不思議な感覚だった。
何もかも溶けてしまう・・・
苦しみも・・・悲しみも・・・迷いも・・・
それでも身体は自然と動き出す。
一つの想いと共に・・・
第5話・・・この闇に
「・・・」
月を見つめるに一番に声をかけたのはサガだった。
ゆっくりと近づく。
「・・・・・・サガ・・・」
はふわりと地上に降り立つ。
同時に舞い落ちる黒い羽根。
「・・・何故・・・・・・」
「・・・一つになっただけ。」
ぐっと拳を握るサガの足元には、ポタリと紅い滴が落ちる。
はそっとサガの手を取り、瞳を閉じた。
「・・・・・・・・・。」
「私は誰も傷つけたくはないの。」
が瞳を開けると、サガの傷は跡形もなく癒えていた。
デスマスクは神妙な顔付きでに歩み寄る。
「・・・・・・お前、勝手にやりすぎだ。俺たちは・・・」
「あら、優しいのね。でもこれは私が望んだことだわ。」
その台詞にカミュは真紅の髪を掻き揚げる。
『ハーデスからの申し出とは言え、仕方なかったのだ・・・』
『・・・・・・・・・本当に自ら望んで?』
『・・・そうだ。』
昨晩のエイパスとの会話が思い出される。
今朝、全て記憶にあると言っていたは、
きっとこの道を選ぶだろうと予想はしていた。
彼女の性格は分かりすぎるくらいだ。
表に出さない・・・己と同じように情熱を秘めた女聖闘士。
だからサガやデスマスクに助けを頼んだのに・・・
カミュは悔しさでキリっと唇を噛む。
「カミュ、気付いてたんでしょ?」
「ああ・・・」
「だから、デスマスクやサガを呼んで来てくれた。」
「ああ、だが・・・お前はもう決めていたのだろう?」
カミュの問いに頷く。
デスマスクは悔しそうに達に背を向けると、
自宮へと戻って行った。
「・・・・・・という事なのです。アテナ、私はもう・・・」
翌朝、とカミュ、サガ、デスマスクは報告にアテナの下を訪れていた。
全てを聞いたアテナはふぅっとため息をつくと、一枚の紙切れをに手渡した。
「アテナ、これは?」
「ハーデスへの書類です。これをハーデスに渡して欲しいのです。」
ハーデスという言葉にはっとするサガ。
「アテナ!」
「・・・・・・サガ、カミュ、デスマスク。貴方たちにお願いがあります。」
「何でしょう。」
デスマスクが頭を下げたまま聞き返す。
「・・・と共にハーデス城へ行ってもらいたいのです。」
「!!!!!」
「このままでは、はどちらともつかず・・・。また・・・苦しまなければなりません。だから・・・」
だからハーデスと会談したいのだと。
その意が手紙に書いてあるのでと持っていってもらいたいと
アテナは言った。
「アテナ・・・私などの為に・・・」
は少し涙声でアテナに言う。
アテナはふっと微笑み、の手を取った。
「よいのです、。
かつての貴女も私の為に犠牲になってくれました。
だから、今度は私が貴女を・・・救いたいのです」
そう言うアテナを見て、は改めて思った。
この御方だからこそ・・・悲しみも苦しみも乗り越えられた。
この御方の至上の愛があるからこそ、護らなければならない・・・
そのためなら・・・もう一度地獄を見ても構わない・・・
冥界・・・ハーデス城・・・
「ハーデス様、アテナより使者が来ております。」
ラダマンティスは玉座に膝まつき、ハーデスに申し出た。
「ほう・・・珍しいな。余に何の用があるのだ?」
「は・・・天剣星レーヴァテインが復活したようで・・・」
その言葉にふっと口元を緩ますハーデス。
「そうか・・・神話の時代より続いた盟約がようやく終えたのか・・・」
そしてハーデスはさらに笑う。
ラダマンティスはそんなハーデスの真意が取れず、
少し不可思議な顔をした。
「ラダマンティス、その者らをここへ。転生したエイパスが見てみたい。」
ハーデスが言葉を言い終えるのと同時に、玉座へと続く扉が轟音を立てる。
「何事だ!!!!」
ラダマンティスは慌てて扉を見る。
煙で辺りがよく見えないが、ラダマンティスの肩に何かが舞い落ちた。
「羽根・・・?」
次の瞬間、ハーデスは立ち上がりラダマンティスの隣まで歩いてきた。
「ハーデス様!?」
「・・・・・・来たか。」
そう言って扉を見る。
そこには天剣星レーヴァテインとして冥衣を纏ったの姿があった。
「ハーデス・・・様。」
はうやうやしくハーデスに頭を下げた。
「相変わらず気性が激しい事よ・・・それがそなたの転生した姿か?」
「・・・・・・あまりにも私を愚弄するのでつい・・・・」
はラダマンティスにちらりと視線を送る。
3巨頭であるラダマンティスでさえ、その視線に固まった。
鋭く冷たい視線。
同時に感じる威圧感。
「ラダマンティス、席を外せ。余はレーヴァテインと二人で話がしたい。」
分かりましたとラダマンティスは扉に向かって歩き出す。
ふとハーデスがラダマンティスを止めた。
「ラダマンティス、レーヴァテイン以外聖闘士が3人来ているようだ。
丁重に迎えてやれ・・・くれぐれも問題を起こすな・・・。」
そう言うと、ハーデスはマントを翻し玉座へ戻った。
はその後に続く。
「・・・ようやく転生出来た気分はどうだ?」
「・・・・・・・・お願いがあって参上いたしました。」
はハーデスの言葉に答えず、
ただ頭を下げたまま言う。
「・・・・・・余にか?」
「は・・・」
「聴こう。申してみよ。」
「・・・・・・この・・・・・・天剣星レーヴァテインとしての力・・・
ハーデス・・・様にお返ししたく・・・」
ポタリと汗が床に落ちる。
そんなを見て、ハーデスはくいっとの顔を上げさせた。
「余に返して何とする?聖闘士として生きるか?」
「・・・・・・それが・・・古からの私の意志です。」
ハーデスはくくくっと笑う。
「余もそうしてやりたいとは思う。永き盟約も終わったのだからな。
それにアテナとは永久の和平を結んだ。問題は起こしたくない。
だが知っているだろう・・・・・・・・・そなたの力の意味を・・・・・」
ハーデスの言葉だけが謁見の間に響いた。
「何故お前らがここに来ているのだ?」
ラダマンティスはハーデスが言った通り、3人の聖闘士と対話していた。
サガ、カミュそしてデスマスクである。
「俺だって不思議に思ってるくらいだ・・・」
デスマスクは不機嫌そうにラダマンティスを見る。
かつて、ハーデスとの聖戦の時を思い出したのだ。
サガとカミュはそんなデスマスクを見て同じだから我慢しろといった表情を浮かべていた。
「私たちはアテナのご命令でここに来た。」
サガがそう言うとカミュも続けて話し出した。
「天剣星レーヴァテインとしての力、風鳥座の聖闘士エイパスとしての力。
この二つの力の狭間にいる彼女を救うためにな・・・」
ラダマンティスはふぅとため息をつくと3人についてくるように言った。
3人は黙ってラダマンティスの後に続く。
行き着いた先は講堂のような場所だった。
一面に文字が刻まれている。
カミュたちには全く分からない文字だった。
「ここは?」
デスマスクの言葉にラダマンティスはふんと鼻を鳴らす。
「我らの歴史だ。神話の時代からのな。・・・・・・・・・。」
そう言ってふと歩みを止め、上を見上げた。
「ここだ。この部分に天剣星の冥闘士について書いてある。」
ラダマンティスはその部分を指さした。
「・・・って言われても読めねぇよ!!!」
デスマスクが少しキレ気味に叫ぶ。
サガは面倒だとは思うが読んで欲しいとラダマンティスに頼んだ。
「・・・・・・・・・分かった。」
『天剣星は全ての魔剣を司る。
その筆頭がレーヴァテイン。
その力は冥界の要。
亡者と生者。
全てに畏怖を与える。
その力なくして魔星の統率は叶わぬ。
常に存在しておかねばならない。
冥界の存亡の為に。
だがその力は盟約がなければ使えず。
一瞬にして大地を焦がす大いなる焔も、
全てを浄化する業火も。
故に天剣星は108の魔星の中でも類まれなる素質を必要とする。
盟約とは時間
力とは束縛
盟約で結ばれしものは悠久の時を冥界で過ごさねばならぬ。
転生など出来ず、ただ盟約が終わるその時間まで。
何人も抑えることは出来ぬ。
全ては冥王の御心のまま。』
「と書かれている。・・・つまり、常に存在してもらわねばこちらも困るのだ。」
ラダマンティスは先程から己に冷たい視線を送り続けるカミュに向かって言った。
「・・・・・・・・・だが108の冥闘士もかつてはアテナに封印されていたはずだ。
その間、冥界では何の問題もなかったはず・・・」
「・・・魔星としてのレーヴァテインは封印されていた。
が、その大いなる力はそのまま在り続けていたようだな。」
そう言ってラダマンティスはカミュを睨んだ。
「だが・・・どうにか出来んのか!!」
サガが耐えかねたようにラダマンティスに向かって言う。
ラダマンティスは苦笑を浮かべ、ふぅっとため息をついた。
「全ては・・・ハーデス様の御心次第だ・・・」