ」
「・・・・・・・・・」
無表情のまま無言で斎藤を睨み付ける蒼紫に斎藤はニヤリと笑いながら答えた。
「にらむなよ。せっかく、お前が山にこもってから今までのいきさつを話してやろうってのに。」
「・・・・いいだろう。話してみろ。」
蒼紫の言葉に、斎藤は事の経緯を全て話した。
「志々雄 真実・・・」
「信じる、信じないはお前の勝手だが、抜刀斎が京都へ向かったのはまぎれもない事実だ。」
「そうか。ならば、抜刀斎が帰ってくる頃、もう一度来るまでだ。」
「志々雄に殺られてもう帰って来んかも知れんぞ。」
「そんな事は有り得ん。抜刀斎を殺れるのは、この俺だけだ。」
そう斎藤に言うと、門の方へと向かう。
「!?」
ふと蒼紫の足が止まる。
「あ・・・」
「・・・か」
「!!!!!」
蒼紫が口にした名前に斎藤は驚く。
は何も言わずに蒼紫を見ていた。
光が失われ修羅になりかけていた蒼紫の顔が少し柔らかくなる。
そっとの頬に手を添える蒼紫に、はピクリと体を動かす。
「お前に逢えるとは・・・こちらに来ていたのか・・・」
「あ・・・貴方は・・・・」
だが、自分を見るの顔つきにすぐにピンと来て、蒼紫は小さく呟く。
「・・・・・その顔・・・記憶がないの・・・か?」
「わ・・・私・・・は・・・っ!!!」
「・・・」
「あ・・・・・・・・・」
のその様子に目を細め、すぅっと頬から顔の輪郭に沿って顔を撫でる蒼紫。
蒼紫のその行動が気に入らないのかに、斎藤は声を低くして名を呼ぶ。
「・・・」
蒼紫の手がから離れる。
そして無言のままその場を後にした。
「大した自信だ。だが・・・あながち、過信でもなさそうだな」
斎藤は蒼紫の腰に下げた長刀を確認した後そう言う。
「何でベラベラ喋るのよ、この不良警官!あの男は剣さんを殺す事しか考えてない危険人物なのよ!」
「おいおい、俺が喋らなければ、お前はその危険人物に殺されていたんだぜ。」
「む・・・」
「危険だろうと齢十五で御庭番衆御頭になったという資質は確かだからな。
使えるものなら使えないかと思ってみただけさ」
顎に手を当てながら斎藤は不敵な笑みを浮かべた。
「同感です、その考え方。四乃森 蒼紫・・・確かに・・・使えそうな人材ですね・・・。」
そう呟くと宗次郎はクスリと笑いながら望遠鏡をもどす。
「さん、やっとあれを着てくれるようになったんだなぁ、早く知らせなきゃ!」
そう言うと宗次郎はフッと姿を消した。
先ほどの斎藤に未だ不満そうな恵だったが、すぐに門の側にいたの元へと歩いていく。
「貴女、あの四乃森蒼紫と知り合いなの?」
「え・・・えっと・・・あの・・・」
「あ、私は高荷恵。こう見えても医者のはしくれよ。」
「私は・・・・・・です。・・・たぶん」
「たぶん?」
「・・・・そいつは記憶をなくしているんだ。」
斎藤が二人の側まで近付きながら答える。
の方へ視線を移すとコクリと頷く。
斎藤は、の顔を見下ろしながら口を開いた。
「あいつはお前の事を知っていたようだな・・・」
「はい・・・私も」
わずかに目を細める斎藤。
「あの人を知っている気がします。」
「・・・・・・・そうか。」
「ちょっと!!」
「・・・何だ、女狐。」
「女狐って何よ!この不良警官!!」
「女狐に女狐と言って何が悪い。それより、こいつを診てやってくれ」
「?あんたが頼みごとなんて珍しいわね・・・でも、ま、いいわ。さん?」
「はい。」
「取り敢えず、中に行きましょう。」
「あ、はい・・・斎藤さんは?」
「・・・俺は署に一度戻る。明日の朝までかかるからそれまでは任せた」
そう言うと斎藤はその場を後にした。
次の日の朝、斎藤はいつものように家に帰ってきた。
それを迎えるもまたいつも通りだった。
違うのは着ている着物だけ。
最近、はあの黒い着物を着ている。
「今から京都へ行くぞ」
「そう思って準備はしておきました。」
「あの女狐は何と言っていた」
「何か・・・精神的なものではないかと言っていました。」
「・・・そうか。」
斎藤はそれだけ言うと、一度家に上がり支度をし始めた。
先日の夜の事。
自分を拒んだの姿が頭から焼き付いて離れない。
恐らく、その行為そのものも関係しているのではないかと思いながらも苦笑する。
十年振りに逢った女は全てを忘れていた。
まだ自分の行動が早すぎたのかもしれないと思いながらも、それを抑えきれなかった自分に苦笑する。
その一方で、四乃森蒼紫の事が頭に浮かぶ。
自分の知らないを知っている風だった蒼紫に、何やら体の奥にどす黒いものを感じる。
その感情にも同じように苦笑する。
「まるで餓鬼だな・・・」
斎藤はそう言いながらも支度を終えると、を呼んだ。
はすでに出発の準備を終わらせて待っている。
「少し、寄り道をするぞ。」
「仕事ですか?」
「ああ、新月村というところに行く。」
「はい、分かりました。」
は笑顔で答えると、斎藤の後ろをついて家を出た。
(2009/04/16 UP)