古から伝わる書庫の奥
一冊の本を手に取る。
皮で出来たその表紙をめくると、そこには美しき風鳥が羽根を広げていた。
第12話・・・哀願の輝き
カミュはあれからずっとこの宝瓶宮の奥にある書庫に籠っていた。
先代から続くこの隠されるように存在する書庫には
古の昔から先代が集めていたのであろう書物が山のようにある。
その中から、遥か神話の時代に近いものに書かれた本を探し出すのに
かれこれ2か月も要した。
「・・・・やはり・・・そうか」
本を手に、近くの丸椅子に座りながらページをめくる。
『力を欲するな。その瞬間、全ての記憶は力に飲み込まれる。
例え時間が過ぎようとも、その力を欲さぬ限り意思は保たれる。
決して冥王に屈するな。その瞬間、力は記憶を飲み込む。
例え時間が過ぎようとも、その意思を貫けば光は見える。』
パタンと音を立てて、本を閉じるカミュ。
ハーデスは何もしていない。
そう、あの時にハーデスが言っていた事は本当だったのだ。
恐らくは【何も】しない代わりに【力】を呼び醒ましたのだ。
だが、何か引っかかるのは、あの時見たの目だった。
他に誰も気付かなかったのだろうか・・・
「」
名前を小さく呟くと、目を閉じる。
あの気まぐれな風鳥を意識し始めたのはいつの事だったか・・・
いつも気まぐれに現れ、時を過ごし、去っていく。
聖闘士でも自由に生きる・・・それがなのだから。
「とにかく、アテナにこの事をお伝えせねば!」
そう呟くとカミュは、書庫を出てアテナへの謁見を申し出た。
アテナの刻印のあるその本を手に・・・
「これは・・・カミュ?」
「宝瓶宮には教皇宮に負けないほどの書物があります。
その中から探し出しました。」
そう言って、アテナに本を渡す。
アテナはその本を読み終えると、ふぅっとため息をついた。
「・・・ハーデスはを欲していました。私は、彼女自身が欲しかったのだと思っていましたが・・・」
「最後のページに書かれた事を実行する為には、アテナ・・・貴女様のお力が必要不可欠です。」
「・・・・カミュ、貴方は急ぎ準備を・・・シオン!シオンはおりませんか?」
「は、お呼びですか、アテナ」
「シオン、貴方にお願いがあります。」
「貴女様の願いならば何でも」
「では・・・」
カツンと黄金の杖を床に付け、アテナは立ちあがる。
「私に力を貸して下さい。黄金聖闘士を全員終結させなさい。」
「・・・・・・・・・・・・・・アテナ」
自分に宛がわれた部屋で、はふっと目を閉じる。
おそらくアテナは気付いていないのだろう。
誰も、自分が決して記憶をなくしていたわけではない事は
気付いていないだろう。
あの時、全ての小宇宙を消していた。
自分の感情さえも意識の底に沈めて・・・
「でも・・・カミュは気付いていた・・・な」
クルクルと手のひらで廻る風鳥。
その輝きは白銀。
アテナの聖闘士としての小宇宙の結晶。
「さて・・・どうしたものか・・・」
どうやってこの風鳥を飛ばそうか・・・
この冥界から気付かれずにアテナ神殿へと向けさせるにはどうしたらいいか。
「そう言えば・・・」
『わざと相手に自分の存在を知らせればいい。そうすれば道は開けるだろう?』
「こういう時にこそのこの身分か・・・」
カミュの言葉を思い出すと、は冥衣を身に纏う。
パンッっと小さな音を立てて、手の中の風鳥を消すと扉に向かって歩き出した。
扉をあけると、そこに立っていた人物へ睨みを利かせる。
「・・・何だ、アイアコスか」
「何だとは失礼だな、せっかく迎えに来たのに」
「迎え・・・だと?」
「ハーデス様がお呼びだ。」
そう言うと、踵を返して、ハーデスの謁見の間へと歩み行く。
無言のまま歩いて行くの肩にアイアコスの手が伸びる。
が、肩に触れる瞬間、くるっと顔をアイアコスへと向ける。
「!?」
「何だ?お前も遊んで欲しいのか?」
ゾクッ・・・・
アイアコスの中の何かが反応する。
何かではない・・・これは欲情。
「遊んでやりたいのはヤマヤマだが・・・今は時間がないからな・・・後でゆっくりと遊んでやる」
「なっ・・・」
首に絡みつくの手、囁かれるの声にアイアコスは動きを止める。
次の瞬間には、の唇がアイアコスの唇に重なっていた。
すっとはアイアコスから離れると、また歩み始める。
もう目前にはハーデスの間。
その扉をあけると、ハーデスが玉座に肘をついて待っていた。
「・・・」
「はい」
「お前に時間をやろう」
「?」
「地上に行きたいのであろう?」
「!!!」
「ふっ、隠さずともよい。余には分かっておるわ」
「・・・・・・・・・・・」
「アイアコスよ」
「はっ!」
「が地上へ行っている間、お前を含む三巨頭でこの地をまとめよ」
「御意!!」
「よ」
「はい」
「12日間だ」
「・・・・」
「12日間、地上に留まる事を許そう。」
そう言うとすっと奥の間へとハーデスは消えていった。
は頭を上げると、キッと今までハーデスがいた場所を睨んだ。
全てお見通しというわけか・・・
いや、これだけは分かるまい・・・例え神と言えど、私の想いを知らせてなるものか!
これが・・・これが私の願いを叶える最後のチャンスとなる。
「アイアコス」
「何だ。」
「そういう訳らしいからお前と遊ぶのはまた次回だな」
「・・・・・・」
「そうだ、これをお前らに渡しておこう。」
そう言うと、乱暴に自分が付けていたアクセサリーを取り去る。
そしてアイアコスに投げてよこした。
「それを持っていれば私の力は全てお前達のものだ」
「・・・・・・・・分かった」
「「・・・・・」」
しばらくの間の沈黙。
そしてはハーデスの間を後にした。
「今に分かる・・・そう言ったな、ミーノス」
「おや、気付いていましたか」
「ああ、ラダマンティスもな」
「・・・・・・」
扉をあけるとそこにはミーノスとラダマンティスが立っていた。
アイアコスはから渡されたものを手渡す。
「俺にも分かったぞ」
「そうですか」
「様は自由がいいのだろう?」
「おいおい、ラダマンティス。」
「俺にも分かる。あのお方は昔から自由だ」
「例えハーデス様とは言え、繋ぎとめる事は難しいのだろうさ」
アイアコスの言葉に三巨頭全員が頷く。
が歩いて行った先を見つめながら、ラダマンティスが口にした。
「しかし、それをいつの時代でも楽しんでおられるのがハーデス様だ」
「・・・・今回が最後になるかもな」
「それはそれでよいのではないのですか?」
「そうだな・・・今度こそ自由になれるか・・・この賭け、面白そうだ」
アイアコスはそう言うとニヤリと笑ってその場を後にした。
はと言うと、自室に戻ることなく、冥界を飛ぶ。
行き先は・・・・聖域。
ハーデスが告げた時間は12日間。
事を終わらせるには時間がない。
は、冥衣の翼を広げ、スピードを上げた。
「、余がお前の考えなど知らぬわけないであろう?」
ハーデスは一人、神殿の奥で寛いでいた。
目の前に置かれた神酒を飲みながら、くくくっと喉を鳴らして笑う。
「余もお前が思うほど冷酷ではない。今は余のものなのだからな・・・・・・しかし・・・」
ふとハーデスは思い出す。
アテナと会談した際に自分に向かって拳を向けたあの聖闘士の事を
「水瓶座か・・・面白い、このハーデスから奪えるなら奪って見せよ。」