比叡山、六連の鳥居のある志々雄 のアジト。

その一番奥の隠し扉の部屋に彼女はいた。

彼女はするりと今まで着ていた着物を脱ぎ棄て、一糸纏わぬ姿になると、

目の前に掛っている衣に袖を通す。

蒼き桜の舞う黒衣

幼い頃から着てきた彼女の本来の正装・・・

そして・・・

今まで着ていたものは、仮の着物。

本来の着物は今までとは違い漆黒の中に宵を思わせる色をしている。

刺繍の糸も光加減では蒼から月色へと変わる。

彼女はその着物を纏うと、彼女はその隣に立て掛けれていた愛刀を見つめる。

本来、この刀を振るう事は二度とないと思っていた。

なのに捨てたはずの記憶と時代がそれを許さなかった。







【第十七幕 外れた留め金】







「・・・・・・・・・・・・・・・・か?」


ゆっくりとその声の主の方へと振り返る。


「・・・・・・・蒼紫」

「・・・・・・・何故、ここにいる。その衣は・・・今は亡き家の・・・」

の名を知っているのはさすが御庭番衆と言った所・・・・私は・・・家当主、【 】の・・・」


そう言ってじっと見つめるに蒼紫はわずかに目を細めるだけだった。

すでに修羅と化そうとしている蒼紫の目に戻る光。

蒼紫はカツカツと音を立ててゆっくりとに近付いて行った。


「・・・・・お前と出逢ったのは5年前か・・・」

「・・・・・・もうそんなに経つのね」

「只者ではないと思っていたが・・・記憶を封じていたのか?」

「・・・・・概ねは宗次郎から聞いているのではなくて?」

「・・・・・・・概ね・・・な。俺と過ごしていた時の事もか?」

「いいえ、あれは偶然。本当に失っていたみたいだわ。」

「・・・そうか・・・」

「何か・・・聞きたそうね」


そう言うとはふっと蒼紫を見る。


「・・・・詮索はしない主義だが・・・」

「・・・・襲われたのよ、政府の犬にね。」

「!?」

「・・・・貴方と過ごした時間で、私は子供たちを育てると決めた。戦で親を亡くした子たちをね。
・・・・・・・・・・・・それを殺した政府の犬たち・・・あの子たちは・・・何も悪いことなどしていない。
ただ、懸命に生きようとしていただけなのに。」

「・・・すまない。」


そう言っての髪を一房手に取ると、じっとを見下ろした。


「貴方が謝ることなどないわ。私は貴方をあれ以上想わない為に離れた。
この手で守れるものがあると信じて、過去をすべて封印しても・・・失っても。
・・・・義姉上の言葉を実現したかったのかもしれない。」


はじっと蒼紫を見つめた。


「蒼紫・・・貴方は修羅になってはいけない。前を見なくてはいけない。私のように・・・なってはいけない」

「・・・・・何が言いたい」

「般若達の死を無駄にしてはいけない。どうしても前に進めぬと言うのなら抜刀斎と『四乃森蒼紫』として闘うといい。」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

「貴方は私がもう無くしてしまった物をたくさん持っている。貴方には愛すべき者がいる。
そして貴方を心から慕い、愛している者も・・・。」


そう言うと、はすっと蒼紫の頬に触れる。

その眼は深遠の闇・・・深い悲しみと絶望、そして慈愛に満ちているような目だった。


「ありがとう・・・私を探してくれたんでしょ」

「・・・・ああ」


初めて蒼紫と出逢った時、はすでに記憶を封じていた。

蒼紫に拾われた形にはなったが、幼い操を2人で見ていた。

いつしか操を通してお互いを慕っていた事に気付いた。

蒼紫と、二人で過ごした時間はきっと間違いではなかったはず。


「・・・・・・・蒼紫、もし私が闇に生きる者ではなく、普通の人として貴方に出会っていたら・・・」

「・・・・・・・・・・愚問だ。俺はどんなお前でも愛していた。」

「そうね。・・・・私も・・・貴方が好きだった。自分の信念を曲げずに生きようとするその姿。彼らを慈しみ、愛する姿。
きっとそんな貴方に恋をしていたんだと思うわ。でも・・・それは愛とは違ったんだわ。」

「お前は俺と出逢った頃からその胸に誰かを想っていただろう。・・・それが斎藤一だ。」

「・・・・・あの人は・・・・過去の人だわ。」

「違うな・・・お前は昔も今も、あいつを想っている。」

「記憶が戻った今、お前は・・・俺を受け入れるか?」

「・・・・・それも・・・愚問だわ。例え貴方と同じ道を進んでも、行きつく先は違う。
今の私はきっと・・・いえ、貴方を殺すわ。」


それだけ言うとは蒼紫に背を向けた。

蒼紫はすっと後ろからを一度だけ抱きしめると、耳元ですっと囁く。


「やはり愚問だったな。俺達はもう戻れない。ならば、俺も全力で応えよう・・・それでお前が全てを取り戻せるならな」


そう言って体を離すと、部屋から出て行った。

一人になったは、部屋を暗くして隅の方に座り込む。

思い出すのは記憶を封じた時の事。

剣を捨て、蒼紫の元から離れ、新しい世のために申し子たちを育てると誓ったあの日。

そして自分のという名のせいで絶たれてしまった小さな命達。

崩れ去った自分の誇りと共に・・・降らした血の雨。

そして穢れてしまった己の体。

せめてもの償いと思い、そのままで生きていこうと思ったのに

それすら貫けずに逃げる為に封じた過去の全ての記憶。


「・・・結局・・・因果応報か・・・私は決して許されぬのだな・・・」


ふと手にした剣に付いていない蒼い結い紐に気がつく。

は苦笑する。


「私は・・・斎藤さんと一緒にはいられない運命なのかもしれない。」


斎藤の刀にも付いているであろう紅い結紐をぐっと引きちぎると胸元へと忍ばせた。



















一方、剣心と斎藤、左之助は由美の案内により、祠の中へと来ていた。


「・・・・・一つお前に聞きたい事がある。」


斎藤は由美に向かってそう言うと、由美は歩みを止め、ゆっくりと振り返った。


「何かしら?」

「・・・・・・はどこにいる」


斎藤のその言葉に、由美はフフっと口に手を当てて笑った。


ちゃんのいる場所は私も知らされていないの。ここにいる事以外はね。志々雄様がご存じだと思うわ。
まぁ、志々雄様のところまでたどり着ければの話だけれど。」

「・・・そうか、ならばさっさと案内しろ。」


そう言うと、斎藤はそれ以降口を閉ざした。

斎藤の頭の中では色々と考えが巡る。

今の由美との短い会話から、は間違いなくここにいる事は分かった。

志々雄の事だ。

面白可笑しくするために、いずれ自分たちとを戦わせる可能性もある。

そこまで考えると斎藤は苦笑した。

自分が女にそこまで執拗になるとは思ってもみなかったからだ。


「なぁ、剣心。」

「何でござるか?左之」

ってーのは」

「ああ、昔拙者と剣を交えた事のある新撰組の人斬り抜刀斎でござるよ。」

「ぬぁ!?」

「幕末の頃、名を馳せた名門家。暗殺業を裏稼業としていたでござるが・・・」

「っつー事は斎藤の仲間か!?」

「いや、仲間と言うより未来の奥が・・・おろっ」


間髪入れずに斎藤の蹴りが剣心に命中する。


「い、痛いでござる・・・」

「余計な事は言うな、阿呆」

「余計ではないでござるよ!お主にとっては未来の奥方でござる」

「斎藤の!?こんな奴に嫁が出来て何で・・・」


左之助はそう言いながら斎藤の後ろに向かって怒鳴り散らす。

その様子に剣心は呆れた顔をする。


「ふん・・・」

「・・・斎藤、殿の事でござるが・・・」

「何だ」

「拙者が見るに、恐らく殿は自ら記憶を封印したのではないかと思うでござるよ。」

「・・・・どういうことだ」

「詳しくは分からぬでござる。だが・・・恐らく拙者の見解に間違いないでござるよ。
あとは本人に確かめるといいでござる。」

「・・・・・・・・・・ああ。」


短くそれだけ答えると、斎藤は目の前の扉を剣心達と共に睨みつけた。









      

(2009/05/20 UP)