苦しいのなら・・・溶けてしまえばいい。
私に全てを委ねて・・・

その苦しみも・・・悲しみも・・・
今、一つになる・・・

ようやく成就されよう・・・






第4話・・・全ての解放






チチチチチチチッ

小鳥のさえずりがこんなに耳障りなのは初めてだった。
はこめかみを押さえつつベッドから起き上がった。
ギシリと音を立てるベッド。
ふと辺りを見回すと、そこは見覚えのない風景が広がる。

「・・・・・・・・・カミュの寝室?」

綺麗に片付けてある部屋をよく見れば、
フランス製のグラスや、氷を模ったインテリアが目に付いた。

「起きたのか?」

ちょうどそこへカミュが入ってきた。
普段着のカミュは本当にカジュアルな服装をしている。
今日はGパンに濃紺のYシャツを着ていた。
手には湯気の立っているカップを持って。

「ええ、おはよう。・・・・・・・・・カ・・・」

「アールグレーだ。少しブランデーを入れてあるが・・・」

の言葉を遮るようにカミュが手に持ったカップを手渡す。
そのカップを受け取り少しづつ口に運ぶ。
ほんのり香るブランデー。
紅茶はの一番好きなものだった。

「身体はどうだ?」

「・・・・・・なんともない。」

「・・・・・・・・」

「昨日の事、覚えてる。」

ふいにがカミュに言った。
その言葉にカミュはただ真紅の瞳でを見つめるだけだった。

「・・・・・・聖闘士と冥闘士・・・・全く、私はどちらを選べってのかしら?」

ふふっと笑いまた紅茶に口をつける。
ゆらゆらと朝の風に漆黒の髪をなびかせる
そんなを見て、カミュは隣に腰掛けの頭をそっと撫でた。

「いつもの気まぐれはどうした?らしくないな、。」

「・・・・・・・・・・・・」

「聖闘士だろうが冥闘士だろうが・・・だろう?」

「そうだね、カミュ。」

「さて、私もそろそろ執務をしに行かねば・・・今日は休んでおくといい。」

カミュはそう言うと寝室を出て行った。
一人残されたはカップをベッドの近くのテーブルに置き、
窓辺へと歩いて行った。

「・・・天剣星・・・レーヴァテイン・・・もう一人の私。起きてるんでしょ?」

ひゅぅっと一陣の風がを包む。

【・・・起きるも何も私はお前だ。】

頭の中に直接響く声。
はきっとサガももう一人と対話する時はこんな感じなのかと苦笑しながら言った。

「・・・一つになるってどういう事?私は消えるの?」

【そんな事はない。ただ、二つの力を抑えられるかどうかというだけだ。】

「・・・・・・私はアテナを護りたい。」

【それは私も同じだ。私とて・・・かつてはアテナの聖闘士だぞ?】

「・・・解放するにはどうすればいいの?」

【お前が私を受け入れ、私がお前を受け入れる。それだけだ。】

「受け入れって・・・?」

【まぁ・・・簡単な話が私の記憶とお前の記憶を混ぜる・・・そう単純ではないが・・】

「・・・・・・・・・意識は?」

【私の意識はアテナを護るという想いで保たれているに過ぎない。】

「じゃあ、私は大丈夫なのね?」

【・・・そう単純ではない・・・だが全てはお前次第だ。力に喰われなければな・・・】

エイパスにそう言われながらもの気持ちはすでに固まっていた。
だが、ふと思い出したかのように呟く。

「・・・・・・・・・もう一個聞いていい?」

【何だ?】

「最近、聖域で起こる謎の小宇宙の消失。あれは?」

【ああ、あれか。あれは地獄の亡者どもの仕業だ。】

「亡者?」

【そうだ。私のレーヴァテインとしての力があれば造作もない。】

「・・・デスマスクに績尸気冥界波打ってもらえば楽じゃん。」

【・・・・・・いや、何度でもあいつらは甦るからな。私の炎で燃やすのが一番だ。】

「今日当たり・・・?」

【最近は毎日のようだからな・・・】

「じゃあ、今晩だね。・・・貴女を解放するよ。」

【いいのか?】

「どうして?」

【私を解放するということは純粋に聖闘士ではなくなるのだぞ?】

「そうね、純粋な冥闘士でもないけれど・・・」

【ここにいられなくなるやもしれんのだぞ?】

「それでもアテナは護れるからいい!」

そう言うとはっとして後ろを振り返る。
そこには黄金聖衣を纏ったカミュが立っていた。

・・・??」

「・・・・・・どうしたの?」

「・・・・・いや、何か独り言でも?」

「別に?何で?」

そう言ってニコリと微笑むと、は片手をすっと上げた。
そこには白銀に光る風鳥が舞い降りる。

「・・・さて、執務室にでも行きますか?」







教皇宮・・・執務室ではサガとシュラ、それにアフロディーテがすでに仕事をしていた。

「やあ、おはよう。、今日も美しいね。」

「おはよう、アフロディーテ。貴方も相変わらずだわ。」

顔を書類に向けたまま挨拶をしていたアフロディーテが、
ふと顔を上げてを見る。

「ふっ・・・でも君の美しさにはかなわな・・・・・・・・!!!」

「どうかしたの?」

・・・君・・・」

アフロディーテはかたかたとペンを振るわせる。
それに気付いてシュラやサガもを見る。

!!」

「かっ・・・か・・・」

「か?」

はっと気付きカミュは片手で顔を隠して言った。

・・・仮面つけるのを忘れている・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・。」

「・・・・・・・・・・・・・・・。」

「・・・・・・・・・・・・・・・。」

「・・・・・・・・・・・・・・・。」

一瞬の沈黙の後、それをやぶったのはだった。

「いいじゃない。気まぐれ気まぐれ♪」

「あのなーー!!気まぐれで掟を破る奴がいるかーーー!!」

シュラの罵声に思わず耳を塞ぐ

「君は・・・本当に美しい人だったんだね。。」

そう言ってどこからともなく一輪の白バラを取り出すアフロディーテ。

「・・・・・・。」

終始無言のサガ。
いや、サガは他の事が気になっているようだった。

《カミュ・・・気のせいだろうか。私には、の後ろに何かが見えるのだが・・・》

直接カミュだけに小宇宙を飛ばずサガ。

《気のせいではないだろう。・・・恐らくレーヴァテイン。》

《やはり・・・まさか・・・!!》

《ああ、今夜あたり来るかもな・・・また。》

カミュはアフロディーテとシュラに絡まれるを見ながらふとため息を漏らす。

《小宇宙消失の件、先程分かった。偶然だがな。それで貴方にお願いがあるのだ、サガ。》

《何だ?》

《今夜、デスマスクと貴方と私でを見張りたい。》

《・・・デスマスクもか?》

《ああ、彼の力を借りることになるかもしれないから。》

《後できちんと理由を言えよ。カミュ。》

《分かっているさ、サガ。》

二人の会話が終わる頃、ようやく達の騒ぎも収まっていた。
それからは5人でさっさと執務を終わらせることにした。
全ての執務が終わったのは時計の針が7時を過ぎてからだった。

「ああ、また。」

、いつでも私の宮に来ていいよ。もちろん、仮面を外してね。」

シュラとアフロディーテはそう言いながら自宮に戻って言った。
サガとカミュはもうしばらくすることがあるといい、
教皇宮に残った。
そしては、ある場所へと向かった。










【・・・もうすぐだ。】

「本当にこの場所?」

そこは聖域の中でも神聖な場所。
多くの聖闘士の眠る墓地。

【ここが一番なのだ。亡者の現れるにはな。】

「ふーん。で、私はどうすればいいの?」

【もうすぐ・・・月が頭上に来るな・・・】

「ええ。」

【チャンスは一度だ。私を受け入れろ・・・必ずな・・・】

その言葉が頭に響くのと同時だった。
の足元を異様な感覚が襲う。

「こっ・・・これ!!」

わらわらと溢れる手。
それは少しづつ集まり、一つの影を生み出した。

【予定より早かったが・・・よ。行くぞ!!】

その瞬間、の身体から一つの小宇宙が生まれた。
漆黒の闇に包まれた自分、月のように静かで冷たい小宇宙気・・・
それがかつてのエイパスでありレーヴァテインであるとすぐに分かった

「これが・・・」

【さあ・・・私を受け入れよ・・・】

の伸ばした手が、具現化したエイパスの手と重なろうとした瞬間。

!!!やめろーーーーー!!!」

サガの叫ぶ声が響いた。
そして・・・

「績尸気冥界波!!!」

猛烈な風と共に、デスマスクの績尸気冥界波放つが影に命中する。
一瞬手を引く
だが次の瞬間、悲鳴が上がった。

「うわぁぁ!!なっなんだってんだ!!!」

デスマスクの足元に先程の影が集まる。
デスマスクだけではなく、サガの足元にも同じものがいた。
そして・・・

「ダイヤモンドダスト!!!」

カミュの放つ凍気が影に当たる。
一瞬凍ったものの、その影はまだうねりだしカミュの足元にもへばりつく。

「何だ!こいつらは!!」

「くっ・・・ギャラクシアンエクスプロージョン!!!」

サガの放つ技でも結果は同じだった。
影たちには全く効果がない。

「みんな!!!」

・・・】

「分かってる・・・レーヴァテイン・・・」

はもう一度手を伸ばす。

「やめろ!!!!!」

「何だってんだーーー!!!」

!!!」

三人の言葉に胸が苦しくなる。
きっと三人とも知っているのだと思うと。
だが・・・

「みんなをこれ以上危険な目には合わせない!!アテナもみんなも!!!!」

は両手を伸ばす。
すぅっと引き込まれる意識。

【・・・ありがとう・・・これからは・・・お前が・・・】

「「「ーーー!!!!!」」」

三人の声が重なる。
を中心に眩い光が立ち込める。
光が収まり、三人が当たりを確認出来た頃。

「あ・・・れは・・・」

最初に口を開いたデスマスク。

・・・」

悔しそうに拳を握り締めるサガ。

「・・・・・・引き返せないんだな・・・」

静かに凍気を纏いだしたカミュ。
三人が目にしたのは天使の姿。
いや・・・漆黒の羽を舞わせ、純白の光を抱きかかえるの姿だった。

「・・・・・・・・・・・。」

キッと影をにらみつけると、おもむろにその光の中に手を入れる

『・・・永遠の業火に焼かれるがいい!!!!』

とエイパスの二つの声が重なる。
の手には黒き長剣があった。
その剣を一振りした瞬間、影たちだけが燃え上がった。

「・・・一瞬にして大地を燃やし尽くす・・・魔剣レーヴァテイン」

燃え上がる炎の中、はじっと頭上の月を見上げていた。