あいつが見せる笑顔の裏にはいつも
哀しみを隠していたことくらい知っている。
それが己まで哀しくなるほどの哀であったことも・・・
【第十六幕 垣間見えた哀】
宗次郎と対決した剣心は、折れた逆刃刀の代わりを探すことになった。
解放された村人たちの厳禁な様子を見ながらも、栄次の言葉に皆がうなずいた。
「さてと・・・・・・それじゃあ、俺はそろそろ戻るぜ」
「ああ。しかし、栄次はどうするでこざる」
「俺も、お前も連れて行く訳にはいかんだろ。しばらくは時尾の所へ預けて落ちついてから身の振りを考えるさ」
斎藤の言葉に、皆が首を傾げて問いかける。
「時尾?」
「・・・・家内だ」
どぉーん!
その言葉に剣心と操は吹っ飛ぶ。
「か、かかか・・・家内〜」
「お前、結婚していたのか〜」
「ああ」
どこか不味そうにして答える斎藤。
「コホン!!・・・安心しろ。時尾はできた女だ。栄次の面倒はしっかりみてくれる」
「そりゃそーよねェ。この男の奥さんつとめるんなら」
「ああ。菩薩のよーな女じゃなきゃまず、無理でござる」
そう言って剣心と操の脳裏には菩薩の掌に寝る斎藤の姿が浮かぶ。
「こっちの心配はいらん。お前はさっさと京都へ行って人斬りに戻れ。」
栄次を連れて行く斎藤は剣心とのすれ違う。
「この闘いでわかっただろ。『流浪人』のお前じゃ志々雄はおろか、その側近にも歯がたたない。
逆刃刀が折れたのはちょうどいい。いい加減覚悟を決める事だ。昔のお前に期待してるぜ」
ぽん
剣心の肩を叩いてそう言いながら去っていこうとした。
「待て・・・殿は・・・」
「・・・・・・・・・・」
「このままでいいのでござるか?」
「・・・・・・・・・・・」
斎藤は黙って剣心を見る。
そして・・・
「どちらにしても奴は京都だ。いずれ会えるだろう」
「・・・・・敵としてで・・・ござるか?」
「・・・・・・」
「お主はそれでいいのでござるか?」
「・・・・・・・・・さぁな」
そう言うと今度こそ栄次を連れて去っていった。
「緋村・・・姐は・・・」
「まだ分からぬでござるよ。あとは・・・あいつに任せるでござる。」
東京へ戻った斎藤は、栄次を時尾に預けに帰った。
「この子は?」
「栄次という。しばらく預かってくれ。」
「分かりましたわ。・・・あなた・・・」
「何だ。」
「・・・・変わられましたね。」
「・・・・・・・」
時尾はすっと三つ指を立てて、斎藤の前に座した。
「見つからなかった大切なものがどうやら見つかったようで・・・」
「・・・・・ああ」
「・・・・・今までお世話になりました。」
「!!」
「私はあの子と栄次くんを連れて実家に戻りますわ。」
「・・・・・・すまん」
「いいえ、幸せでございました。」
「・・・・いずれこいつの身の振りは連絡する。」
「はい・・・あなた。」
「何だ」
「どうかその方とお幸せに・・・」
「・・・・・ああ、お前たちも・・・な」
斎藤はそう短く時尾に答えると、家を出た。
出来た女だと皆にも言っていたが、まさか知っていたとは思わなかった。
自分から言わなかったとはいえ、時尾に幸せになんぞ言えたタチではないと苦笑しながら
斎藤は煙草を吹かしながら再度目的地へと向かった。
数日後、京都府警で与えられた執務室の窓を開ける。
視線の先には馬車から下りてくる剣心の姿。
「よう、平日の午後に馬車で来訪とは、まるでどこぞの御大尽のようだな」
「藤田君」
オロオロとしている署長を余所に、斎藤はふと眼光を鋭くした。
「で、どうだ。人斬りに戻る決心はちゃんとついたか」
「さぁ、どうでござるかな」
二コリと笑う剣心に内心どこか違う事を察知するも、表情を変えずに剣心を見る。
「まあいい。急ぎの話がある。さっさと上がってこい。」
部屋を変えて斎藤は剣心と二人になったところで口を開く。
それは剣心も想像していなかったことだった。
「京都大火!?」
「ああ、お前がとっ捕まえた十本刀の張から取った情報だ」
加えて今日早朝、警ら中の警官が不審な男を尋問したところ、
こいつが志々雄一派の工作員で京都大火の下準備をしていたと白状した
「京都大火は今夜十一時五十九分決行予定…これはまず、間違いない」
「・・・妙でござるな」
「お前もそう思うか」
志々雄一派がいくら強いとしても、こうも簡単に情報が漏れてしまっては
奇襲も暗殺も成功はしない。
「だから俺は地下牢にいる張にも当然十本刀の一人が暗殺に差し向けられるものと考え、ずっとここで網を張っていた。
だが、しかし、その気配は一向になかった。まるで、張から好きなだけ情報を得て下さいといわんばかりに・・・
どう考えても妙だ。」
「どうやらこの京都大火の裏には十本刀の一員にすら全く秘密にされている、何かもう一つ別の狙いがある。」
目の前に広げられた地図を見ながら考えを巡らす剣心と斎藤。
「京都大火は池田屋事件の一部を模倣している。
国盗りも復讐も同時に楽しむ志々雄のことだ、必ず『別の狙い』にも何かそういう遊びがあるはず」
どこだ
やつらの狙いは
どこ----
!!!!!!!!
「斎藤、幕末の天下分け目の戊辰戦争・鳥羽伏見の闘いの折、幕府の将軍徳川 慶喜は味方を欺き、
大阪湾から船で江戸へ逃げ帰り、その行動が官軍の大きな勝因となった。
その勝因を今度は志々雄が皮肉を込めて自分の勝因にしようとしているなら・・・」
その指差す先には・・・
「東京・・・。京都大火はあくまで作戦の第一段階。船による海上からの東京砲撃が奴らの真の狙い…」
「成程・・・京都大火は人目と人員を引きつけるためのいわば布石・・・
ならば志々雄一派と警官隊の全面衝突があった方が派手でいい。
だからわざとこちら側へ情報を洩らす真似をした訳か。
狙いはあくまで政府の中枢の東京。あやうく出しぬかれるところだったぜ。」
斎藤は、苦虫を噛んだような表情で地図を眺める。
「海上に出られては手の打ちようがなくなる!それだけは絶対避けねば!時間がない!急ぐでござる!」
斎藤にそう言いながら部屋をでようとする剣心。
そして扉を開ける・・・
「で、また俺はおいてけぼりってか?」
ゴッ
剣心が扉を開けるのと同時に入ってくる懐かしい拳。
「今度はそうはいかねぇぜ。」
そう言ってニヤリと笑う左之助に、剣心はよろめきながらもどこかほっとした感情を得ていた。
「翔ぶが如く、翔ぶが如く!翔ぶが如く!!目指すは大阪、いざ行かん!!」
ドズッ!!
「てめー 斎藤 何しやがる!」
「うるさくて話が出来ん。少し静かにしてろ」
そう言うと斎藤は剣心の方に視線を移し口を開く。
「話を続けるぞ。京都の方には五千人の警官を配置してある。数では志々雄側の約十倍。
これだけ置いとけばとりあえず京都大火は防げよう」
「出る前に書いた手紙」
「・・・心配せずともちゃんと届ける様手配はした。だが、あれは何なんだ」
「・・・警官の数で五百の兵は止められても五百の火種までは止められぬ。
京都大火を防ぐには、幕末の昔から京都を見守り続けた彼らの力が必要でござるよ」
そう言って笑う剣心。
「大阪の方には電信で連絡したが、人手はほとんど京都の方に割いてしまったから包囲網を敷くのはまず無理だ。
加えて、この馬車がどんなに早くついても十二時前後。時間的に見ても手当たり次第捜索してては間に合わんな、どうする」
「ウダウダ言ってても仕方ねェだろ。例え失敗しても砲撃の一度二度で壊滅する程、東京はヤワじゃねェし。
ここまで来たらあとは全力でぶつかるだけさ」
ブスッ
「ぢ!? てめぇ 一度ならず二度も!殺すぞコラ!!」
斎藤と左之助のまるでコントのような状況を見ている剣心。
「もし今、見知らぬ船が例え一隻でも突然、東京湾に現れ砲撃を開始すれば、東京は間違いなく大混乱に陥る」
「当然、今の政府にそれを鎮める力はなく、東京はすぐさま無法地帯と化し、政府機能は停止するって寸法さ」
「・・・・・・・成程な。よーくわかったぜ。事態は刻一刻逼迫してるってな。ならばなおさらの事、翔ぶが如く!!」
学習能力のない左之助はそうして四度程、斎藤からの刀の洗礼を受ける羽目になった。
船着場で一隻だけ出向の準備をしている船を見つけ、すぐさま斎藤と剣心、左之助は攻撃態勢に移る。
斎藤から斬鉄は出来るかとの問いに剣心は海中でなければ出来ると答えた。
「左之、拙者と斎藤で敵の銃砲をひきつける。そのスキにお主はそこらで小舟を探して迂回して忍び寄り、
炸裂弾で敵艦の後方の機関部を破壊してくれ」
剣心がその言葉を言い終わるのと同時に、船からの攻撃が発射された。
「いくぞ!!!」
そう言うと斎藤と剣心は二人で同時に空中に跳んだ。
斎藤と剣心は船へと乗り込む。
そこには志々雄と由美、宗次郎、百識の方治・・・そして
「・・・・」
「・・・・・・・・殿」
斎藤の口から漏れた言葉に剣心も視線を移す。
その先には由美と反対側に静かに立っているの姿があった。
「決死の特攻ようこそ・・・と言いたいところだがまだまだ甘えな」
斎藤と剣心が囮と言う事は承知とした上で、左之助目掛けて回転式機関銃が斉射される。
それを左之助は二重の極みではじき返した。
そして投げ込まれた炸裂弾によって戦艦煉獄は沈没へと仕向けられた。
「煉獄一隻は高い代償になったが、この国を盗るにはます先にお前等三人を葬る必要があるという事がこれでよくわかった」
「志々雄さん、新月村の決着、やっぱりつけます?」
の横からひょいっと顔を出した宗次郎がそう言う。
「ああ・・・ただし」
「ただし?」
そう言って首を傾げる宗次郎に志々雄は答える。
「場所は比叡山の北東中腹六連ねの鳥居の祠----俺達のアジトでだ。そこでなら一切の邪魔は入らん。
もちろん、当方は俺と十本刀だけで迎え撃つ!」
「・・・つまり、十対三の決闘か。それはそれで一向に構わんが、どうせなら二対二の方が手っ取り早くないか」
船が沈むまでまだ時間はあると言いながら、刀を構える斎藤。
しかしその手を剣心が抑えた。
「・・・・・・何の真似だ」
「比叡山六連ねの鳥居の祠でこざるな。委細承知した」
剣心を睨みながら斎藤は視線を志々雄・・・隣にいる---いや、に移す。
自分に対して何も感じていない・・・いや。
人斬り【】のと呼ばれていた頃のよりもっと冷酷な視線だけが返ってくる。
斎藤は心の中で舌打ちをした。
「志々雄様、脱出の用意出来ました。さ、早く!」
奥から志々雄の部下が叫ぶ
「・・・・・・抜刀斎、今も昔もあんたは俺にとって国盗りついでの余興に過ぎん。
だが、それは今この時からこちらも命を賭けるに値する余興になった。それから・・・・」
斎藤の方を見ながらニヤリと笑う。
「こいつは俺の可愛い修羅だ。いずれこの余興にも華を添えるだろうぜ・・・なぁ、斎藤一」
そう言っての腰をぐいっと自分の方へと寄せる。
は何の抵抗もせずに志々雄の腕の中に収まった。
「っ・・・・・・・」
「・・・・斎藤」
「・・・・・・・・」
その小さな舌打ちに気付いた剣心が斎藤にちらりと視線を向ける。
「・・・・・、お前、少し遊ぶか?」
「・・・・・・・遊びは嫌いだ。・・・・・やるなら本気で・・・・」
そう言ってゆっくりと斎藤の方を向く。
そして・・・
「殺す」
「!!・・・・・・お前は・・・」
斎藤の言葉を遮るように、志々雄がの背に手を当て、後ろを向かせる。
「この先、俺に隙は無い。覚悟してかかって来い。」
それだけ言うと志々雄達はその場を去った。
その後、海から上がってきた左之助は剣心が指差す方向へ向けて怒鳴り散らす。
それを見ながら斎藤は阿呆がと言いながらも、剣心は左之助がいなければ煉獄は撃沈しなかったという。
それは百も承知だと言いながら、ふと斎藤は志々雄達の方へと視線を向けた。
ゆらりと見えた黒い着物と長髪。
「・・・・殿の・・・目」
「・・・・・・・・・・」
「・・・一瞬・・・垣間見た・・・殿のあの目」
「・・・・・・・・・・」
「お主も気付いたのだろう」
「・・・・・ああ」
そう言うとポケットから煙草を取り出し咥える。
先ほど斎藤を見た時、一瞬見せた目の光。
まだ完全に修羅になっていない証。
自分の状況に深い哀しみを秘めた視線。
それを斎藤だけではなく、剣心も気付いたのだった。
「まだ・・・・取り戻せるでござるよ」
斎藤のへの想いを知ってか知らずか剣心がそう言うと
斎藤は小さく鼻で笑いながら答える。
「・・・・当然だ。」
「・・・・・・・??」
いつになく真剣に・・・だがニヤリとした笑みを浮かべながらそう言う斎藤に
剣心はふと頭に以前斎藤が口にした奥方の名が浮かぶ。
そして意味深な視線で斎藤を見る。
その視線に気付いた斎藤は不満そうに剣心を見た。
「何だ」
「そう言えば・・・奥方殿は・・・」
「・・・・フン、貴様には関係ないだろう。」
「もしや!!・・・おろぉぉ」
剣心に斎藤は頭に拳をぶつけると、口から紫煙を吐き出す。
「そんな事より、どうやら京都も無事の様だな」
京都の方へと視線を向けるとそこには何もない。
どうやら無事のようだと安堵しながら、その場を後にした。
振り返り、もう見えない志々雄達の方を見る。
「・・・待ってろ・・・必ず・・・」
そう言った言葉は紫煙と共に夜明けの空へと消えていった。
(2009/04/23 UP)