全てを思い出した今、私の中に二つの感情が交叉する。
あの人を愛しているという感情と
あの人を殺したいという感情
この二つの感情は似ていると思いながら、
刀を握りしめている。
【第十八幕 闇に浮かぶ蕾が開く時】
「・・・はあ・・・はあ・・・」
剣心と闘った後、蒼紫は天翔龍閃によって痛む身体を支えながら立ち上がっていた。
「ほう・・・」
「!!」
そこに、宇水に勝利した斎藤がやって来た。
「これはまた大層、手痛くやられたものだな」
「・・・斎藤一か・・・」
「おや?お前には藤田 五郎としか名乗ってないはずだがな」
「瀬田という男から聞いている」
「ホウ」
「いいのか、お前はこんな所でのらりくらりしていて。抜刀斎達はとうの昔に先に向かったぞ」
「そうか、ならば結構。事は予定通り順調に進んでいる」
「!何・・・」
斎藤はフッと笑うと、一枚の紙を蒼紫に向かって投げた。
「これは――・・・」
その紙にはアジト中核部の見取り図が詳細に書いてあった。
斎藤は蒼紫の方を向きながら煙草に火をつける。
そして、御庭番衆の情報収集力もなかなかだが、この国の情報収集ならこの国の国家機構が一番優れている。
斎藤が警視庁の密偵をやっている理由の一つ。
ここまで入れればもう道案内など一切不要だという事。
ならば二手に別れた方が得策だ、と紫煙を吐きながら答えた。
「つまり・・・抜刀斎達を囮の捨て駒にすると言うコトか」
「まあ、そんなところだ」
斎藤は振り返り、金色の瞳で冷笑しながら言う。。
「ならば『勝負』はどうする気だ。幕末から続く、お前と抜刀斎とのまだ見ぬ勝負・・・。
もしここで、抜刀斎が命を落とした時はどうする気だ?」
蒼紫の問いに斎藤は吸っていた煙草を捨てて答えた。
「フン・・・その時は当然、生き残った方の勝ちに決まってる」
思った通り、斎藤にとって蒼紫は役に立った。
蒼紫と剣心が闘う事で、敵の目も剣心自身の目も見事に斎藤から外れた。
これで自分は影の様に動きがとれる、そう言うと斎藤は部屋を出ようと歩を進める。
「・・・待て」
「・・・・・・何だ」
蒼紫はふっと顔をあげると斎藤を呼び止める。
斎藤はあからさまに怪訝そうな顔で振り返った。
「・・・お前にとって、は何だ?」
蒼紫は斎藤に聞いた。
「・・・俺もお前に聞きたいと思っていた。」
斎藤はカツっと足音を立てて、蒼紫の方を向く。
「俺の知らないの事を全て話してもらおうか」
「・・・は俺と共に暮らしていた。」
「!!」
「・・・伏見の戦いから何年か後、・・・仕事で行った先で・・・出会った。」
「・・・・・・・」
斎藤は懐から煙草を取り出すと、火をつける。
明らかに苛立っている。
蒼紫はそう感じた。
「・・・恋人同士・・・か」
「・・・・・・どうだろうな」
斎藤は蒼紫のその言葉に眉間に皺を寄せる。
「・・・お前はどうだ」
蒼紫は自分の中で思わず出てしまったその言葉に苦笑する。
まるでを自分のもとへと連れ戻したいような発言に。
「あいつは俺の女だ。」
「・・・・そうか」
それを感じ取ってか斎藤がそう答えると、蒼紫は黙って背を向ける。
「・・・はこの奥の部屋にいる。」
「・・・・・・」
それだけ言うと蒼紫はすっとその場から離れた。
斎藤は煙草を踏み消すと、蒼紫が言った方向へと足を向ける。
古びた本棚の一番奥、そこに隠された扉を見つけ、斎藤はその扉を押す。
ギィィィィィィ
重苦しい空気が斎藤を襲う。
真っ暗な闇の奥、
そこにわずかに見える三日月
否
それは刀だった。
「・・・・・・」
刀を持つ人物に向かって斎藤は言う。
その人物・・・はすっと目を開けて、斎藤を直視した。
「・・・・・この剣気・・・・完全に記憶が戻ったんだな」
「・・・・・・・・・・・」
「」
「・・・・・・元新撰組三番隊組長・・・斎藤一。私の・・・敵」
カチャリと音を立てて、は斎藤の方へと向き直った。
漆黒の闇に溶けてしまうような着物。
裾に模様されている蒼い桜が妖しく輝いて見えた。
まるで夜桜そのものだな
斎藤はそんな事を思いながらを見た。
「私は・・・お前と戦わなければならない」
「・・・・そうか」
「蒼紫と同じ・・・そうでなければ・・・・」
そこまでが言うと、斎藤は小さくため息をつきながら刀を抜刀する。
そして牙突の構えを取った。
「前へ進めないというのなら応えてやる。言ったはずだ。俺がお前を止めてやると・・・な」
金色の瞳を細めながら、斎藤は口元を緩めた。
「古剣流・・・千月華!!」
言うが早いか、は斎藤に向かって切りつけた。
斎藤はそれを紙一重で避けると、刀を構える。
「牙突弐式!!!」
斎藤の牙突を、はで受け止め、はじき返す。
バッと空中に飛び上がったに、斎藤は勢いよく飛び上がる。
「牙突参式!!!」
も遅れを取らない。
斎藤の牙突を鞘で受け止めると、そのまま空中滑走をする。
「古剣流 龍乱舞!!!」
しなやかな身のこなしで斎藤に数発の拳を入れると、間髪入れずに切りかかった。
斎藤は苦笑しながらそれを甘んじて受けた。
制服の四肢がわずかに破ける。
斎藤は、若干顔を顰めながら着地すると、そのまま刀を納刀した。
「・・・・・何故・・・・・」
「・・・・さぁな」
「・・・・・・・・・・・・・斎藤・・・・さん」
「・・・・・・・・本気で来るなら今頃は傷の一つや二つ出来ている。」
「私は・・・・」
「お前の刀に、俺への殺気はない。」
「わ・・・私・・・」
「・・・・、殺したいなら本気で来い。お前になら殺されてやる」
そう言って斎藤は煙草を取り出した。
ふぅっと吐き出される紫煙の先、目に涙を溜めたの姿が見えた。
カランと音を立てて、は刀を落とす。
「出来な・・・」
「・・・・・・・・・」
「やっぱり・・・無理・・・・私は・・・貴方を・・・・」
「・・・・・言っただろう」
コツコツと斎藤は一歩一歩の方へと歩み寄る。
顔を両手で押さえているの目の前まで来ると、斎藤はすっとの顎を上げる。
「お前を止めてやると・・・」
「さいと・・・さ・・・ん」
「、もう離れるな。」
「斎藤さん!!」
涙を零すを、斎藤はぐっと抱き寄せる。
背中に回された腕の温もりに、の涙はしばらく止まらなかった。
「・・・・志々雄の処へ行くのでしょう」
「・・・ああ」
「私は・・・一緒には行けない」
「・・・・・・・」
「私が今頃こうしているのをきっと知っているから・・・貴方を殺せない事を知っているから」
「・・・・・・・」
「・・・ごめんなさい」
斎藤から離れながらは壁の方へと向かう。
すっと後ろ手に何かを感じると、はぐっとその壁を押した。
「!!!」
ガタンと音を立てて、壁は回転する。
同時には壁に飲み込まれるように、斎藤の前から姿を消した。
「あいつ・・・俺がこのままお前を離すと思っているのか・・・阿呆が」
そう言って目を細めて笑うと、斎藤はその部屋を後にした。
(2009/06/22 UP)