どうしても殺せなかった。

やはりこの手で殺めることなど出来はしない

そこほど、強く熱く彼を想っていたのだと改めて自覚する。

そしてその彼が護ろうとしている信念を護るために何が出来るのか・・・

胸に忍ばせた結い紐を取り出しじっと見つめる。

意を決したかのように前を見た。

その瞳にはもう迷いは消え失せていた。








【第十九幕  消える花びら 揺れる花びら】








「この扉の先が志々雄様専用の闘場『大灼熱の間』。これを開けたら最後、もう逃げ場は無くてよ。」


最後の忠告を由美が剣心と左之助に与える。


「・・・由美殿、殿はここにいるでござるか?」

「さぁ、最初にも言ったけど、私にはあの子がどこにいるかは知らされていないの。」


そう言うとすっと扉に手をかけ、剣心と佐之助を見る。

剣心たちの目はもはや目の前に構えるであろう志々雄の姿しか映していなかった。

そして・・・志々雄が待つ闘場の・・・最終戦への扉がゆっくりと開く。








扉の先では、方治を従えた志々雄が余裕の表情で剣心の登場を待ち構えていた。


「満身創痍だな。そんなんで十分に戦えるのか。」

「姿で言うならお主も似たようなものでござろう。」


志々雄は挑発も剣心は真顔でさらりと跳ね除ける。


「・・・言ってくれるぜ。なら、お互い一切の遠慮は無用・・・・・・・・・」

「志々雄・・・・お主は殿に何をしたのでござるか」

「ったく、お前も斎藤もの事となるとうるせぇな。」


志々雄は剣心に皮肉を込めながら冷笑を浮かべて答える。


「・・・答えろ、志々雄」

「ふん、あいつは自由な修羅だ。俺も知らねぇよ。だがな、あいつはお前よりよっぽど俺たち・・・いや、俺に近い存在だからな。」

「・・・志々雄真実・・・お主は絶対に許さん!!拙者の命に代えても!!!」


そう言って剣心も志々雄も、刀に手を掛けるとほぼ同時に走り出した。

一度剣を交えると、志々雄の刀からは炎が上がった。

抜刀の鞘走りの摩擦熱で切っ先を燃やしたように思う剣心。


「フ・・・そんなに不思議か?」


その言葉と共に、志々雄は刀を地に滑らせ刀に再び炎を宿してみる。

抜刀による摩擦熱ではない。

そうだとしたら、自分とて同じことができるはずなのだからと考える剣心。

彼の刀は他の・・・別の『何か』によって燃えているのだ―――

火炎自体に殺傷能力は無い、切っ先だけを見据えて返せば良い。

剣心がそう考えた矢先・・・

志々雄は攻撃を再開する。

切り上げた刀を避けはしたものの、その刀を今度は鞘に当て炎を纏わせて切り下ろした。

この炎の斬撃を受けた剣心は、ついにガクリと膝を付いてしまった。


「どうだ、俺の『焔霊』は。『斬る』と『焼く』と同時に喰らうのは初めての痛みだろう?」

「そうだな・・・だが、傷の痛みは意外と深くはない。見えたでござるよ、焔霊の正体・・・」


立ち上がりながらも剣心はその目から闘気を失ってはいなかった。

この奇妙な技を見抜くために、あえて焔霊をその身に受けたのである。

切っ先で作る摩擦熱はあくまでも着火のための代物・・・

実際に切っ先を燃やしているのではないのだ。

実際に燃えているのは、極めて細かいノコギリの様な刀に削ぎ取られ染み込んだ、志々雄が殺した人達の『人間の脂』。

一撃喰らっただけでその技の本質を見抜いたことに、方治は額からは冷や汗が流れた。


「弱者を糧に己の強さを高めていく、これぞ俺の弱肉強食だ。」


志々雄の刀・・・それは逆刃刀・真打の兄弟刀、新井赤空の最終型殺人奇剣『無限刃』。

彼の刀に刃こぼれという文字は存在しない。

いかに人を斬っても刃こぼれせず、その殺した人達の数によって・・・その脂によって焔霊の威力は増してゆく・・・。


「お前を止めぬ限り・・この国の人全てがお前の糧になるな・・・。」

「まぁ、否定はしねぇさ。」


剣心はその速さをもって攻撃を仕掛ける。


「飛天御剣流・龍翔閃!!!!!!!」


しかし、その攻撃は志々雄の片手によって呆気なく阻止されてしまった。


「一度見た技は効かねぇよ。・・・抜刀斎、お前も俺の糧となるか?」


龍翔閃は確か新月村で一度見せた技、受けてもいないというのにその技を見抜かれてしまった。

すると志々雄は剣心の頭を抑え彼の肩に噛み付く。

剣心の叫び声と共にベリリという痛々しい音が聞こえ、剣心の肩の肉を志々雄は食いちぎった。

肩から溢れ出す出血。

志々雄は余裕の表情で傷ついた剣心を見下ろしていた。


「この世は弱肉強食、強ければ生き弱ければ死ぬ。宗次郎に刷り込んだ言葉だが、これは自然の摂理でもある。」


弱者は強者の糧として生きる義務があり、一番の強者が一番頂上に立つべきと志々雄は言う。


「覇権を握るのは俺一人、国盗りは摂理なのさ。」

「摂理だろうと、拙者は認めぬ・・・ッ」


噴きこぼれる肩の出血を抑え剣心は立ち上がり、志々雄が糧よ呼ぶ人々は動乱の時代に耐えやっと平和の世を手に入れ生きている・・・

誰かのため、何かのために犠牲になって当然の命などあってはならないのだと言う剣心。。


「その頭の悪さじゃ人斬り抜刀斎の雷名も地に落ちるな。だったら、ここいらで華々しく散っておきな!!!」


焔霊を繰り出す志々雄に、剣心は怯むことなく片手に攻撃を受け志々雄に一撃を加えた。

だが―――。

その考えは脆くも崩れ去り、逆に返り討ちに遭う剣心。

ガクンと膝をつこうとする剣心の胸倉を志々雄は掴みあげる。


「倒れるには早いんじゃねぇか?」


その時、剣心は志々雄の手甲から何かの匂いを嗅ぎ取った。

それは火薬の臭い・・・


「華々しく散らしてやるぜ。」


志々雄が剣心を掴む手甲に刃を滑らせると、炎に引火し剣心を巻き込んで大爆発を起こしたのである。

志々雄、第二の秘剣・紅蓮腕。

胸部に爆撃を受けた剣心は、もちろん無事で済むはずもなく意識を失い地に伏せた。


「何だ、死んじまったのか。もの足りねぇ・・・。」


起き上がろうとしない剣心に志々雄は余裕の勝利を宣言し、余裕にも納刀する。

が・・・


「手負い一人片付けた程度で油断するその甘さが今も昔も命取りだ。志々雄真実、その首もらった!!!」


牙突で戸を破壊し、志々雄に襲撃をしかけた・・・斎藤一。

斎藤の牙突が志々雄の額に直撃する。


「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


由美が悲鳴を上げる中、攻撃を受けるが志々雄は目を見開き逆に斎藤の負傷した両足を攻撃した。

確かに攻撃は入ったはずだが全く効いていない。

志々雄が額の包帯を破り捨てると、そこには鉢金があったのだ。


「お前は必ず奇襲で来ると思ってたぜ。」


かつて不意打ちを額にくらい、昏倒したところに火を付けられた。

だからこそ同じ轍を踏まぬよう、額だけは重点的に固めてあると志々雄は口端をつりあげながら答えた。


「調べが足りなかったな斎藤一、お前は千載一遇の勝機を逃した・・・」


近くに寄りながら言う志々雄に、斎藤の口元がゆるむ。


「言った側からまた油断。馬鹿は死ななきゃ治らない!!!」


牙突零式。


その攻撃が志々雄の身体を貫き鮮血が吹き上がる・・・・はずだった。

しかし、噴きあがる鮮血は志々雄のものではなく、斎藤のものであった。


「油断?これは余裕ってモンだぜ。」


あの近距離の牙突でさえも身体を少しずらすだけで避けると、志々雄は斎藤の肩を指で貫く。

そして一瞬の隙を逃すことなく、火薬を仕込ませた手甲に着火させ、剣心と同様吹き飛ばされる斎藤。


「て・・・めぇ!!!!!」


見ていられなくなった左之助が拳を振り上げ志々雄の頬に渾身の二重の極みを叩き付ける。

しかし、砕けたのは左之助の右手・・・


「かかって来るなら、この実力の差を埋めてからにしやがれ!」


志々雄の拳打は左之助の拳打倍以上。

その力で左之助は壁に殴り付けられた。

志々雄を前に倒れる剣心、斎藤そして左之助。

辺りには志々雄の勝利の高笑いが鳴り響いた・・・・。


「志々雄様ッ、早くトドメを!!そいつらが目を覚まさぬ内にっ!」

「まぁ、待てよ。由美。俺自らが闘ったんだ、少しは勝利の余韻に浸らせろ。」

「志々雄様・・・・あっ・・・ちゃん・・・」


由美と志々雄が会話している時に、ふっと志々雄が由美の後へと視線を移す。

由美が振り返った先に、がじっと志々雄を見ていた。


「由美姐さん・・・私、無理だった。」

「そう・・・そうだと思ったわ、志々雄様も言っていたし・・・」

「やっぱり・・・・」


すっと由美と方治の間を歩んで行く。

目の前には倒れた剣心と不敵の笑みを浮かべる志々雄。

ゆっくりと二人に近寄る


!お前まさ・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・」


の動きを察して方治がを呼びとめようとするが黙りこむ。

ゴクリと生唾を飲み込む音。

それは方治と由美から聞こえた。

二人が見たの目は普段の優しい紫ではなく狂気を通り越した冷たい目。

かつでと呼ばれた暗殺集団の長であろうその瞳に、二人は何も言えなかった。


「よぉ・・・。」

「・・・・・・・・・・・」

「やっぱりおめぇじゃ無理だったか?」

「・・・私は・・・ようやく見つけただけ」

「ほぉ・・・で?」

「私が憎いと思っていた政府・・・殺したいほど憎んでいた男」

「・・・・・・・・・・・・・・」


足音も立てずに、志々雄に向かってを抜刀しながら歩く

志々雄は腰に手を当て、余裕の笑みでを見据えた。


「私は・・・私の正義のために・・・貴方と闘う」

「・・それは斎藤一の事か?」

「・・・・・・私の正義は・・・誰も涙しない世を作る事。・・・その為に貴方を殺すわ・・・」


チャキっと音を立てかと思うと、の姿は消えた。


「「!?!?!?!?」」


由美と方治にはその姿が見えない。

だが、志々雄はスラリと刀を抜くと自身の右側に構えた。


ガキィィィィィィィィ!!!!!


刀と刀がぶつかり合う音。

は空中から志々雄に切りつけていた。


「そうか・・・お前も使えるんだったな・・・縮地」

「・・・・・・・宗より早いわよ」


そう言うと空中で一回転し、また姿が消える。

今度は左・・・そして真上と次々に斬撃を加える。

それを志々雄は汗もかかずに受け止めた。

は一旦、志々雄との距離を取る。

二人の間合いギリギリの処で、を納刀する。


「・・・・古剣流・・・水月華!!!!!」


は自身の最も早い縮地を使って志々雄に攻撃をした。


「・・・くっ・・・・」


は志々雄に背を向けた状態で空を仰ぐ。


ちゃん!!!」


由美がの名を叫ぶ。

の口もとからつぅっと赤い血が流れる。


「まだ殺されねぇよ、楽しみはまだこれからだからな?」


そう言って刀を引く志々雄。

代わりにの左わき腹からは鮮血があふれ出した。

みるみる内に広がるの赤い血だまり。

は、を持ったまま、それでも志々雄の方を向き直った。


「私は・・・まだ・・・・」


そう言って志々雄を見るが、すでにの視界は揺らいで霞んでいた。






      

(2009/06/25 UP)