黒い感情が激流となって走り始める
どうして時は許してくれなかったのか
ただ側にいたかっただけなのに
それすら記憶は許してくれなかった・・・
【第十五幕 甦った闇の桜】
「お主が・・・・・・志々雄真実でござるか」
「『君』ぐらいつけろよ。無礼な先輩だな。」
座布団に座り煙管を吹かしている全身包帯の男---志々雄真実はニヤリと笑いながら言う。
視線の先にはがあった。
「気にするな。無礼はお互い様でござる。」
剣心の言葉に斎藤が隣にいる宗次郎へと言葉を発する。
「オイ、そんなとこにボーッと突っ立ってていいのか。抜刀斎なら一足飛びで志々雄の所まで斬り込むぞ。」
「大丈夫ですよ。緋村さんは斎藤さんと違って、不意打ちなんて汚い真似、絶対しませんから。」
二コリとした笑顔で言う宗次郎に対して、斎藤は舌打ちをした。
「何故、この村を狙った?お主の狙いはこの国そのもので、小さな村の一つや二つではなかろう」
「温泉。ここに湧いてる湯はこの火傷だらけの肌によく効いてな。
でも他の湯治客が俺を見たら怖がってしまうだろ。だから俺のものにしたんだよ」
「お前は・・・・・・たったそれだけの事で、この村をメチャクチャにしたのか・・・」
「冗談だよ、冗談。ムキになるなよ。噂に違わずくそ真面目な性格のようだな」
志々雄はククク・・・と笑いながら言った
「安い挑発だ。どこかの娘みたいにムキになるな」
斎藤は剣心の頭をゴンと殴る。
その間も、斎藤は視線からを外さなかった。
宗次郎がを見ていることが分かったからだ。
「この村を取ったのは東海地方制圧の軍事拠点にする為さ。ま、ここの温泉も本当に気に入って入るがな」
志々雄の言葉に剣心は反論しようとするが、斎藤が止める。
斎藤は、面白くなさそうに、ここを拠点に明治政府に復讐する気か、と志々雄に問う。
「・・・新選組、三番隊組長斎藤 一さんか・・・
あんたは抜刀斎より俺に近い性質だからもっと理解っているかと思っていたけど今イチの様だな」
志々雄はさも楽しげに、今更明治政府に復讐する気はないと答える。
そしてすっと視線をに向けた。
がその視線を感じ、顔を上げる。
「・・・・ぁ・・・・」
「信じれば、裏切られる 油断すれば、殺される 殺される前に殺れ」
それが志々雄が政府から学んだ事だと言う。
斎藤はため息をつくと、後ろの襖に凭れかかり、腕組みしながら言う。
「そうかい、だったらいい加減静かにしてくれないか。お前一人の為に日本中を飛び回るのは結構疲れるんだ」
「あんたも俺も先輩も同じ幕末を生きた男だろ。なのに何で俺の気持ちがわからないのかねえ。
尊皇だ倒幕だ攘夷だ開国だの言っても所詮、つまる所幕末ってのは、戦国時代以来300年を経てやって来た久々の動乱なんだぜ。
尊皇か佐幕か薩摩か長州か土佐か、それぞれがそれぞれの“正義”って錦の御旗を掲げて日々争い、殺しあった動乱の時代。
そんな時代に生まれ合わせたのなら天下の覇権を狙って見るのが男ってもんだろ」
パチパチパチパチ
志々雄の言葉に宗次郎は手を叩く。
「ところがどうだ。暗殺されかけて、やっと傷をいやして出て来てみれば、動乱は終わって明治政府なんてもんが出て来やがった。
しかも俺一人の死に損ないを抹殺するのにも西欧列強の目を気にして軍隊一つ出せやしない。
弱々しい政府だ。こんな弱々しい政府に国は任せられねェだろ。ならば!動乱が終わったのなら、俺がもう一度起こしてやる!
俺が覇権を握り取ってやる!そして俺がこの国を強くしてやる。それが俺がこの国を手に入れる“正義”だ」
「だが・・・・・・その正義のために血を流すのはお前じゃない。その血を流したのは今を平和に生きていた人達だ。」
剣心が志々雄を睨みながら言う。
「この世は所詮弱肉強食・・・と言っても先輩は納得しそうにないな・・・」
志々雄も同じように剣心を睨みながら答えた。
「志々雄真実。お前一人の正義の為にこれ以上人々の血をながさせるわけにはいかぬ。」
「斎藤さん、あなたは?」
宗次郎の問いに斎藤はニヤリと笑いながら、自分は志々雄を仕留める方が性分に合っていそうだと答えた。
そして志々雄はどうしても闘うのなら『花の京都』としゃれこみたいと答え、トンと畳を叩いた。
ドゴっと大きな音を立てて、畳が斬り上げられる。
そこから現れた尖角が剣心を切り刻もうとする。
しかし剣心は志々雄の視線に気付き、技を出すことなく、ただ切り返しをして尖角の攻撃をよけ続ける。
「苦戦してますね、緋村さん。押されっぱなしでさっきから一度も攻撃してませんよ。助太刀、したらどうです?」
宗次郎の言葉に斎藤は口の端を上げながら答える。
「冗談。あんなの相手に自分の太刀筋を披露する気にはなれんよ。見な。ついさっきまで冷笑浮かべて雄弁語っていたくせに、
闘いが始まったとたんあのツラ・・・抜刀斎の技を一つもらさず見極めようとしてやがる・・・豪放なくせして油断もスキもありゃしねぇ。
・・・抜刀斎も当然、あの視線に気づいている。だから、敢えて攻撃せずああやって相手の自爆を誘ってるんだ」
「自爆?」
「そろそろか・・・」
剣心が呟いた直後、尖角の足が音を立てて折れた。
今までこんな事は一度もなかったと言う尖角に、剣心はその体の大きさが切り返しの度に大きな負担をかけていた事をいい、
斎藤は、剣心が切り返しの度にスピードを釣り上げていた事を話す。
「尖角。最初からお前に勝ちなんざ期待しちゃいねえが、このまま抜刀斎に技一つ出せないまま負けてみやがれ。
この俺が直々にブッ殺してやる」
志々雄の言葉にガタガタと尖角は震え出し、大声で叫びながら剣心に飛び掛かる・・・が。
「飛天御剣流 龍翔閃!」
同時に尖角はあっけなく倒された。
「阿呆が・・・そんなデクの棒にまで情けをかけやがって。その甘さが命取りになるぞ」
斎藤は舌打ちをするが剣心はと言うと、『後輩』相手にそう気張る事もあるまいと答える。
そして志々雄に刀の刃を向けて言った。
「・・・剣を取れ。志々雄真実」
ふと、襖の近くから何かを感じ、が斎藤の袖をくいっと引っ張る。
「・・・・斎藤さん・・・」
斎藤はちらりと視線だけをに送ると、襖に手を掛ける
「だったらコソコソしないで堂々と見物しな」
斎藤がそう言うと襖を引く。
ドシャァッ!
「ただし、そばから離れるなよ」
現れた操と栄次の姿に剣心は一瞬驚くが、視線をすぐに志々雄の方へと向けた。
「は、はは。姐。ごめん。」
「操ったら・・・でも斎藤さんの言うとおり、離れちゃ駄目だよ。」
そう言ってにこりと微笑んだ。
「つまらねえ闘いはしたくねえ」
そう言うと志々雄はパチンと指を鳴らすと横にいた由美が後ろにあった屏風を畳むと後ろに隠し階段が見えた
「京都で待っていてやるから、人斬りになってから出直して来な」
「尻尾まいて逃げるのか」
剣心の言葉に志々雄は刀に手をかける。
操が気付き、声を上げる。
投げつけられた刀を剣心がよけるが、その刀はバシっと音を立てて宗次郎の手に収まる。
「宗次郎、俺の代わりに遊んでやれ。」
「いいんですか?」
「ああ。『龍翔閃』とやらの礼に、お前の『天剣』を見せてやれ」
そう言って隠し階段を降りようとしたが、ふと宗次郎の方を見る。
「・・・とその前にだ。」
宗次郎はこくりと頷くと縮地での前まで来た。
「あっ!!」
「すみません、斎藤さん。さん、ちょっと借りますよ?」
「なっ!!」
斎藤が伸ばした腕はすでに空を切る。
宗次郎はの腰に手を回した状態で、斎藤から離れた。
そして、壁に立てかけてあった包を手に取ると、その中身を取り出す。
「!!それは・・・・・・」
「ああ、そうか。斎藤さんは知ってるんですよね?」
「ぃ・・・ゃ・・・・」
斎藤の目には紛れもなくのが映る。
そしてその刀を見たが痙攣を起こしたかのように震えだす。
その様を志々雄はニヤリと見ていた。
「・・・・、それはお前のだ。」
「ぁ・・・・ぅ・・・・」
志々雄が静かに言う。
「お前を襲ったのはどんな奴だった?」
「貴様・・・全て知っているのか!?」
斎藤が少し声を荒げて言うと、志々雄は高笑いをして斎藤を見る。
「さぁてな。・・・、お前を襲ったのは明治政府の犬じゃなかったのか?」
「ぁ・・・・あ・・・・」
「どんな奴らだった?そこの男のような姿だっただろう?」
ちらりと斎藤を見る。
脳裏に浮かぶ複数の男たち・・・
「折角お前が刀を捨て、孤児達と静かに暮らしていたのになぁ・・・その孤児を殺したのは誰だった?」
「う・・・・うぅ・・・・」
「そして・・・無理やりお前を犯ったのは誰だった?」
「あ・・・違・・・」
「そこにいる警官と同じ奴らだろうが?」
「!!!」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
叫び声を上げながら頭を抱えて後ろに倒れ込むを、宗次郎が支える。
目からは涙が溢れて止まる事はなかった。
宗次郎はその体を抱き上げると、志々雄の方へと連れていく。
志々雄はくいっとの顎を掴むと、顔を覗き込む。
「もういい加減、思い出せよ。」
「ああ・・・あ・・・私は・・・・」
「お前は何の為に刀を捨て、抵抗しなかった?」
「わ・・・私は・・・子供達が平和に・・・」
「その子供の命を奪ったのは誰だ?平和を掲げる政府連中だっただろう?」
「っ・・・ぁ・・・」
「ほら、よく見てみろ」
の顔だけをぐいっと斎藤と剣心の方へと向けさせる。
「あそこにいる連中はお前から大切なものを奪った連中だ。」
「・・・・・・・・・あ・・・・・・奪・・・った?」
「殿!」
剣心が叫ぶが、の目はすでに虚ろになって剣心と斎藤を見ている。
「お前から全てを奪った奴らだ。憎いだろう?」
「に・・・く・・・い?」
「ああ」
「・・・・憎い」
「ほらよ、お前の刀だ。」
志々雄の言葉に宗次郎がをの前に差し出す。
はゆらりと立ち上がるとその刀を持つ。
「・・・・・・・・」
斎藤はいまだ無言のままその状況を見ていた。
否、何も言えずにいた。
「私は・・・・」
「お前は人斬り【】のだ」
自分の力で立ち上がり、まだふら付きながらも体を斎藤達の方へと向ける。
「違う・・・」
「!!」
ゆっくりとを抜刀すると、顔をあげて斎藤と剣心の方を見た。
そして・・・
「私は『』ではない・・・家当主・・・。・・・・全てのものを闇に葬る暗殺集団の頭【】・・・それが本当の私・・・」
はそう言って斎藤を見た。
「・・・」
「・・・貴方は私から全てを奪った人の仲間・・・」
「!!」
斎藤の声で一瞬が見せた悲しい笑み。
だがすぐに志々雄がの肩を抱く。
「・・・斎藤一、こいつと遊びたかったら京都へ来な」
そう言うと階段を下りて行った。
斎藤は未だ信じられないと言った表情で、ふと足元に落ちていたものに気付く。
それはと自分しか持っていない、あの蒼い結い紐だった。
斎藤はそれをさりげなく取り上げると、内ポケットにしまった。
「・・・・・志々雄、あいつは返してもらうぞ・・・」
誰にも気付かれる事のないくらいそう小さく呟いた。
(2009/04/20 UP)